第10話ー④


「おじゃましまぁす!」


 キョロキョロしながらの我家ご来場。


 いらっしゃい。涼風さん。

 まぁ、ゆっくりしていきなよ!


 とりあえず涼風さんをリビングのソファーに座らせると、夏恋はスクールバッグから絆創膏ばんそうこうを一枚取り出した。


「うんっ。これでおっけい!」

「夏恋ちゃんありがとぉぉ!」


 ペタッと貼り付け完了。


 なんだかすごい親しげだな。

 というか、絆創膏を一枚貼り付けるだけなら家に呼ぶ必要なかったよな。


 手当てを口実に家に招いた……。

 夏恋の良からぬ企みが垣間見える……気がする。


 夏恋はなんちゃって手当てを終えると涼風さんの隣に座り、とんでもないことを言い出した──!


「それでっ、うちのお兄のどこが好きなの? 鈴音ちゃんのこと、応援するよ!」


 涼風さんはポカーンと口を開けたかと思えば、すぐさまハッ! っとした。


「す、好きぃ? と、とんでもない! ゆめざきれんやは敵ッ!」


 そしてまさかの敵発言に驚愕ッ!

 いつの間にか勝手に仲間意識を持っていたことを思い知る──。


 そうか。涼風さん、あんた……敵だったのか。

 信じていた仲間に裏切られるような気持ちになるのは、なぜだろう……。


 ひょっとしてこれ、追放の前振り?

 俺、ダンジョンに置き去りにされちゃった?


 違うだろ……。

 過ぎ行く日々の中で、大切なことが抜け落ちていた──。


 涼風さんは真白色ましろいさんに告白をして振られた際に、俺のことを“許さない”宣言している。


 俺たちは、出会いながらにして敵同士だったんだ──。



「て、敵なの?!」


 夏恋が驚きながら聞き返すと涼風さんは「うんうん」と首を縦に下ろした。


 俺、背後から感じる君の視線に心地良さすら感じていたんだけどな……。



「えっ、じゃあなんで──」


 夏恋の言葉はそこで止まった。

 なにを言わんとしたのか、なんとなくわかる。


 続く言葉はきっとこうだ。


 “ストーキングしてノートにメモ取ってるの?”


 それは、俺も知りたいけど。……聞けないよなぁ。そんな雰囲気じゃないし。


 これで涼風さんは上手いことやれててバレてないと本気で思っている節がある。というか、ほぼほぼ思っているだろうな……。


 悩んだ末に夏恋が出した言葉は──。


「もしかして、お兄のこと嫌い?」

「うんっ!」


 とってもストレートなもので、にも関わらず涼風さんは明るく元気よく即答!


 なんだろうか、これ。グサグサと心に来るな……。


 妹よ、ここは任せて先に行けって言ってくれないかな。……お兄ちゃん、自分の部屋に籠りたいよ……。


 若干、この部屋を包み込むムードが悪くなるのも仕方のないこと。

 敵が家に来て、その敵がニコニコしながらソファーに座っているのだから、それはもう可笑しな状況だ。


 それでも夏恋は「そっかそっか。飲み物とお菓子持ってくるから待ってて」と言うと、ソファーから立ち上がった。


「ほらっ、お兄も手伝う!」

「お、おう……!」


 背中を叩かれ、一緒に台所へ……。


「お兄ごめん。勘違いして一人で暴走しちゃった。本当にごめん」

「いや、いいよ。ぜんぜん気にしてないから……」


 妹の前では精一杯に強がってみせるさ。兄として。


 でもそんな俺の強がりなど、夏恋はすぐに察するわけで……。


「まだあの偽物天然のお世話してるんでしょ。鈴音ちゃんの纏う雰囲気っていうのかな? お兄の好みだろうなーって思ったら、気持ちが先走っちゃった……」


 夏恋なりの弁明に入り交じる、おそらく葉月の話題。ここは全力でスルーする。


 が、ちょっとこれは言い返しておかないと後々大きな誤解を生みそうなので……。


「俺は別に天然が好きってわけじゃないぞ? そこんとこだけは誤解しないでくれな」


「ふぅん。誤解しないでくれ、ね?」


 なっ……。やっぱり葉月の話はだめだ。

 この話だけはゴールのない迷宮。ノーガードで互いをディスり合うだけ。悲しき会話にしかならない──!


 スルースルー! 総スルー!


「で、どうするんだよこれから」


 俺の事を敵と言い放ち、あまつさえ嫌いとまで言った女子だ。このまま三人で仲良く茶を飲むわけにもいくまい。


「お兄は一度話したほうがいいと思うよ。ストーキングされてるんだよね?」


「そうだけど……」


 敵で嫌われてるんだぞ。

 話すってなにを……。


「大丈夫。わたしも居るから」

「お、おう!」


 なんだかとっても頼もしいな。

 でもなんだろうか。話の流れに少し違和感を覚える。


「敵とか嫌いとか言ってるけど脈がないわけじゃないと思うし。ノートに書いてある内容だって、お兄を気遣ってる感じだったし。諦めるにはまだ早いよ。あまり期待させるようなことは言いたくないけど」


 やっぱりッ──!


