第8話 背中越しに重なるハーモニー
アイコンタクトに成功したのは良かったけれど、僕たち二人の戦意が高まったことは族長にも伝わってしまった。
「おう、来いや!」
これまで軽いフットワークを披露していたぶっとい足は、どっしりと地面に根を下す。
右の拳を腰だめに引き絞り、真っ向から迎え撃つ構えだ。
それを見たノラは助走の開始位置をこれまでの倍ほどまで延ばし、十字槍をくるくる回して不敵な笑みを浮かべる。
「…………」
一方、僕の立ち位置は族長の後背。ノラと二人で挟み込む形だ。
広い背中は無防備にも見えるけど、当然こちらへの警戒も怠っていないだろう。
……もちろん、背後を突いたくらいで不意打ちが決まるなんて思っちゃいないさ。
「あら……何だか、ギャラリーが増えてきたわね」
ノラの言葉につられて辺りを見回せば、復活したおっさん達が数名集まって来ていた。
今さら参戦するつもりなどないようで、僕たちの戦いを肴に酒盛りを始めている。
……ダメだ、集中のし過ぎで視野が狭くなっていた。
僕が意識を切り替えるべくふうっと息を吐くと、ノラと族長も同じように呼吸を整えていた。
そして、その三人の動作が不思議とシンクロした瞬間……ノラの足元が爆ぜた。
◇
いきり立つ猪のごときノラの突進は、等間隔で深々と地面を穿つ。
それを迎え撃つ族長は、背中から歓喜の気配を放ちつつ僅かに重心を落とす。
何だか脳筋たちが二人の世界を作っていやがるけど……僕は僕のやり方で付き合わせてもらうぞ。
「行け!」
両手を振り上げ放つ魔術は、ビー・スウォームとエアロ・ゲイザーの同時行使。
族長の足捌きと防御に負荷をかけ、ノラのために道を切り拓く……と思わせるのが僕の狙いだ。
「……むっ」
その魔術への対処の最中、族長が訝しげな声を上げる。
その理由は、蜂の群れに混じった透き通る数羽の蝶。ふらふらと舞う彼らは、決して『神の拳』の聖域には踏み込もうとしない。
戦闘経験豊富な族長は、一拍遅れて僕の意図に気づいたようだけど……もう遅い!
「弾けろ!」
水で形作られた蝶たちは、その身の全てを鱗粉へと変じ、族長の眼前に局所的な濃霧を発生させる。
……つまり、蜂による点の攻撃ではなく、空間を占拠する魔術。
その霧への対処として族長が選んだのは、離脱ではなく、小細工ごと吹き散らすこと。
元より大きなその背中が、さらに一回り大きく膨れ上がり……そして、魔力を纏った右拳が解き放たれた。
「かぁっ!」
鋭い呼気とともに放たれた『神の拳』は、ノラを粉砕しないように完璧にコントロールされた威力だったのだろう。
しかし……ノラはもう、そこにはいない。
族長の視界が遮られ、意識が手加減に傾いた瞬間を逃さず、強引に軌道変更。
すでに族長の背後へと回り込んでいる。
……どうして打ち合わせ無しに合わせられたのか、さっぱり理解できないけど。
「はあぁっ!」
ノラが勝負を委ねる一撃は、不慣れな突きではなく得意の斬撃。
十字槍は剣の握りに持ち替えられ、高々と振り上げられた穂先は一直線に天を指す。
「このやろっ!」
崩れた体勢から放たれた裏拳は、苦し紛れとは思えない威力と精度でノラを襲う。
が、彼女はそれすらも動物的な反応でやり過ごし、すかさず切り下ろしの体勢に入る。
その刹那……
「……!」
彼女の背中から感じ取った確かな意志に、僕は自分でも気づかぬうちに魔術を行使していた。
今の回避動作で間合いギリギリなのに、そのまま得物を振るのは……そういう狙いか!
「食らえぇっ!」
そう叫んだのは僕だったのか、ノラだったのか。
ともかく、銀の十字槍改め『大薙刀』は、族長の肩口に凄まじい勢いで衝突した。
◇
海辺で鳴く鳥の声が聞こえるほどの静寂。
おっさん達が固唾を飲んで見守る中、役目を終えた銀の刃がぼろぼろと崩壊し……続いて、ノラが声もなく崩れ落ちた。
「……マジで肝が冷えたぜ」
彼女の顎を族長の左拳が掠めたのは、何とか僕にも分かった。
だけど、彼女の完璧な一撃を食らった族長が、ミミズ腫れ程度のダメージで済んでいるのは……意味が分からない。
「さすがに大人気ないからコイツは使うまいと思っていたんだが、お前ら相手ではそうもいかなかった……ぜっ!」
その言葉尻に、族長が勢い良くサンダルを振り下ろす。
すると、地面がズドンと吹き飛び……ちょっとしたクレーターが出来上がった。
……つまり、族長の『神の拳』は、拳に限らず全身どこからでも撃てて、そのうえ防御にも転用できるってことか?!
「他の神聖術は大した腕じゃないんだが、コイツだけはちょっと自信があってな……」
いうなれば、攻防一体の全身凶器。
……そんな反則技を持っているのなら、たしかに他の技なんてどうでもいいのだろう。
ノラが落ちてしまった今、その脅威が向けられる先は僕一人。
彼女を巻き込む恐れがなくなり使える魔術の選択肢は増えたけど、のんびり行使する猶予をもらえるわけがない。
いや、そもそも彼女を人質にされてしまえば、もはや動きようが……
そんな風に、僕が必死に活路を見出そうとしていると……族長はさらに別の道を指し示した。
「まぁ、とにかくだ。パピヨン……いや、レヴィンって言ったか? やっぱり俺と組まねぇか?」
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