第3話 恋人ごっこ満足ゲージ☆


「まさかレンくんが一ヶ月延長コース専用のスペシャルオプションを御所望するとは思ってもおりませんでしたぁ!」


「ははは、あ、当たり前だろ。さっきのはオプションの前借りなんだから。そ、そうじゃないとおかしいだろ……!」


 どうにもならない状況を前にして、俺は葉月の口車に乗せられていた。


 強引に第二ボタンを閉めようとして、ましゅまろを自らの手でおしくらまんじゅうしてしまったんだ。


 こんなの許されるわけがない。とんでもないことをしでかしてしまった……。とガクブルしていると、


“「れ、レンくん……。一ヶ月延長コースのスペシャルオプションを前借りで使うなんて規約違反だよぉ……! でも今回だけ特別・・に遡って! 一ヶ月延長コースへの変更を特別・・特別・・に承ることもできるけどぉ……!」”


 なんて、言うもんだから……。


 そこから先は場を収めるために、一ヶ月延長コースへのお乗り換えをしてしまったってわけだ。


 本当に……。なにやってんだよ、俺。


 しかし心は折れない。

 大切なのは葉月がごっこ遊びに満足することだ。


 この際、契約コースなんて関係ないさ!


 俺は葉月を諦めない!

 彼氏らしいことをするんだ!


 今もなお、第二ボタンが開いたままのワイシャツを眺めながら、心に誓った──。


 ──やってやる!


 ☆ ☆


 そして、本日の恋人ごっこも終盤を迎える。


 改札まで送り届ければ終わり。なんてことない朝のひとときに過ぎないのだ。


 この短い時間で葉月を満足させるともなれば、最後の瞬間まで無駄にはできない。


 恋人ごっこの満足ゲージ獲得、レッツトライ!



「あーあ。もうバイバイの時間だぁ。毎日早いなぁ。離れたくないよぉ……」

「なら、このままどっか遠く、二人で海にでも行っちまうか?」

「えっ! いくぅ! レンくんとなら地平線の彼方にだって着いていくよぉ!」

「なんだよ葉月。そんな程度か? 俺は宇宙の彼方にだって二人だけで行きたいって思ってたのに!」

「わぁぁずるいずるーい! わたしは前世のそのまた前世の宇宙の彼方までだもん!」

「じゃあ俺は来世までずっと永遠にだ!」

「もぉ。レンくん大好きだよぉ……。好き過ぎて辛いよぉ……!」


「まったく可愛い仔猫ちゃんだな。その辛さを少しでも和らげるように、頭を撫でてあげようじゃないか。今はこれで、我慢してくれるか? お互い学校さ。こればかりは仕方がないこと」


 ──スリスリ。ナデナデ。


「うぅー。レンくーん。離れたくないよぉ~!」

「俺だって離れたくないさ!」

「レンくん……」

「葉月……」


 ──別れ際に最後のぎゅうっ。


 改札前で別れを惜しむごっこ遊びに全力投球──!


 ……ふ、ふぅ。

 彼氏らしいことをすると決めた以上、恥ずかしがってはいられない!


 でも、こうやって言葉にしてしまうと本当に離れたくないと思ってしまう自分もいる。


 まだ理性が勝り、ごっこ遊びだと認識できてはいるけれども──。


 このまま長く続ければきっと、先に俺の心が保てなくなる。


 その時は、もう──。

 幼馴染ではいられない。


 数多の散って逝った戦士たちと共に、モノローグを飾るひとりの男に成り下がってしまう。


 だから気を強く保つんだ。

 葉月の幸せを願うのなら、できるはずだと信じて──。




 ☆ ☆

 

「やばー……」

「いちゃつき過ぎ。さすがに引く」


 う、うわぁっ! 巻き髪とちびっ子パーカーが真後ろに居た!! いったいいつから?!


「海に行くところまでなら許容できたよね?」

「あぁうん。地平線とか宇宙とか語りだした時点で、わたしの中でK点超えちゃった。これがバカップルってやつかな?」


 ひぃっ。ほぼ最初から居るじゃんか!

 だから恋人ごっこは俺と葉月だけのアンダーワールドでなければいけなかったのに!


 抜かった。ところ構わずイチャつく場合は細心の注意を払わないとダメだってわかっていたはずなのに……!


「あーあ。でもさぁ、朝から熱すぎで羨ましいなぁ~。わたしもトモくんとこういうことしたいぃ~!」

「みぃのキャラじゃ無理。現実みよ?」

「いや、うるさいから!」


 とはいえ葉月のお友達。冗談交じりに茶化しているだけだったりもする。


 次からは気をつけような、葉月! と、届くはずもない心のテレパシーを送ってみるも、案の定──。


 葉月は一切気にする様子はなく、むしろ「ふふんっ」と誇らしげにしていた。


「みぃちゃんも甘えちゃえばいいんだよぉ~! 甘えん坊のみぃちゃん。きっと可愛いよぉ?」

「えっやっぱりそうかな? 葉月がそう言うなら甘えん坊になってみようかな?」


 いやいや葉月……。少しは気にしようよ? ていうか気にしてくださいっ!


