Sir Queen

ヅケ

Sir Queen

しかし砂金を食べる女性がいるらしいのです。


「分かったから、もうその都市伝説はやめてくれ。」


そう一言だけ返し、4時間に及んだ大学時代の友人との宴を切り上げた私。


飲み過ぎた、ヨロヨロと千鳥足で店を出てタクシーを呼ぶ。

アルコールが入ると時間の経過が早くなる様に感じる。


30分程かけ自宅に到着し、真っ赤な顔で意味もなくテレビを点ける。


酒を呑むのは楽しい。気が大きくなり簡単に愉快な気分になる。

自分を中心に世界が、国が動いている錯覚に陥る、悪くない時間である。


いや、本当にそうなのだろうか。

大抵は愚痴や説教、根も葉もない噂話を浴びに行ってるだけだ。

非生産的な会合、は言い過ぎたかもしれないが取るに足らない会話をして下品な笑い声を上げているだけなのかもしれない。


「砂金を食べる...か」


砂金。


友人曰く、この狭い国には世にも奇妙な話だが砂金を食べる女がいるという。

彼女にとってそれは主食か副菜か、はたまた汁物のような感覚なのだろうか?

パンとかパスタ、米の上にでもふりかけて食べるのだろうか。

もしかすると、スナック菓子の様に摂取しているのかもしれない。

現状私には予測するしかないのが歯痒い所だし、

実際食してみると口内は痒みで一杯だろう。


思えば小学校低学年の頃、下校途中に砂を食べている友達がいた。

お食事中のその絵面は、至極私を怖がらせた。

彼女はそんな友達の様に特技だとか、かくし芸の様な見方で食べるのだろうか。


砂利っとした感覚は果たして衛生的なのだろうか。

消化はされるのか、胃や腸内を傷つけはしないか、

バイ菌は無いのか、正気か、まともか、奇人なのか、正気か、栄養価はあるのか

などなど思案し得る箇所は無数にある。

実在するとして、本当に人間なのか。

いや、これは邪推なのかもしれない。


「くそっ…」


いかん。

考え出すと私はいても立ってもいられない性格なのである。

確かめたい、真実なのかどうか。

私は彼女に会いたくなったのだ。

およそ人間が食べるべきでない物質を食す女。


口にするのも恐ろしい行為だが、実際彼女は口にしているのだ。

いや、そういう意味で表すならばもはや人ではないのかもしれない。

試しにしばらくネットで検索をかけてみた。


だがしかし、というか至極当然なのだが、奇天烈な彼女の居場所は

ヒットするはずがない。


「砂金 食べる 女 」 出てこない

「砂 人間 居場所 」 ダメだ


@砂金大好き といったアカウント名も出てこない、困った。

どこかのテレビ局が特集でも組んでないかとも思ったが、

それらしい番組は出てこなかった。

この奇っ怪な女性は、広大な宇宙のどこかの惑星にいるという訳では無い。

友人曰く、私が住んでいるこの国で生活をしているそうだ。


では、どこに?

