第9話ー②




 葉月が五分早く行動してくれるおかげなのか、ましゅまろ登校をラストステージまで完遂しても、時間的には余裕だった。


 元々、夏恋と同じ時間に家を出て葉月に五分待たされても尚、学校には早く着き過ぎて居たのだから。


 それになにより、俺の高校生活は激変したから、早く着き過ぎたら……そうだな。たぶんトイレの個室で時間をつぶす。


 真白色さんの彼氏として校内すべての人から認知されるようになり、影薄シリーズを振りかざしていた俺にとっては思いのほか窮屈だった。


 真白色さんは委員会に生徒会と忙しい人で、四六時中一緒に居ることは叶わない。


 そうなると学年問わず、まるでパンダでも見に来るかのように、俺のクラスを訪れる。


 「あれが真白色さんの彼氏か!」

 「無色透明のオーラが見える!」

 「それ、オーラ出てなくね?」

 「楓様にしか認識することのできない、奇跡のオーラよね!」


 勉強ができるわけでもなく、運動神経がいいわけでもない。加えて、特別顔がいいわけでもなく。お喋り上手でもない。


 平凡とも言い難い、冴えない俺が学園一の美少女の彼氏ともなれば、通り名はこんなものだ。


 超ラッキーボーイ!

 超野菜男!

 超能力者!


 とにかく『超』がつく感じに、なにかがすごいと噂は尾ひれはひれがついてひとり歩きする──。


 その結果がパンダ。


 真白色さんがいる時は神域ならぬカフェテラスで過ごしたり、教室に二人で居ても見物客は寄ってこない。


 あくまで、俺が一人で教室にいる時だけパンダモードに入ってしまう。


 突っ伏寝をしてやり過ごしたいところだが、それでは見物客に失礼だ。なにより、「真白色さんの彼氏って突っ伏寝の三軍ベンチだろ?」などと言われる恐れもある。


 三軍ベンチの誇りが、俺に勉強してるフリをさせる──。


 ただ、見物客の中に一人だけ顔見知りがいる。


「…………じーっ」


 涼風さんだ。相変わらず何を考えているのかわからない子だが、こういった空気の中では彼女の視線は割と心地良かったりもする。


 ノートとペンを持って、なにやら研究している風な感じなのは見なかったことにして。


 “いらっしゃい。涼風さん! 今日も性がでるね!”


 こんなことを心の中で思う俺は、ちょっとどうにかなっちゃっているのかもしれない──。


 そして、唯一。クラスで俺を気にかけてくれる男がいる。


 その男はナニカを見透かしているかのように、勉強しているはずの俺に、なんの躊躇ためらいもなく声を掛けてくる。


「なぁ、夢崎。これはお前が本当に望んだことなのか? 俺はてっきり……」


 察しのいい我がクラスのホープ。

 先発一軍系の池田は何かに気付きつつある。


「な、な、なななんの話かな」


 噛みすぎる己を呪うこと十数回。


「お前がそうやって言ってるうちはいくらでも力になるからな」


「あ、ありがとう!」


 あの日の肩ポンが別の形で返ってきて、俺と彼との関係は何やら不思議に包まれていた。


 あまり深く突っ込むと、偽装カップルの『偽』の字が出てきそうだから、聞かない。


 足らない言葉の中で、意思の疎通が図れているような、摩訶不思議な関係──。


 池田と行動を共にする田中と中田の二人も俺の席の周りに居ることも多い。


「今回の彼女はマジなやつっしょ! あれでめっちゃ一途だしな。めっちゃ頭良いし女子高だし! 俺、今回はガチなんよ。前世から結ばれてたような気がしてならねえ!」


「惚気けるなら他所でやれっていつも言ってるっしょ。でも、お前の幸せそうなツラみると、元気湧いてくんな! おお中田! ウェイウェーイ!」


「っしゃあ! ウェイウェーイ! 女なら紹介するぜぇ!」


「……それはいい」

「すまん」


 ちょっと……俺の席の周りで気まずい空気流すのはやめてくれよ……。


 あの日以来、田中は少し元気がない。


 その責任の一端を『嘘』で担ってしまっている俺は、正直、合わす顔がない。


 ◇ ◇


 とはいえ、真白色さんとは一緒に居る時間も多い。

 というかもう、学校内で安息のときは真白色さんが隣にいるときだけ。


 キーンコーンカーンコーン。


「……だから、見過ぎよ」


 授業終了のチャイムが鳴り、バサッと立ち上がり俺の席の前に来た。


 何度目かわからない注意を受ける。


「隣の席に居るんだなって思うとつい……えへへ」

「それは私も同じで……あなたのほうを見ると、必ず目が合うから……見づらいじゃない!」


 俺は時折、空を眺める彼女の横顔を隣りの席から見ていた。


 でも最近、あまり空を見ていない。

 だから気になって、何度も見てしまう。



「な、なるべく、気を付けます!」


 ご立腹な様子こそあれど、会話も以前と比べたら柔らかいものになり、真白色さんを割と身近に感じられるようにもなった。


「それから、敬語!」

「ご、ごめん。真白色さん……」


「……苗字呼びも、やめてよ。楓って名前があるんだから」


「が、がんばる!」

 

 ひぃ……。確かに言っていることはわかる。

 わかるんだけど。S級お嬢様だと思うと、友達感覚には……なれない。


 いや、その先の恋人感覚にならなきゃいけないんだけど……。これはしばらくの課題だ。


 ◇ ◇


 


 ◇


 バイト先に到着──!


