1章-7

目を開くとそこには薬草畑が広がっていた。


スパーン!と小気味いい音が聞こえたかと思ったら俺の頭をはたいた音だった。


「なんでここに戻ってくるのよ!」


「ご、ごめん、ついこの薬草畑のこと考えてちゃって…てへぺろ」


「昨日あれほど帰還魔法はイメージが大事って言ったじゃない!バカっ!」


またしても響くスパーン!の音。

どこから出したんですか、そのハリセン…


「そんなことよりあまり大きい音立てると気づかれちゃうよ?ついさっき帰ったばかりなのにここにいるの見付かったらやばいでしょ?」


自分の失敗は棚に上げてごまかす作戦だ。

大丈夫、ジト目で見られてるけど反論できないようだ。俺の頭の安全は確保された。


「シル、もう1回帰還魔法使えそう?」


「まったく…今すぐは無理ね。2人いるんだから30分もすれば使えるようなるはずよ。30分、見つかるわけにはいかないわ。ヨウ、大人しくしてるのよ!」


「うんわかった」

と言いつつも俺はそこにはいない。

先程見つけたイチヤクソウに夢中なのだ。

腐生植物は光合成しないので菌を寄生させて生長することがほとんどだ。

だが、ここには温床となる生木、倒木共に無い。なのに群生している。

こんなのは初めて見たのでブツブツとつぶやく独り言も止まらない。

気がつくと目の前に般若の顔をしたシルが立っていた。


スパーン!

本日三度目。


「すみませんでした」

この世界にはないであろう土下座をビシッと決めた。

でも30分も我慢出来るはずないじゃん?

目の前にあるんだよ?

静かに触ったり臭ったり齧ったりは許される範囲だと思うんだ。


急にまじめな顔になったシルが、人差し指を口に合て、こちらを睨む。

すると言い争う声が漏れ聞こえてくる。

盗み聞きは良くない!

聞いちゃだめだと思えば思うほど余計に集中してしまい、勝手に耳に入ってくる。


「…金貨10枚なんて大サービスだぜ!レシピだって銀貨3枚ときてる。若旦那は気前がいいんだ。」


「何度来ようと店を手放すつもりはないし、レシピも売る気はない!帰ってくれ!」


「頑固なひとだなぁー、金貨10枚もありゃ別の場所でまた店が出来るじゃねーか。レシピだってまた考えりゃいい。こんなにいい話滅多にないぜ?」


「どんなに言われても答えは変わらない!この店は代々受け継いだ店だ、お金で済むものではない!」


「ちっ、若旦那が優しいうちに言うこと聞いた方が身のためだぜ?かわいい嬢ちゃんもいることだしなぁ」


「なっ、娘に手を出したらただじゃ置かんぞ!」


「ほぉ、じゃあどうするっていうんだ?」


うわ、なんだか物騒な展開になってきた気がする。

とりあえず地上げ屋が来てるのは分かった。

状況があまりよくないのも分かる。

さて、ここで俺が出てなんとかする自信はさらさらない。

ないが黙って知らんぷりするのも人としてどうなんだ?

でも俺はここに居ないことになってるのに、ノコノコ顔を出したらマズいし…

そんな自問自答を繰り返す。


「きゃっ!は、離してください!」


「うるせぇ、若旦那は嬢ちゃんが来るなら店は諦めるかもしれねぇぜ?悪いようにはしねぇさ」


「娘に触るな!手を離せ!」


いかん、もう待ったなしだ。

イレーナさんがピンチとなれば出て行かずにいられない!

