第4話 煌めく自由の出発点
僕は孤児の生まれだ。
日夜戦争を繰り広げるエステリア王国においては、全くもって珍しくない存在。
ただ、『戦災孤児ではない』という点においては、むしろ珍しい存在だと言えるかもしれない。
僕の父は王都でパン屋を営んでいて、男手一つで僕を育て上げ……ようとしていた。
でも、残念な事にその願いは叶えられなかった。
出産と同時に亡くなってしまった母に続いて、自身も病に倒れてしまったのだ。
病の床にあって思うのは、もちろん妻への誓い……すなわち、僕の将来のこと。
もはや命が尽きるのは逃れようがないと悟った父は、パン屋を手放して得たお金を添えて、僕をとある孤児院に預けることにした。
そして、そんな最期の大仕事をキッチリやり遂げたあと、満足げに息を引き取った。
当然ながら、以上は全て伝聞だけど……とにかく、そういう悲しいお話だったらしい。
◇
父が意図したものだったのかは今となっては知りようがないけれど、僕が預けられたのはちょっと特殊な孤児院だった。
そこを運営していたのは、隠居した一人の老貴族。
その目的は、高邁な理念に基づいた慈善事業でもなく、将来を見据えた人材育成でもなく……ただの純然たる趣味。
それも、子供の純粋さを愛でていたわけではなくて、『草木を育てるのと同じ感覚で子供を育てて、自然な成長をただ鑑賞する』という、まぁ何とも変わった御仁だったのだ。
今にして思えば……人間の本質か可能性でも研究していたのかもしれない。
……ちなみに、当時はその老貴族のことを無礼にも『ジジイ』と呼んでいた。
◇
当然ながら、その教育方針は徹底的な放任主義。
最低限の知識とマナーだけ仕込んだあとは放ったらかしで、イタズラなども犯罪レベルでなければお咎めなしだった。
一方で、意欲があれば何でも学ばせてもらうことも出来た。
貴族だけあってお金もコネも凄まじく、何でも興味を示せば、道具も環境も超一流のものが与えられてしまうのだ。
……チャンバラごっこをする子供たちに本職の騎士の指導をつけたのは、さすがにやり過ぎだったと思うけれど。
◇
ある意味では自然な流れとして、貧弱な僕が興味を持ったのは『本』だった。
孤児院とは思えぬ豊富な蔵書を読み耽り、読み漁り、読み尽くし……次に興味を持ったのは、物語に出てきた数々の『魔術』。
そんな話をジジイにすると、当然のように次々と一流の魔術師たちが召還された。
僕は生まれつきソコソコ豊富な魔力を持っていたので、中には弟子に迎えたいと言ってくれる人までいた。
……なお、僕はとにかく色々な魔術を見たかったので、全部断ってしまった。
それで、まぁ……ある程度の実力がついたところで魔術師ギルドに登録して仕事をしてみたり、思いつくがままに研究した事をノートに書き記していたりして、一人楽しんでいたある日。
ジジイのコネは、とんでもない天災を招いてしまった。
……エステリア王国筆頭魔術師、ギリアン = ボスフェルト。
◇
あの人は僕の指導に訪れたわけではなく、ただ旧友に会いに来ただけだったらしい。
ただ、ある意味では自然な流れとして、旧友同士の語らいの中で僕の話題が上がってしまった。
若干否定的な物言いになっているのは、あの人の仕打ちが滅茶苦茶だったから。
腕前を見てやるとの名目で幼い僕をボコボコにしてみたり、無理矢理に僕の研究ノートを奪って批評してみたり。
……得難い経験だったのは確かなので、まぁ感謝はしているけども。
そんな機会が三度目あたりを迎えたとき、あの人は僕を宮廷魔術師にすると勝手に宣言した。
当時まだ成人前の僕としては、あまりにも大きい話に気後れしたんだけど……最終的には、魔術師の最高峰への興味を抑えきれなかったわけだ。
それでまぁ……王宮に行って、リンジーさんと出会って、ルロイと出会って、何やかんやあって現在に至る。
◇
「……そんなわけで、僕は『実は亡国の王子だった』だとか、そんな秘密は抱えていないんだよ」
「…………」
それなりに長い僕の半生を語ってあげたのに、ノラは僕の背中に顔を寄せたまま特にコメントをしてくれない。
……とってつけたようなオチが気に入らないんだろうか。
「……そんなわけで、家族との関わりを知らない僕には、今の君に何かアドバイスすることは出来ない。というか、結局のところ、会って直接聞いてみるしかないんじゃない?」
「…………!」
今度のオチは気に入ったのか、ノラは太腿を露わにしながらベッドから跳ね起きた。
そして、その反動でバウンドする僕に馬乗りになって、また真ん丸に澄んだ瞳で僕を覗き込んでくる。
「そうね、そうよね……」
「…………」
何だか一人で納得しているけど、果たしてどういう結論が出たのだろうか。
……まだ白黒はっきりしないノーリッシュ伯のところに突撃するとか言い出すのは、さすがに勘弁してほしい。
情けなく組み伏されたまま、僕がハラハラしていると……ふいにノックの音が響いた。
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