2章-26

さて、まだ仕事がひとつ残っている。

馬車に残した人を如何にディンクさんに説明するかだ。

解除魔法かけたから起きてはいるだろう。


まずは、馬車から逃げ出していた場合。

これは簡単だ、そのまま放っておけばいい。

あの体でどこまで逃げおおせるかは分からないが、それでも手を離れてしまった以上、他にしてあげられる事はない。


そして、もしまだ馬車にいた場合。

知らぬ存ぜぬで通すことは不可能だ。

目立つ体なだけに全くの無関係の人というのは無理があるだろう。

いや、待てよ。

そもそもディンクさんは檻の中を見ていないかも知れない?

お、これは希望が出て来たな!

俺は座り込んだままの格好で聞いてみる。


「そういえばディンク殿、檻の中にいた魔族は見ましたか?」


「ええ、ちらっとは。ひどく白い肌でしたね。ヨウ殿の反応から察するに子供だったのでしょう?」


しっかり見てるなぁー。

さすがはギルド長ってところか。

もう一度眠らせるか?

ダメダメ、俺の体がもう限界で魔法を使う余裕がない。

実は知り合い、も無理がありすぎるな。


「ところでヨウ殿、体は大丈夫か?俺もマナの暴走とやらで一瞬記憶がなくなったくらいだからな」


「ああ、腰がな。しばらく動けそうにないわい」


これで時間を稼いで、なにかいい手がないか考えよう。

ディンクさんがここに残ってくれるのが一番なんだけど、そんな状況にはなりそうにない。


「仕方ない、趣味じゃないがオレが負ぶっていきますよ。さぁどうぞ」


そういってディンクさんが俺の方に背中を向け膝を折った。

これは助かる、が今は考えを纏めるのに時間が欲しい所であって…


「おい、それは弟子である私の仕事だ。さぁヨウ様、私の背に!」


なんだか知らないけど、張り合ってユレーナまで俺の前に背中を向けてきた。

いよいよ介護か。

どちらを選ぶべきか…

くっだめだ、本能が強すぎる…


「ユレーナ、頼む」


ユレーナはディンクに向けて勝ち誇ったような笑みを浮かべた、ように思えた。

背中の上なので確認は出来ないが、ディンクさんの反応をみる限りそういう事だと思う。


詰め所まで戻った辺りで俺は天啓を得た。

いや、俺自身のひらめきのなせる技か、ふっ。


「ディンク殿すまんが、さっきの場所にメガネを落としてしまったようじゃ。ちょっと見てきてくれんかの?」


「ヨウ様、メガネなんてしてな…もごっ!」


慌ててユレーナの口を塞ぐ。

察しろ!


「ん?ああ、そうなのか?よし、じゃあ拾ってくるわ」


「すまぬ、手数をかけるな」


ひらひらと手を振り、歩いてきた道を戻っていくディンクさんを見届け、ユレーナに声を掛ける。


「急げ、ユレーナ!ディンクさんが戻る前に馬車の問題を解決する!」


「おお!さすがヨウ様!時間稼ぎの一案でしたか!」


いきなり走ろうとしたので首を絞めて止める。


「バカ!走ったら不自然だろ!早歩きだよ早歩き!」


「す、すみません!では早歩きで行きます!」


ガクンッ


えっ?

ちょっ、めっちゃ早い!

あっという間に馬車についた。

もしかして…


「ユレーナ?もしかして魔法の効果切れてない?」


「はい、流石ヨウ様です。ずっと体が軽く、天にも駆け上がれそうです!」


早歩きにさせた意味ないじゃん!

先に言ってくれればいいのに!

ともかく馬車に着いたのだから、言い争っても仕方ない。

早速馬車の扉を開けてみる。


いた。

お行儀よく椅子に座っている。

やはり見間違いではない、年寄りだ。

該当から覗く手足も透き通るほど白いが、年寄りらしくガサガサと乾燥して見るに耐えない。


「気が付いたか?状況わかるかの?」


「ええ、おじい様?が助けて下さったのよね?魔法で眠らされた所までは覚えているわ。」


かすれて嗄れた声で呟く。

外套のフードを目深にかぶっているせいで表情は伺い知れない。


「分かるのか…さすが魔族じゃな。」


「魔族ってわかっててどうして私を助けたの?」


「助けたいから助けた、それまでのこと。ワシと同じ年寄りじゃしな。フォフォフォ」


「え?でもあなた本当は若いわよね?魂と見た目がちぐはぐで変だけど」


「そこまで分かるのか…いやそれよりも時間がない。もうすぐ知り合いがこの馬車に乗り込んでくるが、なんとかやり過ごさねばそなたの命が危ういのじゃ。まずは名前を聞かせてもらえるか?」


「フィーネ。おじい様は?」


名前から察するに女の子か?

今はおばあさんだけど。


「ヨウじゃ。こっちはユレーナ。それでフィーネさん。お主は、そうじゃな、ボケた徘徊老人ということにしよう。喋らなくていいから黙っておれ?こっちで勝手に話を作る」


「分かりました。喋らないようにします」


「もし何か聞かれたらボケた感じで頼むぞ。ユレーナも分かったね、話を合わせてよ!」


「承知しました!」


ガチャっとタイミングがいいのか悪いのかディンクさんが戻ってきた。


「ヨウ殿、探したが見つからなかったぜ。本当にあそこで落としたのか?ってかそいつ誰だ?」


「すまぬ、ディンク殿。メガネはカバンの中にあったわい。このご老人は道に迷われておっての、恐らくボケて徘徊していたんじゃろう」


「裸足で徘徊するのか?」


「ボケたらそんなもんじゃ。老人のことは老人が一番分かるでな」


「まぁそう言われるとな…どうするんだ?衛兵に頼むのか?」


「いや、衰弱しておるようなので、一旦家で介抱しようと思っとる。肌の色ももう真っ青じゃ。回復すれば案外ボケも治るかもしれんて」


「そういや青っちろい肌だな。ホントに大丈夫か?とにかく早く馬車を出そう」


ディンクさんが御者に合図して馬車が進み出す。

なんとか危機を脱出したようだ。

急いでくれているのか、馬車がよく揺れる。

隣のフィーネは踏ん張りが効かないのだろう、ずり落ちそうになっていたので、膝に手を置いてずれないよう押さえてあげた。


「もうすぐだな。ヨウ殿、歩けそうかい?」


「ああ、大丈夫そうじゃ。すまんの、心配をかけた」


「構わんさ。それでこの年寄りどうするんだ?こっちでも尋ね人してる人探すか?」


「いや、どうせ貴族街に通うし、こちらでなんとかしよう。ディンク殿に頼りっきりも悪いでな」


下手に探されて該当なしとかなると怪しまれるからね。

ノータッチでいてもらうのが一番。


家の近くに着いたので、ユレーナにフィーネを背負ってもらい馬車を後にする。

流石にユレーナの魔法の効果は切れているようで、ユレーナは若干不機嫌だった。

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