シル、ごめん!と呟きドアに向かう。


ガチャ。


おおぅ鍵が掛かってる…

なんてこった、俺薬草畑に閉じこめられてる。

助けに行きたいのにまさかこんな結末がまっていようとは。

ガチャガチャやってみるがとても開きそうにない。

こうしている間にもイレーナさんが…


「ヨウ。引くのよ、そのドア。」


なんという天啓か。

しばしの沈黙の間があった後、俺は急いでドアを引いた。

うん、あっさり開いた。

確かにここ裏庭だしね、わざわざ鍵かけないよね。いやーあっはっは。

などと自分をごまかしている場合ではない。

俺は急いで声のする方へ走った。


「その手を離せ!」


「ああーん?誰だ?爺さん。ぼけてんのか?爺さんに関係のないこった、すっこんでろ!」


「関係あるわ!いいからその手を離してとっとと帰れ!」


掴まれたイレーナさんの腕にすがりつき、なんとか男の手を剥がそうとするが、さすがに70歳の体ではかなわない。

アグーラさんは尻餅を付いて腰を押さえながらも、びっくりした様子でこちらを見ている。

手伝ってもらうのは無理そうだ、自分でなんとかするしかない!


ガブリ。


「ぎゃー!この爺ぃ何しやがる!」


噛みついてやったら、男は慌てて手を振りほどいた。

反動で俺は床に投げ出されたけど。

体、めっちゃ痛い!

でもここで寝てるわけにはいかない。

なんとか起き上がり、ユラユラと男に近づきドアの方へ押し出す。


「早く帰れよ!」


精一杯怒った声で、大きな声で言った。

老人なので威圧感はゼロだ。

それでも気迫は伝わったのか、普通ならいくら押しても動きそうにない男がドアに向かって動く。


「くそっ、よくわからんジジイだ。今日のところは帰るがまた来るぜ。次はいい答えを用意してろよ!」


悪態をつきながら男が店から出て行く。

よかった、なんとか帰ってくれた。

思わず腰が抜けてヘナヘナとその場に座り込む。

今更ながら床に打ちつけた体や腰が痛くなって、さすってみるが血は出ていないようだ。

まったくこの体が骨粗鬆症だったら、今頃全身骨折で病院送りだよ。

この世界に病院あるかわからないけど。


「ヨウさん大丈夫!?ありがとうね」


「ヨウさんありがとう、助かったよ!ちょっと待ってな、ポーション取ってくる!」


二人からお礼を言われ、助けに来て良かったと

ほんとに思う。

イレーナさんは手を握って腰をさすってくれている。ついでにむ、胸も当たってる。

アグーラさんはポーションを取りに行ったようだ。


「ちょっとでも助けになれて良かったです、イレーナさん怪我はないですか?」


「ええ、どこも。ヨウさんのおかげです」


あ、いい雰囲気だ。

これテレビで見たことある!

ここで二人はどちらからともなく顔が近づいて…

って忘れてた!俺今お爺さんじゃん!

ラブストーリーは始まらないよ!


「でもどうしてヨウさんが家に?確かにお見送りしたはずなのに…」


うわぁー気付かれた!

やっぱり思うよね?どうやってごまかそう。

間違っても魔法使ったなんてバレちゃだめだ。

自分産マナがあるからなんて信じてもらえないだろうし。

あ、でも帰還魔法なんて今のマナ濃度じゃ使えないらしいから、自分産マナで押し通せるかも。いや、そもそも魔法は禁止されている。

それに自分からマナが出てるのは俺と精霊だけってシルに聞いたから、それを教えるのはマズい。

あ、ラッキー、アグーラさんが戻ってきたよ。

このままうやむやにできないかな?


「さぁヨウさん、これを飲んでください」


持ってきてもらったポーションをグイッと一気にあおる。

どうせ苦いだろうと覚悟していたのに、意外にもスッキリした味で少し甘みがある。

これは飲みやすいし、固定客がいるのも頷けるな。

回復ポーションには即効性が無いはずだが、不思議と体から痛みが引いた気がした。


「それで、ヨウさんはどうしてここに?」


あちゃー。

全然うやむやにならなかった。

どうしよう。まだ考えがまとまってないぞ。

とにかく自分産マナは秘密、これは譲れない。

となると必然的に魔法使ったことも秘密。

となると…

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