第2話 密林に躍る炎の舌

「ぷっ、お前……いくらなんでもパピヨンはないだろうが!」


 僕の決意を込めた名前は、族長のみならず周囲のおっさんも巻き込む大爆笑を引き起こした。


「ここに来る奴は全員ワケありだから、べつに本名を名乗ったところで誰も気にしなかったんだが……まぁいい。今日からお前は、総合ギルド所属のパピヨンだ!」


 長時間揺さぶられて脳味噌がおかしくなっていた事に気づくも、もう遅い。

 今さら撤回などと言い出せる雰囲気ではなく……誠に遺憾ながら、今日から僕はパピヨンとなってしまった。


「……さて。じゃあ面倒だが、このギルドについて教えてやる。ついでに、この島のルールも説明してやるから、しっかり聞いておけよ?」


 さすがの族長も仕事の話となればきちんとするらしく、完全に身を起こして座り直した。

 僕も分けて貰った葉っぱで椅子を作り、同じく腰を下ろして居住まいを正す。


「基本的には、冒険者ギルドや魔術師ギルドと一緒だ。請けた依頼をこっちで取り纏めて、手を挙げたやつに割り振る……って流れだな」


 僕は冒険者にはなれなかったけど、魔術師ギルドの仕事は何度も請けてきた。

 特に質問もないので、コクリと頷く。


「依頼ってのは、採集が面倒な果物を取ってこいだとか、でかい魚を釣ってこいだとか、船が来たときに何か買って来いだとか……まぁ、そんなのがほとんどだな」


 ……見事に雑用の依頼ばっかりだ。

 依頼者も堕落者たちなのだから、当然と言えば当然か。


「あぁ、もちろん魔物の討伐もあるぞ。食える獲物も、食えない害獣もな。その手の仕事は報酬も結構いいから、腕に覚えがあるなら請けてくれや」


 ……その口振りから思い浮かぶのは、冒険者というよりも狩人。あるいは果樹の番人。

 となれば、報酬がどんな物かは大体想像がつく。


「ただし、島の奥の魔物には絶対に手を出すな。あいつらにちょっかいを出すと群れ全体が大暴れしやがるから、下手をするとこの集落にまで被害が及ぶんでな」


 ……いつかは腕試しに挑戦してみたいところだけど、さすがに集落全体に迷惑をかけるのは不味いか。

 下手に恨みを買ってしまって、壁のない住処で寝込みを襲われては洒落にならない。


「なお、このルールだけは絶対だ。たまに腕試しの冒険者が渡って来やがることもあるんだが、そのときは緊急依頼で袋叩きにするから協力してくれや」


 堕落者たちでもピンチには力を合わせるみたいだけど、その結集した戦力で魔物を討伐するという発想はないらしい。


 ……なるほど、だんだんこの島の流儀が分かってきた。


     ◇


 葉っぱの住処で一夜を明かし、僕が初めての仕事として請けた依頼は薬草採集。

 傷薬や解毒薬の類ではなく、二日酔いによく効くやつだ。


 写させてもらった地図を見ながら密林の獣道に分け入り、道中に捥いだ果物を齧りながら薬草の密生地へと向かって歩みを進める。


「……ここに来たのは、正解だったかも」


 それは果物が異常に美味しいからではなく、滲む汗とともに心の淀みが抜けていくように感じるから。

 王宮を追放されてからずっと酒をガブ飲みするばかりで、食べ物の味も景色の美しさも感じることはなかったから。


「……自由な心こそが、僕の持ち味だ」


 そんな小っ恥ずかしい台詞は僕が考えたものではなく、いつかリンジーさんが言ってくれた言葉。

 あの人の笑顔を思うと、軽い疲労すらも足取りの軽さへと変わっていく。


「おっ?」


 先行させていた水の蝶の一匹が、目的地への接近を知らせに戻って来た。

 ……この依頼は、現在出されていた中で最高難度。呑気に構えているように見えても、もちろん警戒は怠っていない。


 ただの薬草摘みが高難度とされている理由。

 密生地が集落からかなり遠いというのもあるけれど、それより何より……高確率で先客がいるからなのだ。


     ◇


 何故かその苦い薬草が好物らしく、脇目も振らずにモリモリと貪る一匹の魔物。

 この島においては難敵の部類に入り、他の地域においては駆け出し冒険者の壁となる獲物だ。


「……ツインソード」


 それは、鋭い牙が生えた肉食獣……ではなく、耳が鋭利な刃物と化した大ウサギ。

 可愛らしい見た目に反して、非常に好戦的。そのうえ非常にすばしっこいため、接近戦を挑むとなれば相応の技量が必要とされる。


 ……とはいえ、あいにく僕は元宮廷魔術師。

 たとえ実戦経験はなくても、この程度の相手ならば一発で仕留めることなど容易い。


「……でも、それじゃ意味がない」


 僕が求めるのはウサギ肉の土産ではなく、まだ見ぬ敵に立ち向かう勇気なのだ。


 深呼吸をし、覚悟を固め……僕は勢い良く飛び出した。


     ◇


「フレイム・タン=テンタクル!」


 茂みから躍り出ると同時に、先制の魔術行使。

 詠唱とともに放たれた魔力が湿った土に染み込み、炎の舌が十本ぬめりと立ち上がる。


 これは、前衛不在の状況で敵の接近を阻むための防御寄りの攻撃魔術。

 十本同時展開する『テンタクル』は僕のオリジナルだけど、ただ魔力を大盤振る舞いしただけの一般的な魔術だ。


「行け!」


 ウサギの食欲が戦意に変わる前に、炎舌たちに号令を下す。

 言葉にしていない部分まで僕の意を汲んだ彼らは、三本が防衛に、七本が攻勢に回るべく陣形を変える。

 ……このあたりの制御技術は、『精霊術師』たるリンジーさんによる指導の賜物だ。


「……!」


 哀れなウサギは過剰な殺意に包囲されて慄いているけど、そんなの知ったこっちゃない。

 そして、このまま包囲の輪を狭めれば簡単に仕留められるだろうけど、それでは折角の機会が勿体ない。


「……クリスタライズ!」


 これこそが、僕の真のオリジナル。

 悪いけど、実戦での威力を試させてもらうぞ!

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