 届かぬ声を送り続ける俺のことなど露知らず。最後の最後まで平常運転の葉月選手。


 まいったなぁ。本当に……。



「はづりんとみぃじゃキャラが違うから無理。仕方ないからもう一度だけ言ってあげる。現実みよ?」


「あんた本当にうるさいんだけど?!」


 うん。今日も巻き髪とちびっこパーカーは仲良しだ。


 でも今までたったの一度も、改札前で行われる最後のごっこ遊び“別れ際を惜しむカップル”をしているときに、後ろから強襲されるようなことはなかった。


「そういえば今日はゆっくりなんだねぇ? なんかあったのぉ?」


 葉月も同じ疑問を抱いていたようで、問いかけをしてくれた。


「あぁね~。芽衣子が待ち合わせに遅刻したからね~。まだコンビニも寄ってないし。ねぇ~?」

「ぐぬぬ。お婆ちゃんが腰悪くしちゃったんだからしょうがないじゃん! 何回も同じこと言わすな!」

「え~。ただ単に芽衣子がお婆っちゃん子なだけでしょ~? 違うの~? えぇ~?」

「クッ。朝からうるさい奴め! こうだ! こうしてやる!」

「ちょっ、やめっ! くすぐらないで! ば、ばか!!」


 なるほどな。ってことは今後も今日みたいに遅れるかもしれないのか。

 “別れ際を惜しむカップル”はしばらく封印したほうがいいかもな。


 それにしてもこの二人は本当に仲良しだなぁ。一見仲悪そうに見えるけど、実はお互い認め合ってる的な感じ。


 葉月と夏恋もこんなふうだったら良かったのに……。無理か。単に超絶仲が悪いだけだし……。


 厳しい現実を悟り、しんみりしてしまっていると、本日もちびっ子パーカーから配給(20円のチョコ菓子)を渡される。もはや恒例と化していた。


 こう毎日もらってばかりでは悪い気がするんだよな……。


「おう、お勤めご苦労。手ぇ出せ!」


 言われた通りに手を出すと、何故か今日は3つもくれた。なんで今日は3つなの?!


「強く生きろよ」


 そして意味深とも取れなくもない、謎めいたひと言を放つ。……どうした、ちびっ子パーカー。


「お、おう。いつもありがとう」


 とりあえずお礼を言うと、ちびっ子パーカーは切なげにフッと笑った。

 いや、まじなんなの? とは思うも、この子は俺で遊んでからかおうとする、夏恋じみた匂いがプンプンするからそっとしておく。


 深く関わると夏恋第二号になってしまいそうだからな。

 

 と、ここで巻き髪から声を掛けられる。

 

「彼氏くーん。芽衣子なんかどうでもいいからさ、今週の土曜日はうちのトモくんと仲良くしてあげてよねー!」


「こ、こちらこそ……!」


 この場合、俺が仲良くしてあげるというより、トモくんとやらが仲良くしてくれる、が正解だと思うけど。


 巻き髪の彼氏って如何にもやんちゃしてそうなイメージがあるからなぁ。……どこの誰とも知らず、見たことすらないけど。


 とはいえ葉月の隣でニコニコしていればいいだけ。

 この手の嗜みは小学生時代からあるから悩む事はなにもない。


 それにしても──。

 つい先ほど電車の中でダブルデートと言われたばかりなのに、既に企画は進行中でしたって感じがするのは気のせいかな?


 まぁ、葉月が誘ってくるなんて珍しいから、もとより断るつもりはなかったけど。


 でもダブルデートと聞くと、どうしても揺らぐ。


 後にも先にもこれっきりだ。

 最初で最後のダブルデートにしよう。


 そしてやるからには、恋人ごっこの満足ゲージ獲得にも抜かりなくトライしなくちゃな!



 そのまま葉月は巻き髪とダブルデートの話をし始めると、ちびっこパーカーが俺の肘をツンツンとしてきた。もしかしてまたチョコ菓子をくれるのか、なんて思ったら!


「がんばれ、ポチ」


 ううん? おい、ちびっこパーカー? 今なんて言ったんだ?


 いやいい。聞き間違えってことにしておこう。夏恋匂がぷんぷんしてくるからな。


 ──触らぬちびっ子に祟りなし。ふむ!






 ☆ ☆


 葉月たちと別れ、戻りの電車を待っていると柊木さんからメッセージが届いた。


『朝から電車の中で寝過したらだめだぞ~☆ 遅刻しちゃーうぞ☆』


 既読無視をされていたからなのか、こうやって他愛ないメッセージが届くとホッとした。


 柊木さん、ありがとう!

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