第2話 好きだから、あなたのことを守りたい
葉月と往くましゅまろ電車通学の旅~!
今日も変わらず腰に手をまわし、緩く抱き合うような体勢でガタンゴトン~ガタンゴトン~。
衣替え効果も相まってゼロ距離で真上から見下ろすと、レース素材の紫色がアゲハ蝶のような甘美な輝き纏って視界に映り込む。
もはや門番たらしめるリボンは仕事を放棄!
であえ~であえ~!
特大ましゅまろを奉納せしめし宝物庫が、御開帳であらせられるぞ~!
……いやはやまずい。本当にまずい。去年は恋人ごっこなんてしていなかったし、意識はすれどこんなにも密着はしていなかった。
それに去年の記憶と照らし合わせても、おそらくこのましゅまろ……ワンサイズほど成長している。
衣替え初日ゆえに、さらには天然無自覚な葉月の緩さが相まって、なんかいろいろやばい!
幼馴染として、ワイシャツの第二ボタンを閉めてもらいたいと思うのは、当然のこと。
いっそ閉めちゃうか? いや、そしたら触れてはいけない宝物庫に確実に指が触れてしまう。
それになんだか、ちょっと窮屈そうなんだよな。そもそもとして、この第二ボタンは閉まるのだろうか……?
万が一にも閉まらなかったときは……。それでも強引に閉めようとして……。それでも閉まらなくて、でも閉めようとして……。閉まらなくて……。
そんな俺の葛藤など露知らず、葉月は相も変わらず呑気に話を始める──。
「一週間延長コースってことは、土日もレンくんの彼女なのです!」
「そ、そうだな……」
そうなんだよな。いや本当にそうなんだよ。
「そっ! だから今週の土曜日はダブルデートを決行しまぁす! パチパチパチパチ!」
声に出して小さく拍手をするも、この体勢なわけで……。ましゅまろがむぎゅむぎゅとおしくらまんじゅうをしている……。
まるでそれは、宝物庫のパレード!
あいやっさ♪ あいやっさ♪ やっさやっさ♪ それっ♪ それっ♪
おぉ……。なんとも、おめでたいことか……。
「お、おぅ……!」
だから俺も小さく拍手をしてしまうのは、健全な男子高校生なら仕方のないこと。
でもダブルデートって……。ちょっとそれはまずいんじゃないの……?
「やったねレンくん! 今週はお休みの日も一緒だよぉ! わぁいわぁい!」
「わ、わぁい」
完全に乗せられていた。
おしくらまんじゅうする宝物庫を前に、大切な不安要素がかき消されていく──。
「わぁいわぁい!」
「……わ、わぁい」
──パチパチパチパチ!
「やったぁやったぁ!」
「……や、やったぁ」
──パチパチパチパチ!
ま、ましゅまろがおしくらまんじゅう……。ま、ま、まんじゅう……おまんじゅう……。
むぎゅむぎゅむにゅむにゅ。むにゅにゅにゅにゅ……。
──恋人ごっこ、最高!
そんな──。
今をトキメクごっこ遊びに花を咲かせ大大大満喫している絶頂の最中、そいつは現れた。
急に肩を引かれ振り返ると、そこに居たのは……、ん? 誰だ?
俺と同じ高校の制服を着ている男子生徒だった。見るからに先発一軍系でオラついた感じが全面に押し出されている。
しかもその表情は、怒ってる?!
先発一軍系、Typeオラつきが俺に怒ってる?!
「おい、噂には聞いてたけどよ? これのどこが友達なんだよ? あぁ? 絶対ちが──」
と、拳が飛んできそうなタイミングで言葉が止まった。
怒り心頭な様子から一変、固まるように一点を見つめていた。視線の先に目をやると、葉月がちょこんと顔だけ出していた……。
「あっ、と。お、俺、なに言おうとしたんだっけ。あ、あれ……。きょ、今日は……イイ天気デスネー」
さきほどまで怒り口調だったTypeオラつきは急にたじたじしだした。
それを見て、葉月は不思議そうに首を左右に振った。
「うーん? レンくんのお友達さんなのかなぁ?」
「は、はい! お、おとも……おっおっ……おともらっちですっ!」
それは恋に落ちた者特有のたじたじ感。
「そっかそっかぁ! オトモ・ラッチさんって名前なんだぁ! 変わった名前だね~!」
「は、はい! よく言われます! 気軽にラッチと呼んでください!」
何言ってんだこいつ。どこからどう見ても日本人だろ……。
親に付けてもらった名前はどうした。
先祖代々受け継いでいる苗字だってあるだろ。
いやこれは……。葉月のゾーンに呑まれているのか。ゾーンに呑まれた者は思考が停止する。
それは懐かしくも胸を締め付ける、中学の頃に何度も見た光景だった──。
さらにここで葉月は何かを思いついたかのように、ぴょこんと体までだすと深々と丁寧に頭を下げた。
「いつもうちのレンくんがお世話になってます!」
ぽかんとする男の視線は宝物庫に釘付けだった。
いったいなんだ? と思うも、すぐにその答えを見つける。礼をすることによって宝物庫が御開帳しているんだ……。
Typeオラつきの鼻の下は完全に伸びきり、顔が緩んでさえいる。
だというのに、葉月は気づく様子もなく可愛らしくも首を傾げてみせた。
……なにやってんだよ。バカ!