 今日は待ちに待った柊木さん復帰DAY!

 長かった連勤も今日で最終日!


「涼風さんもご苦労様!」


 今日も変わらず、電柱の影から覗いている彼女に届かぬ声で語りかける。


 無害でおっちょこちょいの涼風さんを見ていると、不思議とストーキングされているという事実を忘れてしまう。


 振り返ればそこに、涼風さんが居る!


 “俺はひとりじゃない”


 うん。やっぱり俺は、ちょっとどうにかなっちゃっているのかもしれない──。


 ◇


 裏口から入って、バイトの制服に着替えホールIN!


 普段よりも活気に満ちた店内の温度に確信を得る!


 天使様が、居る!


 ちょうど注文をとっているところで、そのご尊顔を拝むことはまだ叶わないけど、


 後ろ姿をみるだけで安心する──。


 天使の羽根が見える!


 連・勤・終・了!

 やったぜ!


 注文を取り終わると、俺の姿に気付き、周りからは見えないように小さく手を振ってきた。

 

 ドキッと胸打たれた気持ちになってしまうのも、天使様マジック!


 コンクリートに座り込んで「ぜんぶ、おしまいにしようかな」と、天使のラッパを取り出すような姿はない!



「あらやだ。店長の私に挨拶するのも忘れて見惚れちゃうなんて! ヤキモチ焼いちゃうわよ!」


 おぉっ! うっかり忘れてた!


「す、すみません店長! お疲れ様です!」

「うふふん。冗談よ♡ 夢崎きゅんのハートのおかげで戻ってきてくれたようなものですもの! 好きだけ眺めるといいわ♡」


 ハート……?

 と、聞き返そうとしたところで、


「おーつーかれっ!」


 天使様の美声が耳に届く──!

 可愛く敬礼をする姿は、以前と遜色そんしょくない幼系綺麗なお姉さん!


 そのあまりにも可愛く、透き通るような瞳に視線を奪われる──。


 胸を強調させるような、ワイシャツにベストのバイト姿に男子高校生の欲望も全開!


 虚ろな目してない!

 お酒くさくないし!


「お疲れ様です!」


 元気よく挨拶を返すと、柊木さんはニコッと優しく微笑み、顔が目前を掠めた。


 ば、抜刀術?! 頬キッス?!

 とっさに瞳を閉じてしまった俺の耳に温かな風が吹く──。


「(いろいろありがと。バイト終わったら少しお話しよっか)」


 ボソボソっと吐息混じり発せられるその声は、天使の祝福!

 

 首を縦に二回振るので精一杯。……すると!


「いいこだね。じゃあお仕事がんばろっか!」


 そう言って頭を撫でられ……た!


 そんな様子を店長が不思議そうな顔で見ていた。


「あらぁ。あらあら。あらぁ? あなたたち、そんなに仲良かったかしらぁ?」


 店長の言うとおり、バイト中に頭を撫でられることは初めてだった。


 あの日、酒溺れモードの柊木さんからは撫でられたけど。


 ひょっとして、酔ってるのか?

 お酒引っ掛けて来ちゃった? などと思うも、それはない。だって、お酒くさくないんだから!


 あの日、憧れの天使様な柊木さんを前にしても、割と平然を装っていられたのはお酒くささに他ならない。


 ほとんど別人だったから。

 だからこそ、あの距離感でもなんてことなく接することができた。


 でも今は、まごうことなき天使様──!


 あの日の距離感で接してこれると、バイトどころじゃないんですけど?!


「店長知らないんですかぁ? 夢崎くんって、男の子、、、なんですよ~?」


「あらぁ。あらあらぁ。そうね、この子は男の子♡」


 えっ。えっ?

 会話の意図がまったく掴めないでいると!


「ねぇ~!」


 また頭撫でられちゃった。

 頭なでなでのバーゲンセール?


 こんなのバイト代返上したってまだ足りないくらいだよ?


 と、そこに!


 ~カランコロン~~


 きょろきょろしながら入ってくる一人のお客様。店長の意識は瞬時にそちらに向く──。


「来たわぁ! キタキタキタキタぁ! っしゃあオラァ!」


 店長は一目散に駆け寄る。


 そのお客様とは……涼風さんだ!