 俺が涼風さんに恋してるみたいになってるのか!


「あのな、夏恋──」


 と、呼びかけたところで、


「おかしぃなぁ……。ストーキングぅ? それにノートってなんの話かなぁ。わ、わたし知らないぃぃ!」


 あ……!

 涼風さんが居るのをすっかり忘れてた……!

 リビングの一間。台所で話をしていれば、筒抜けじゃんか!


 毎日付け回されていたせいか、存在が空気のように、俺の日常に溶け込んでいる。


 これが日常溶け込み型ストーカー……?! なんかもう、俺の体の一部みたいだな……。


 これには夏恋もやってしまったという顔をしていた。


 涼風さんの持つ独特の心地良いオーラというのだろうか。たぶんきっと、夏恋もそれに当てられてしまった。


 でもな、本人が知らないとシラを切ってくれたのだから、これはセーフ! ……たぶん。


 と、とりあえず気を取り直して。

 菓子と茶で持て成すところからReスタート。


 とはいえうちに来客用に出す、気の利いた茶菓子などあるわけもなく。基本誰もこないし。この家は俺たち兄妹の城なわけであって……。


 ってことで、真白色さんから定期的にもらえる超美味しいクッキーを茶菓子として出した。


 これが、思わぬ方向へとさらに二歩三歩、加速させる──。


 ◇ ◇


「こ、これ! これ!」


 涼風さんはクッキーを頬張ると、急に声を荒げた。

 ダイニングテーブルに座っているのだが、足をバタバタさせているのが伝わってくる。


 もぐもぐもぐもぐ!


 ハムスターというかリスというか、可愛い系の小動物のように見えてしまうのは、気のせいか?


「わぁ! 幻の手作りクッキーだよぉぉ! ひさびさぁぁ!」


 ほえ?


「え、手作り……?」


 夏恋は聞き返すように俺の顔を見てきた。


 手作りなわけがないだろうて。

 パッケージにしっかり入っているし、手作り感など皆無なのだが。涼風さんはいったいなにを言っているんだ。


「手作りは手作りでもプロの手作りだろ?」


 クッキーが入ってたパッケージを見せてみた。


「なるほどぉ。ゆめざきれんやに渡すためにパッケージをデザインしたのかぁ! ふむふむ。世界にひとつだけのクッキーだぁ! 楓様のお気持ちを考えたら、胸が温まるぅ。ほんわかぁぁ」


 言いながらもぐもぐもぐもぐ。

 あっという間に全部たえらげてしまった。


 え。ていうかこれ、そんなに手の込んだ物だったの?! パッケージをデザイン? あの真白色さんが? ないない。そこまでする理由がそもそもない!


 とはいえ、幸せそうな顔をしている涼風さんに水を差すわけにもいくまい。


 そっとしといてあげよう。

 なんて言っても敵で嫌われているのだから。これ以上嫌われてもな……。


「もうない……楓様……楓様……かえでさまぁ……」


 って、なんだこの小動物!

 今度は指を咥えてるぞ!!


 まだあるから追加で出すか。なんて思ったところで、夏恋が口を開いた。


「楓様って人がお兄にクッキーをあげてる人? 楓様って、誰?」


 そういえば俺、夏恋に真白色さんの話してなかったな。


「えっとそれはな──」


 言いかけたところで涼風さんカットイン!


「うんっ! 楓様はわたしにとっての王子様なのぉぉ! でもゆめざきれんやに取られちゃったから……。楓様に彼氏ができちゃったから……だから……。ゆめざきれんやは敵ッ!」


 いやちょっと涼風さん?!

 今俺が話してたよね?! しかも言い方! 他になかったの?!


 って、夏恋!!

 めちゃくちゃ驚いた顔してるぅー!


「待ってくれ夏恋! これには深い事情があってだな!」


「わたしの王子様を返してよ……うぅぅ……」


 ねぇ?! なんでこのタイミングで泣くの?

 ねえ涼風さん、なんで? 意味分かんないよ?


「ちょっと待ってお兄。色々と整理が追いつかない。え?!」

「ちゃんと説明するから、とりあえず落ち着け!」


「説明って……王子様の彼氏が……お兄……?」


 やけに王子様のところだけ驚いた声で言ったな。……王子様ってなんだっけ?


 いやいやそんなこともよりも夏恋の誤解をまずは解かねば!


 とはいえ、目の前に涼風さんが居る。

 苦渋の選択の末に、夏恋に耳打ちすることにした。そんな兄妹のコソコソを話を涼風さんは首を左右に傾げながら、不思議そうに見ていた。


 許せっ。こればかりは仕方ないんや!

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