第4話 無慈悲なメイドの尋問

「…………何の話ですか? 指示も何も、私がリンジーちゃんとサシで飲みたかっただけですよ?」


「っ!?」


 あまりにも白々しい言い訳に、凍らせていたはずの私の心は一瞬で沸点に達した。


 右手のナイフを投げ捨てて、メイド服の襟首を両手で掴んで宙吊りにする。


「ふざけないで! だったら、あの脅迫状は何なのよ!」


「リンジーちゃん真面目だし、さっきみたいに真面目な話もするつもりだったから、ついでに真面目な文体にしてみただけですよ! 脅迫状って……さすがにヒドくない?!」


 あんな仰々しい文面の手紙を寄越しておいて、真面目に警告を発したかっただけだなんて……そんな馬鹿げた話があってたまるか!


 立て板に水のごとく続く戯言に、私は目眩を感じるほどの怒りに沸き立つ。


「そんなの、誰が信じるのよ! 大体、わざわざ私に警告なんかしたところで、貴女には何のメリットもないでしょう?!」


「いやいや。私は密かにリンジーちゃんを応援してたし、レヴィン君とも割と仲が良かったんだよ? だから、リンジーちゃんが裏で何かしてるなら、私も手伝いたくてさ……」


 そんな虫のいい話が……あっていいのだろうか?

 

 思いも寄らぬ可能性を流し込まれた私の思考は、途端に渦巻く濁流へと変化した。


 ……しかし、私は何とか彼女の術中から抜け出すべく、矛盾点を見出そうと必死に足掻く。


「じゃあ、敢えてこの場所と時間を指定した理由は?!」


「……此処から見る夕日、すっごい綺麗だよね?」


「……貴女は女子宿舎の担当でしょう! どうして、レヴィン君と接点があるの?!」


「まぁ、ほとんど話したことはないんだけどね。彼、窓越しに元気良く手を挙げて挨拶してくれるから……よく癒されてたんだよ?」


 そんなエピソードなんて、彼の口から一度も聞いたことがない。

 ……でも、彼にとっては只の日常の一風景であって、私に話すまでもないと判断しただけだろうか?


 いや、そもそも……予め作り話を用意しておくにしても、わざわざそんな微笑ましいエピソードにする必要があるだろうか?


「…………」


「…………」


「…………」


「…………リンジー。条件次第だけど、私には和解を受け入れる用意があるよ?」


     ◇


 私が危うく人生を終わらせかけてしまったメリンダが、和解の条件として提示したのは以下の三つ。


 一つ、サシで飲む際には一生私のオゴリ。

 二つ、ルロイを紹介する場を設けること。

 そして……三つ、レヴィン君との結婚式には必ず招待すること。


 もちろん、最後の条件だけは頑なに拒絶したのだけれど……彼女の『恋の尋問術』とやらの前には為す術がなく、あえなく私は丸裸に剥かれてしまった。

 まぁ、つまり……自分の本当の気持ちを、強引に直視させられてしまったわけだ。


 結局、そのまま私たちは明け方近くまで飲ませ飲まされ、星空に向かって散々に恥を晒し合い……


 そして、私は新たなる協力者と友人を同時に得たのだった。


     ◇


 それから、しばらくのち。


 久方ぶりに王都の外まで馬を駆けさせてみれば、いつしか季節はすっかり夏の匂いに変わっていた。

 しかし、私はその景色の清々しさを少しも楽しむ事が出来ず……蹄のリズムが響く頭を抱え込んでいた。


「あの和解、大失敗だったわ……」


 もちろん、和解したこと自体に後悔しているわけではない。

 あんな真似をしでかした私を許してくれたうえに、友人とまで呼んでくれるメリンダには、いくら感謝してもし足りない。


 ……問題なのは、あの容赦ない和解条件の内容だけ。


 最後の条件のインパクトに気を取られてしまっていたけれど、致命的な毒が仕込まれていたのは……最初の条件だったのだ。


「まさか、三日に一回とは……」


 宮廷魔術師である私とメイドのメリンダとでは、当然ながら稼ぎに大きな開きがある。

 なので、飲み代をこちらが持つのは当然の流れだと思っていたんだけど……彼女の誘いの頻度は想像を超えていた。


 ……毎度の支払い額よりも、毎度朝まで付き合わされるほうが辛い。


『今のリンジーなら、酒に溺れているくらいのほうが自然だよ!』


 そんな彼女の台詞を……果たして、このまま信じていいのだろうか?


     ◇


 いくつかの分岐点を過ぎると、街道の石畳は樹々の合間を縫うように蛇行し始める。


 そろそろ色々と限界が近かった私は、木陰に馬を繋いで少し休むことにした。


「……ぺっ」


 辺りに人気がないのをいい事に、口を濯いだ水を行儀悪く吐き捨てる。


 メリンダには頭を悩まされているわけだけど、彼女は協力者であって脅迫者ではない。

 当然ながら、彼女はタダ酒を集るだけではなく、その類稀なる人懐っこさを活かして情報を集めてくれている。


 ……そして、その尽力は早くも実を結び、王国のささやかな異変を浮かび上がらせた。


「大人し過ぎて変ですもん、か……」


 王都近郊のとある施設では、消耗品の発注が少しばかり増えていた。

 そんなものは施設を使えば当然のことであり、書類を事務方が事務的に処理してお終いの話。

 怪しむべき理由など何もない、ただの王都の日常。


 しかし……そのとある施設が『現在使用中である』という話が、隠す必要などないはずなのに何処からも漏れ聞こえてこないのだ。

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