ネット上に手がかりはまるで無い。

…気になる。


苦しい、溢れる知的好奇心で溺れそうだ。

このままでは絶命してしまう、早く…早く水面まで上がらねば。

じたばたとするよりも力を抜けば、

海底を蹴り上げて体を真っ直ぐにしていれば水面に顔が出る。


ともかくその女性に会いに行こう。

無論連絡先などなく、見込みも皆無だ。手当たり次第に聞き込むことからから始めよう、足で稼ぐんだ。

これはさしずめ、砂漠から砂金を見つけ出す作業に

近いのではないだろうか。

気の遠くなるような数の中から一粒を見つけ出す。


どんな野蛮な人間かは知らないが、そんな貴重な物質を食べる女。

私は少年の頃の様に胸を躍らせながら、玄関の扉を開けた。

大丈夫、妻は今日、出張だ。



さて、お金が無くなった時、人はティッシュを食べるそうだ。

メーカーによっては甘い味がするものもある。

その日しのぎの大学生時代エピソードとして、耳にする事はあった。


では、仕事を失い、生活に困窮し、住む場所も無い人間は砂金を食うのか。


どうやらそういうことでは無い様だ。

幸い、私が住んでいる国では貧富の差はそこまで開いていないはずだ。

国民全員が不自由なく、健康で文化的な最低限の暮らしをしている。


ティッシュこそあれど、砂を食べなければ餓死してしまう、

そこまで困窮した人はいないはずだ。

まずそもそも衛生面に問題がある。

道路端や公園に生えている草花には毒があると脅し、食べない様

息子には躾けてきた。

そういえば今頃、息子は何を食べているのだろう。

車を走らせ、そんなことを考える。


まずは、馴染みのバーにでも寄って情報収集といこう。

期待に胸を踊らせ、交差点を右折するようタクシーの運転手に指示した。



「いらっしゃい、先生。」


狭くて古いここのジャズバーは、常に私を落ち着かせてくれる。

今晩も客はまばらだ。

店内の4人掛けの丸テーブルは6ある内の3つが埋まっている。

ここは音楽好きの中年男女が、夜な夜なセッションを行っている場である。

演奏としては、素人に毛が同じ毛穴から2本生えた様なレベルだ。


「なぁ、砂金って食べられるのか?」


開口一番、疑問を投げかけてみる。

だがいくら馴染みのマスター相手でも、この質問はすべきでなかった。

ポカンと、何とも間抜けな表情をさせてしまった。


「あー、いや、気にしないでくれ。」


ベースのソロ中に冗談を言うのは危険であった。少し高めの私の声は、

店内にいた人間の注目の的になった。

いや、こっちとしては真面目に聞いていたのだが。


「…じゃ、また寄るよ。」


もはや答えを聞かずとも表情で全て読み取れた。

自分でも言ってて恥ずかしくなった。

滞在時間、およそ30秒。

注文もせずバーを逃げる様にそそくさと出た、烏龍茶1杯でも頼めばよかったか。


申し訳ない気持ちを抱え、店を出る。

路肩で待たせていたタクシーに戻ろうとした、その時だった。


「先生!」


後ろから聞こえる声に条件反射で振り返ると、タオルの様な物を顔に

押し付けられた。

人間、突然危機的状況になると意外と呆気ない物である。

驚きと恐怖で抵抗する事が出来ないのだ。


そして眠気を強制的に促進させる薬品、多分クロロホルムみたいな物騒なものでも染み込んでいたのだろうか。

即効性に関心しながら、意識が薄れていくのが分かる。

小さい頃、母親にコンセントを引っこ抜かれ、テレビゲームの画面が

徐々に落ちていくのに似ている。


「うっ…」


微睡みの中に吸い込まれていた。

疲れていたし酒も飲んでいたせいか、

何時間もぐっすり眠ってしまった様に感じる。

目覚めた時、私は茶色い木の椅子に座らされていた。

何となく室内であるのは分かったが、とにかく暗い。

その中で私だけが、スポットライトを真上から当てられている。

演劇でもやっている気分だ。

さしずめ愛する者を失い、失意の中にいる主人公ってとこだろう。

両腕は後ろで、両足もきっちり縛られているので悲劇のヒーロー感はあるかな。


では、顔には痛々しい無数の傷やアザができていたか?

答えはノーだった。

そして体にも殴打の痕は無い。ひとまずは安心だ。


しかしこれは間違いなく監禁、拉致、犯罪。

その先に待つのは罵声、恫喝、暴行、尋問、拷問...

辛い、辛すぎる、胃がムカムカしてきた。

今私は、中々に落ち込んでいる。


でも一体、なぜこの私がこんな目に?

ただ大学で心理学を教えてる虚弱で貧弱な、眼鏡モヤシ教授と生徒達に

呼ばれているんだぞ。

誰かに恨まれる様な行動をした記憶は無いのだが。



「一番好きな好物は?」


そんな中、誰かから突然の質問の声。

上の方から聞こえてきたのか?天からお迎えが来たって言うのか?


「はぇ?」

ほぼ吐息に近い、何とも頼りない声が出てしまったが、一応反応しておく。


「お主の一番の好物は?」


その声と同時に、部屋中の照明が一斉にライトアップされた様だ。

明順応すると言えど、眩しすぎる。

何とか半目で辺りを見渡す。

ここは廃工場跡地でも無ければ、港のコンテナの中でも無かった。

地下牢獄内でも無ければ、一般家庭内でも無いのはすぐに理解した。


答えは宮殿。

いや、何で?


シャンデリアと呼ぶには大きすぎる、何か。

部屋の壁と呼ぶには、説明不足すぎる装飾、デザイン。

不必要なほど、向こう側が透けて見えるテーブルとしか形容出来ない、物体。

それはもう良しとして、こんなことが許されるただ一人のお方。

目の前、視点はかなり上げないとお姿は拝見出来ないのだが。


「まさか...女王様ですか?」


トップオブトップが座っていた。

この国の象徴・顔となる人物、あまりに崇高なお方。

そのお名前とご尊顔を知らない者はいない。

そんな誉れ高い人物の椅子は、様々な意味で高い。

多少距離は感じるが、これが平民との適切間隔なのだろう。


「何か、無いのですか?」


そうだった、まずい。

脳内CPUが容量オーバーで冷却ファンがバグってしまいそうだ、

とてもじゃないが処理し切れない。


こちらが聞きたいこと、言いたいことは山ほどある。

もう何でもいい、目の前の問いを返さねば。さっきなんて言ってた?好物?


