2章-1

「えぇい、いつになったら世界樹からマナがでる!?そなたらは代々研究職にありながらなんの成果も上げておらんではないか!」


ガツンッ!

金のゴブレットが宙を舞い、赤い豪奢な絨毯にシミを作る。


「お、恐れながら陛下。魔法が禁止されている影響で試すことのできる措置も限られており…」


「その言い訳は耳が腐るほど聞いたわ!一体いくら金をつぎ込んだと思っておる!なぜ世界樹はマナをださん!!このままでは他国に遅れをとるやもしれんのだぞ!!」


玉座の男はこぶしを震わせ唾を飛ばす。


「も、も、申し訳ございません!しかし、世界樹を枯らさぬよう定期的に注いでいる魔法ポーションも費用がかかるものでして、其方に予算を割いている以上有益な研究にはさらに…」


「この期に及んでまだ研究費用の増額を無心するか!!誰か!この者を切り捨てよ!!」


「ひぇぇぇっ!」


「陛下!それはなりません!!」


「うるさい!宰相よ!庇えばそなたの首が飛ぶことになるぞ!」


「この国のために死ねるなら本望です!しかしそれで世界樹は再生しますまい!どうか国民のためにもここは堪えてくださいませ!」


「ぐぬぬ…くそっ、この役たたずめ。拾った命、せいぜい大事に使うことだ。世界樹再生なくしてお主に次にないぞ。」


「ははーーーーっ」


床にひれ伏す男がその体勢のまま器用に下がってゆく。

それを冷たい目で見送る衛兵たち。


「賢明なご判断、さすが国王様でございます。」


「ふんっ、腸が煮えくり返っとるわ。宰相、あまり出過ぎた真似をすると本当に頭と体が泣き別れることになるぞ。」


それだけ言うと玉座から立ち上がり奥へと歩を進めた。


「はっ。肝に銘じます。」


宰相と呼ばれた男は恭しく辞儀をし、しばらく静止する。


「ふぅ、危ない。今日も綱渡り…か。名君の血も薄まればここまで墜ちるのだな。」



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「お疲れ様でございました、ダール様」


「あの老いぼれめ。世界樹のことを何にも理解しとらんくせに金すら出し惜しみしよる。ふんっ、自分で言った台詞とはいえ、魔法が禁止ねぇ…」


そう悪態をついて酒の入ったグラスに手を近づけ「アイス」と短く呪文を唱えると、周囲の点が幾つか光り、男の手に収束した次の瞬間。

カラーンと澄んだ音を立てて小さな氷がグラスの酒に浸かっていた。


「まったく忌々しい世界樹め、これっぽっちのマナしか出しよらん。どれだけ魔法ポーションを与えれば気が済むんじゃ」


グラスの酒を一口で飲み干す。

執事らしき男はすかさず近寄り、酒を注ぐ。


「おい、魔法ポーションの件はどうなっている?」


「はっ。チェロキー商会に命じていますが、やはり魔導具の都合がつかないようで難航しております。予定通り納期は遅れることになるかと。」


「ふん、たかが商人風情が俺を相手に稼ごうとするからこうなる。魔石の相場は?」


「最近は魔物の数も少なく、相場は上がりつつあります。製造コストも上がるのでチェロキー商会は厳しくなりそうですな。」


「かまわん、潰れるならそれでいい。代わりはいくらでもあるからな。くっくっく。」


「ただ、キールの街でひとつ妙な報告がありまして…」


「なんだ?気になるではないか。」


「はい。実は魔法ポーション程に効果のある、回復ポーションが販売されていると噂になっております。」


「なに、回復ポーションだと?あんな気休め程度の物がなぜそんな噂になる。情報を操作して利益をあげようとする奴でもいるのか?」


「それはあるかも知れません。なにせチェロキー商会は敵が多いですから。いかが致しましょう?念のため探らせますか?」


「当たり前だ。俺の知らん所で金が動くなど気に食わん。それに魔法ポーション程に効果があるというのが本当なら、今の魔法ポーションの仕入れを全てその回復ポーションに切り替える。もちろん財務にはこれまで通りの価格で申告するがな。」


「かしこまりました。すぐに手配いたします。」


「ふははっ、いいぞ。このまま上納金が増えれば俺にも枢機卿の座が見えてくる…はっはっはっは!!」


深々と頭をさげた執事の顔は能面のように無表情であった。



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「はぁ、はぁ、はぁ」


「ヨウ様、やはり馬車を手配した方が良かったのでは?」


「いや、お金、ないですし、これから、何か入り用に、なるかも、しれません。ここで、無駄遣いは、しないと、決めたんです。」


「だったらせめて疲労回復の魔法をお使いになられた方が…」


「いやいや、そっちの方が、だめでしょ!ここは、人通りが、多いから、魔法は、ダメ。」


さっきから同じ様な問答を繰り返している。

節約をしないと、シルに持たされたお金だけでは心許ないのだ。


「でも、流石に、辛いから、休憩に、しましょう。」


見つけた道端の切り株に腰を下ろす。

朝から街道沿いの植物を愛でながら歩いたが、さすがに歩き通しは疲れた。

初日からこれはきつい。

ちなみに次の街へは徒歩で4日かかるらしい。

旅の準備はユレーナさんにお任せで、重くてかさばる荷物は持ってもらっている。

俺の荷物は街で買ったショルダーバッグ1つ。

一応、師匠と弟子という立場だし?