急いで葉月の手を引き、俺の元へと引き寄せる。
「そういうのはいいから……。やめてくれ」
「え~。だってレンくんのお友達さんなんでしょぉ? 挨拶しないと! 挨拶っ!」
相手は先発一軍系。それもTypeオラつき。
どこからどうみても、三軍ベンチの俺の友達であるはずがない。
「お、お、オトモラッチとしてお世話してます! これまでもこれからも! なっ! 夢崎!」
いや、本当に誰だよお前……。なんなんだよ……。
おおよそパンダを観覧しにきた見物客の一人。名前も知らない、他クラスの先発一軍系、Typeオラつき。そしてこいつは俺を狩りに来たハンターだ。
おおよそのことには察しがつく。
なにやら噂がどうのこうのと言っていた。
クラスメイトや一部の者たちの間では、葉月の存在は知れ渡っている。
“真白色さんの彼氏って超絶可愛い幼馴染が居る奴だろ?”
加えて、真白色さんにも葉月のことを詳しく教えてくれと言われていた。そして縁を切れとまで言われたんだ。
考えなかったわけじゃない。だから恋人ごっこは俺と葉月の二人だけのアンダーワールドでなければいけなかった。
わかっていた。わかっていたんだ。それなのに、俺は……。
しかし、危機は始まりもせずに去った──。
Typeオラつきは葉月を前にして、にたにたたじたじするだけで何も言って来なかった。それどころか「もうなにも心配はいらないからな!誤解してる奴はぶっ飛ばしてやるわ!」などと、おっかないセリフをサラッと言い、フレンドリーに接してくる始末。
別れ際も電車を降りない俺を不思議そうに見ていたが、葉月がバイバイと手を振ると嬉しそうに振り返し、もはや俺のことなど見ていなかった。
結局俺は、中学の頃から何も変わらない。……いいや、小学校の頃からだ。
天然無自覚な幼馴染パワーの恩恵を受けて、平穏な日々を送れている。
それは、別々の高校に通っている今も変わらない──。
「優しそうなお友達さんだったね! レンくんが高校で楽しそうにやってて安心したよぉ!」
「……あぁ。そうだな」
あんなやつ友達じゃない。とは言えない。
葉月を不安にさせるようなことだけは、絶対に言いたくない。
きっと恋人ごっこを続ければ、今後も似たようなことはあるだろう。
だからもう絶対に延長はしない。でも、ただ延長しないだけではだめだ。
葉月が
今までは延長しなければ済むと思っていた。それじゃだめなんだ。
残り期間はあと五日。
長いようで短い。
この短い期間で、なにができるだろう。
なにをしたら、いいのだろう?
わからない。けれど──。
彼氏にしかできないことをしよう。葉月は俺にとって幼馴染であり、初恋の相手でもある。
恋人ごっこと向き合い、葉月が満足するにたる五日間にするんだ。
よしっ。まずは彼氏として、ワイシャツの第二ボタンを閉めてあげよう!
今まではなにを言っても聞いてくれなかったけど、今の俺はごっこ遊びとはいえ彼氏だ。
もう諦めないぞ。その天然無自覚な隙だらけの宝物庫を閉ざす!!
「葉月。ちょっといいか?」
暑いから嫌だと言うのはわかり切っている。こいつはすーぱー汗っかきだからな。だったら多少強引にでも閉めてやらないと。
「わ、わぁ! どしたの突然!」
「ワイシャツのボタンは第二ボタンまで閉めてほしいんだ。これは恋人ごっことしての、彼氏としての……お願いだ。理由は俺が嫌だからだ。だから……だから……閉めるぞ?」
言いながら閉めようとするも、閉まらない。
あ、あれ……。
「ちょっ、ちょっとレンくん……、だ、だめだよ……こんなところで、そ、そんな……! ここ電車の中だよぉっ!」
「いいから。じっとしてろ! すぐに終わる」
く、くそっ。どうして閉まらないんだ。やはりましゅまろの成長にワイシャツが御役を果たせないと言うのか。
頼む。お願いだから閉まってくれ……。
「やっ。激しっ。だめ、レンくんだめぇーー!」
ボタンよ! 閉・ま・れぇぇぇーー!
☆ ☆ ☆
「一ヶ月延長コースにお乗り換えですねっ! 承りましたぁっ!」
「……は、はい」
どうしてこうなった?
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