「うぅーん? 新しい常連さんかな? とっても可愛い子だね?」


 天使様の顔に若干の曇りが生じる。


「この頃よく来るお客さんで店長のお気に入り、みたいな感じですかね!」


 というかもう、ほとんど常連さん。

 ストーキングついでに一杯引っ掛ける的な、たぶんそんな感じ。電柱の影に隠れる割に、これで案外、涼風さんは大胆だ。


「なるほどー!」


 そう言うと柊木さんは店長の後ろにピタッと着いて、聞き耳中を演出するかのように自らの手を耳に添えた。


 隠れる素振りなどなく、堂々と聞いている。そんな光景すらも絵になるから不思議だ。


 夕方のこの時間は常連さんや柊木さん目当てのお客さんも多く、アットホームな感じ。みんなクスッと笑ったり微笑んだりしていた。


 これが、天使様の展開するゾーン!


 しかし店長は涼風さんに首ったけなのか、気付く様子はなく。


 席へと案内すると本題を即座に切り出す!


「それでぇ? パパはなんて? ちゃんと聞いてきたんでしょお?」


「は、はいぃ……。お父様に聞いたら……アルバイトなんてする必要ないって言われましたぁ……!」


 日に日に、この二人の会話はおかしさを増していく。なんというかこの子はNOと言えない子!


「あらぁ。そうなの? 残念ねぇ。週一でもいいのよ? 社会勉強だと思って、パパにもう一度確認してみなさい。ここでの経験はあなたのためにもなるの! わかった?」


「は、はぁい……」


 ねぇ涼風さん! どうして断らないの? お嬢様系じゃないの?


 店長の言いなりになってたらね、いつかお父様も折れるよ?!


 伝えてあげたいけど、気付かぬフリをしているため、その言葉を届けることは叶わない。


 もどかしい。このままじゃ本当に、このお店で働く日が来てしまう!


 と、そこに! 聞き耳を立てていた天使様がカットイン!


「店長っ! 可愛いからって口説いちゃだめですよー! でも思ったんだけど、この制服って……夢崎くんと同じ高校じゃない?」


「あっ──!」


 って、ちょっと涼風さん……。

 なにそのバレちゃったみたいな顔! この子本当になんなの……。最初からバレバレだって……。ま、まぁ見なかったことにするけどね!


 しかし、「だよね?」と柊木さんから視線が向けられる。


「そう、みたいですね」

「なんでそんなに他人行儀なのかなぁ~? こんな可愛い子が同じ学校に居たら気になっちゃうでしょ~? それとも意外とシャイなのかな~?」


 柊木さんがグイグイ来る……。

 ここは涼風さんに悟られぬよう返す!


「まったく気にならないですよ!」


 その言葉を聞いて涼風さんはホッと安心したような顔をした。柊木さんは何故か笑みをこぼした。


「それもそっか! 夢崎くんは歳上が好みだもんね~!」

「はい!」


 流れるように返事をしてから気付く。

 そんなこと言った覚えは……ない!


 と、涼風さんがポカンと口を開けてこちらを見ている。って、メモを取り始めた!

 なんなの涼風さん? 本当に何なの? 書き終わると満足げな顔した?!


 ねえ、そのノート、なにが書いてあるの?


 涼風さんに対する謎は日に日に深まるばかりで、この日も門限があるからなのか一杯飲み終わると足早に帰っていった。

 

「あともうひと押し。必ず手に入れるわ。……必ず。欲しい。欲しいのよあの子……」


 店長のギラギラ度も最高潮に達する勢いだった。


 そうして、何事もなくバイト終了の時間は訪れる。


 はずだった──。


 更衣室は男女別々ではなく、一部屋しかない。

 使用中の札を掛けて使うのがこの店のルール。


 柊木さんは俺が居るのにも関わらず、当たり前のように入って来た。


「す、すみません! すぐ出るので!」

「いいよべつに。今更そんな、ね?」


 あれ、何か聞き間違いたか?

 と、思うも!


「でも、まじまじと見るのはなーし!」


「は、はい」


 あれ。耳掃除最後にしたのいつだったかな?

 あれれ。あれれれ?


 と、当たり前のようにワイシャツのボタンを外し始める天使様!


 即座にくるっと背中を向けて縮こまり、般若心経を唱える、俺!


 あれ、えっ。あれれ? えぇ?!

 

 おっかしーなー。

 あっ、あれ? 心の中は「あれれ」でいっぱいになる。

 

 ボディペーパーを取り出したのか、吐息にまみれて拭き拭きしている様子を背中越しに感じる。


 さらに、プシューと制汗スプレーの音までする。


 へっ? およよ? えっ?

 頭の中は既に超絶パニック!


「よしっ。じゃあ行こっか! って、まだ着替えてなかったの?」


「あっ、ええ。すみません……」


「どうしちゃったのかなぁ? 外で待ってるから、早くおいでね」


 なにかが、おかしい。

 そのおかしななにかが、わからない。


 更衣室には天使様の甘くとろけるような香りが、……残り香が充満していた。


 ここは、天界……?

 あれ……。あ……れ?


 なんだかよくわからない。

 わからなさすぎで夢でもみているようで、頭の中はクラッシュした。


 ちゅどーん!


 ……と、夢から覚めるわけもなく、ハッとして着替えて店を後にした。


 ◇ ◇

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