「あぁ、ラーメン...とかですかね?」


もしこれを読んでいる方がいたら是非覚えて帰って欲しい。

危機的&切羽詰まった状況で、好きな食べ物を答えろと言われたら

間髪入れずにラーメンだ。

なるべく大きな声で腹の底から言おう。

醤油だとか味噌だとか豚骨だとかは後回しだ、とにかくラーメン。


「ほぅ...」


「…はい。」


しばらくの沈黙、気まずい。これくらいの空気の重さであるならば漬け石として機能できるのではないだろうか。


「…まだ未知の味が存在していたなんて...やはり選ばれた存在。

さながら味の探求者、味覚のトレジャーハンター。」


ドーム球場かと錯覚するほど高い天井を見上げながら、この国の女王は呟く。

口角は上がり、視線は更に上へと上がっていくなっている。

もはや私は見えていないのだろう。


「えっと、私そろそろ帰らせて頂いてもよろしい、でしょうか?」


失礼になってはいけない、機嫌を損ねさせてはいけない、

気をつけ慎重に発言してみる。

縛られている手首は真っ赤になっているのが分かる程、ズキズキしている。

もうこの痛みとピリピリとした緊張感から解放してくれ。


「いいでしょう、あなたも味わいたいのですね」


「はい。…はい?」


おっと。

時空が歪んでいたのかもしれない。

気持ちはすれ違い、会話が成り立っていなかった気がする。

対峙しているとは言え、距離は少々離れているから聞こえにくかったのかもしれないが。


そんな事をだらだら反芻していると、女王が手をパンパンッと2回叩いた。

すると、真っ白なコックの様な出で立ちをした人間が入ってくる。

手に持った銀の皿の上には、クローシュで隠されている。


うん、死んだな。

あっさりそう覚悟できるほど、私はもう落ち着いている。

もう何を言っても無駄なのだ。

そして大体あの皿の中身は察しがつく。


ゆっくりと目を閉じた。

ミニハンマーの様な、肉を叩いて柔らかくする調理器具、正式名称など知らないが拷問道具が入っていて、私は粗挽きハンバーグになるのかもしれない。


なぜ私が、この国の女王を怒らせてしまったのか。

知らず知らずのうちに、国家転覆に関係する巨大犯罪に手を貸してしまっていたのかもしれない。いや、貸してない。もう自分も信じられない。

そこだけ明らかにして、来世に期待しながら終わりを迎えるとする。


「砂金は新たな珍味と言えよう。」


そうだ、初めは単なる好奇心だった。それが良くなかったのかもしれない。

砂金を食べる人間を見てみたいだなんて。

アルコールやギャンブルも始まりは同じだ、何の気なしに破滅は始まる。

制御できるのは自分にしか出来ない。


ん?


「砂金?」


カッと目を見開いた。

皿の上には、サラサラした金色に輝く物質がこんもり盛られている。


「それは一体?」


「砂金と言っておろう。」


嗚呼、拝啓私。


今は悪い夢を見ていて欲しいと、切に願っている。

目の前の事象に対して、適切な行動も気の利いた発言も出来ない。

さながら乾いたスポンジの様に、視覚からの情報をただ思考停止で吸収している。


「若者は流行を食べ、中年は安定を、高齢者は安全を食べる。

そして、富豪や美食家は未知を食べる。」


「はぁ...」


「未知は無知、未知は価値、無知は朽ち、味知は幸なのです。」


「みち、むち…ですか…」


もう、ただ聞いているフリしかできない。

細かい黄金を、ひねりゴマの様に弄る女王を見て何が言えようか。

この国を治めているお方の偏食を知れるとは。


人間全てを満たされ尽くした先はこうなるのか。

良いものを食い過ぎると、そんな突飛な思考回路になるのか。

というか、ほぼ奇行に近いか。とてもまともじゃあない。

消化器官の強靭な狂人だ。

なんて奇天烈な女王、国民はさぞ大喜びでしょう。


「お主も食べてみるか?食べてみたいのだろう。」


「...は、はい…それでは…いっ、いただきます。」


もう断ることもしない、どうせここで死ぬのだ。

黒服2名に拘束を解かれ、運ばれてきた皿から数粒つまみ取るよう促される。

腹は括った、どうせ断れない。

思い切って口の中に放り込もう。


「うっ、うわぁああぁぁあああぁあああぁっ!!!」


もういい!

どうにでもなれ!

食えることが確認できればそれで良い!

さらば家族よ、友よ、この奇特な世界よ…!


「ガリッッッッ!!!!」


覚悟を決め、奥歯で噛み砕いてからの記憶は無い。


異物を口にしたショックなのか、蓄積した疲労なのか、夢だったのか。


次に目にした光景は、薄汚れた天井であった。

悔しいが食感も匂いも味も、全く覚えていない。


「ん...」


そしてなぜかベッドで寝かされ、点滴を打たれている。

次の移動先は、病院といったところか。


体は残念ながら動かない。

粉砕骨折や全身火傷をしている訳では無いのだが、動けない。

意識ははっきりしている訳ではないが、隣で医者らしき人間が

憂いの眼差しで私を見つめていた。


もう誰でもいい、事の顛末をレポート用紙に纏めて説明してくれ。

理由も分からず、こんなに振り回される状況に憤りを感じてきた。


「すみません…私は、なぜここに?」


医師が口を開く。


「この国では、砂金を口にしてはいけないのですよ。」

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