帰還魔法があるといっても、この場所のイメージができないから戻ってこれそうにない。

緊急避難は別として、道中使うわけにはいかないだろう。

次の街ロイスで拠点を見つけるまでは、帰還魔法は封印かな。


バッグに入った水筒を取り出し、水をグビグビ飲む。

今朝イレーナさんが持たせてくれた物だ。

ユレーナさんを見ると、隣に立ち、手持ち無沙汰に辺りを軽く警戒している。

ホッと一息ついた俺はユレーナさんに聞いてみる。


「このあたりはほとんど魔物はいないって言ってませんでした?ユレーナさんも休んでくださいね?」


「警戒するのはクセみたいなものなので気になさらないでください。それに警戒すべきは人間ですよ、手助けする振りして荷や財布を狙う輩もいますので。それと私のことは呼び捨てにしてください。」


人間にも悪いやつはいるってことか。

ちょっと残念な気持ちになったが、地上げ屋の件を忘れた訳ではない。

単純に危険がそこかしこにある現実に悲観的になってしまっただけ。

ちなみに呼び捨てには慣れない。


盗賊やスリなんかに会うくらいなら、魔物の方がまだマシかな?


「ユレーナ、街道から人目につかないくらい離れてもロイスに着ける自信ある?」


「もちろんです!このあたりは私の庭のようなもの。魔物も弱く、深く分け入って森に入ろうとも無事にヨウ様をロイスにお連れいたします!」


おお、心強い。

じゃあ一旦街道から外れても平気かな?

方針が決まれば気が楽になる。

疲れが取れるわけじゃないけど。

街道をぼんやり眺めると、行き交うのは行商人だろうか、荷馬車の一行がよく目に付く。


「行商人かな?結構交通量おおいね、ここ」


「ああ、私たちのいたキールの街は魔法ポーションの一大産地ですからね。その代わり食料などがあまり取れないので他の街との交易が盛んなのです。欲しいものと出すものが明確で新規が参入しやすいというのも理由の一つですね。」


ユレーナの博識ぶりに驚いた。

ユレーナは魔法を使ったときのポンコツイメージが強くて、こうしてしっかりした知識があることを忘れてしまう。

なるほど、あの街はキールというのか。

うん、実は初めて知りました…

聞きそびれちゃっただけで、決して興味がなかった訳ではないんだよ!ホントダヨ。

にしても魔法ポーションが有名なのか、道理で低級の回復ポーションは人気ないはずだよ。

まぁハンターじゃない街の一般人からしてみれば、回復ポーションの方が身近なんだろうな。

アグーラさんもお得意さん結構抱えてたし。


しばらく休んで元気も出たので、早速街道を外れて林へ分け入っていく。

それにしても歩きづらい…

これもう森って言ってもいいんじゃない?

木と木の幅が狭くって根で躓くんだよね。

足が高く上がらないんだよ、おじいちゃんだから。

さっきこけそうになってからは、ユレーナに手を引かれているため完全に介護である。

どうか今は魔物出てきませんように。

そしてだれも今の姿を見ていませんように。


振り返り振り返り街道の様子を確認するが、もうほとんど見ることができなくった。

そろそろいいかな?

念のためユレーナにも確認してもらったが、街道は見えないし、人の気配もないという。

じゃあ魔法は解禁だ!


「エナジーヒール!」


最初の頃に比べたら、随分上達したなと思う。

だってほとんど体が光らないんだ。

まぁ初歩的な魔法で消費マナも少ないから当たり前と言えば当たり前なんだけど…


「ヨウ様!素敵です!カッコイイ!!アンコール!アンコール!」


これさえなければユレーナは完璧なんだけどなー。

白い目でユレーナを見てみるが全く効果はない。

これについてはもっと修行しなくては。

いや、ユレーナに改めてもらった方が絶対早いと思う。

いい加減慣れて欲しい。


ようやくペースを取り戻して歩き出した矢先、前を歩くユレーナがピタッと止まった。

顔を伺うと真剣な表情で、なにか気配を探っている。

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