第9話 理性と衝動のアンコール

 僕が即答で断ろうとするも、族長は手のひらで返事を制する。


「正確には、この嬢ちゃんも含めた三人だ。お前らと直接やり合う前までは、どうせ下らん駆け落ちだろうと思っていたんだが……そんな単純な話じゃないんだろう?」


 あまりにも心外なその邪推を、僕はブンブンと首を振って否定する。


 でもまぁ……そういう事なら、彼に不思議なほど殺意がなかったことにも納得だ。

 せいぜいキツいお灸を据えて、親元に送り届ければいいとでも考えていたのだろう。

 しきりに裏切りを勧めていたのも、二人の絆にヒビを入れるのが目的か。


 ……ヒビが入るような絆なんて、初めからないんだけども。


「詳しい事情については今は省くが、俺が求めるのは『真っ当で信頼に足る後ろ盾』だ。お前らが抱えるトラブルの解決に付き合ってやれば、こっちの望みも自ずと叶うんじゃないのか?」


 その口振りから何となく察するに、族長が求めるのは神酒密造のパートナーではなく、庇護者あるいは和解の仲介者。

 ……神酒の製造法も自分の意志で盗み出したのではなく、意図せず知ってしまったというところか。


 そして、この島で密造していたのは、当座の資金稼ぎに止むを得ず……そして、きっと自分が飲むためだ。


「そうだね……」


 もし推測どおりの事情だったならば、おそらく族長の望みは叶う。

 宮廷魔術師に復帰した僕が神聖術の研究協力者として推薦することも可能だし、ノラを助ける過程では否応無しに貴族と縁を持つことになるだろう。


 ……厳しい戦いが終わってみれば、万事が最良の形に落ち着いた。

 三人が三人とも、自身の目標に向けて大きな前進を果たしたことになる。


 だけど……


「…………」


 この何ともスッキリしないモヤモヤは、一体何なのだろうか。


 無言で問いかける先は、今も地面に倒れ伏すノラ。

 その呼吸は満身創痍だったあのときよりはずっと落ち着いていて、どちらかと言えば疲労困憊の末の寝息のようだ。


 ……果たして、僕は彼女ほどに本気を出せたのだろうか?


「…………!」


 今、脳裏を過ぎった考えは、僕が散々に馬鹿にしてきた脳筋そのものの発想。


 すっかり染まっていることにウンザリするけど……だからこそ、胸に渦巻くモヤモヤの解消方法は『ソレ』しかないと確信できてしまう。


「どうした、レヴィン。さっさと嬢ちゃんを介抱してやらねぇと……」


 族長ことローガンはすっかり仲間になった気分のようで、ノラを抱き上げて近くの葉っぱの山へと向かう。


 その何とも頼りがいがありそうな背中に向けて……僕は自分でも嫌になるほど馬鹿な言葉をぶつけた。


「三人で組むならさ、ちゃんとリーダーを決めておかないと!」


 些か迂遠な表現ではあったけど、ローガンにはきちんと伝わったらしい。

 ピタリと足を止め、やがてプルプルと肩を震わせ始める。


「……そうだな。俺とお前の一騎打ちは、まだ決着がついていなかったな」


 肩越しに振り返った髭面は、凶悪な喜色に歪んでいた。


     ◇


 ノラの介抱はおっさん達に任せ、僕たち二人は蛇足の戦場へと舞い戻る。

 ……おっさん達はローガンの本気にビビり倒していたので、イタズラの心配は要らないだろう。


「今さら、細かいルールなんぞは要らねぇよな? とにかく、最後に立っていたほうが勝ちだ」


 開戦前の互いの立ち位置は、ほとんど集落の端の端。

 林立していた葉っぱの山も、ローガンの号令により全て撤去された。


 この距離は完全に魔術師たる僕の間合いあり……逆に言えば、間合いを潰されれば僕には為す術がない。

 すなわち、ローガンが此処に辿り着くか、その前に僕が彼を打倒するかの勝負。


 ……そんな単純明快な決戦方式は、この島最後の戦いとして実に相応しいと思う。


「了解、本気で行くから死なないでね!」


 そんな挑発じみた僕の呼び掛けに、ローガンは軽く肩を竦めて応じた。


 その態度が示す意味は、おそらく侮りではなく期待。

 これから仲間となる僕の本気を、肌で感じたいと言ってくれているのだ。


「…………」


 そして、足場を整えたローガンは、もはや言葉は不要とばかりに両の拳をガツンと打ち合わせる。


 それに頷いた僕は、この島での経験の集大成となる魔術を行使した。


「……ソーン・サーミア!」


     ◇


「…………?」


 その残響が青空に消えた頃、コテリと首を傾げたのはギャラリーのおっさん達。

 傍目には何も変わらぬ状況に戸惑う姿は、僕の初陣の相手だったウサギを想起させる。


 一方、ローガンは……戦慄に一筋の冷や汗を流していた。


「……本気で殺しに来やがったな」


 彼の目には、僕との間で朧げに揺らぐ陽炎が見えていた。


 僕が行使したのは、あのときウサギに使った『フレイム・タン』のさらなる発展形。

 ……赤い光を放つ炎すらをも削ぎ落とし、熱の概念のみを結晶化させた茨の草叢。


「念のため言っておくけど、ソレは動くから!」


 限りなく不可視に近いその脅威は、単なる障害物などではない。

 一本一本が自らの判断で動き、連携し、侵入者を迎え撃つ僕渾身の防衛陣だ。


 とはいえ、実戦に投入するのは初なので、その攻略難度は僕にも分からない。

 でも、それは……今から彼が計ってくれると言う。


「……ははっ、上等だ!」


 その咆哮を合図として、長きに渡る戦いの最後の幕が上がった。


     ◇

 

「かあぁっ!」


 練度をただその一点に注がれた『神の拳』は、硬く結晶化した概念であっても悉く撃ち貫いていく。

 ……僕はとんでもない化け物の戦っていたんだと、改めて思う。


「ぐうぅっ!」


 そのインチキじみた『神の背筋』は、束ねた熱で打ち据えられても呻き声だけで耐え凌いでいる。

 ……彼が味方になってくれて本当に良かったと、心の底から安堵する。


 しかし、それでも僕の防衛陣は思った以上に堅牢で……被弾覚悟のローガンを以ってしても、遅々とした速度でしか道を切り拓けない。


「…………!」


 ふと交わった視線から伝わってくるのは、『お前の本気はこの程度か?』の挑発。

 どうやら、このまま力技で陣を抜く自信があるらしい。


 もしヤバそうなら、黒焦げのハンバーグになる前に解除するつもりだったけど……全くもって要らぬ心配だった。


「……ははっ」


 互いの信頼を確認し合うための死闘。あるいは、死闘じみた仲間同士のじゃれ合い。

 この上なく愚かな儀式にのめり込んでいる自分に、思わず笑いが込み上げてくる。


 結局のところ、『真剣に臨むことと、楽しむことが両立しうる』と思い出せたのが、この島に来て……ノラと再会して得た、一番の収穫なのかもしれない。


 ともあれ、僕の本気にはまだ先があると仲間が信じてくれるのならば……僕はその期待に応えなければならない。


「マテリアライズ……シルバー・スター!」

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