第23話 彼女の真意

「あー……マジで疲れた」


 閉館の音楽をBGMにして、俺たち四人は巨大なキーモンの銅像が置かれているゲートへと向かっていた。

 

 観覧車のトラブルとはまったく無縁だった大森たちは、あの時間の間にジェットコースターに二度も乗れたらしい。……って、どれだけ元気なんだよコイツらは。


「今日はほんとに楽しかったね、ツッチー!」


「ツッチー?」


 隣を歩く西川が不意に俺の肩を叩きながらそんなことを言ってきたので、俺は怪しむようににゅっと眉根を寄せる。するとそんな俺とは対照的に、西川はけらりとした声で続きを言う。


「そう、ツッチー。筒乃宮ってなんか長いし言いづらいし、それだったらツッチーのほうが言いやすくて可愛いでしょ?」


「は、はぁ……」

 

 どういう理論かはわからないが、これはおそらく西川との距離感が少しは縮まったと認識していいのだろう。

 確かに名字で呼ばれるよりもあだ名で呼ばれるほうがこっちとしても気が楽だ。

 

 それだったら川波にも是非そう呼んでもらいたいなっと無理な期待を持ってしまった俺は、ちらりと後ろを見て大森と歩く彼女の姿を見る。けれども向こうも俺の視線に気づいて目が合った瞬間、観覧車での熱がまだ残っているのか互いにすぐ視線を逸らしてしまう。


「ねぇ、もしかして川波さんと観覧車の中で何かあったの?」


 突然耳元に唇を近づけてきて、囁くような甘い声でそんな言葉を口にする西川。その不意打ちに思わず背筋がぞくりとしてしまった俺は、「べ、ベツニっ!」と慌てて西川の顔から離れる。


「あははっ! ツッチーってほんとに分かりやすくてウブだよね」


「う、うるさいな……」


 今度はぺしぺしと背中を叩きながらそんなことを言ってくる西川に、俺は少し拗ねたように唇を尖らせる。どうせ俺は単純細胞のウブなツッチーだよ……って、なんか動物みたいになってんなコレ。

 

 やっぱツッチーじゃなくて他のあだ名にしてもらおうかな、なんてどうでもいいことを考えていると、再び西川の声が鼓膜を揺する。


「まあでも川波さんに楽しんでもらえたなら、それが一番良いけどね」


 自分が最も気にしていたことを口にした西川に、俺は少し驚きを滲ませた視線を向ける。そんな自分の視線を受け取った彼女が、「何よ?」と今度はわざとらしく目を細めてきた。


「い、いやその……西川ってけっこう良い奴なんだって思って」


 褒めたつもりで言った言葉だったのだが、「あん?」とヤンキーまがいの返事が返ってきてしまい、俺は「な、何でもないです!」とすぐさま前言を撤回する。……うん、やっぱまだこえーはこの人。

 

 そんなことを思うも、この感想まで口にしてしまうと間違いなく視線だけで射殺されそうなので俺はとりあえず沈黙に徹する。

 するとわざとらしく肩を落とした西川が呆れたような口調で言う。


「どうせツッチーも私のことを怖くて悪い女とでも思ってたんでしょ?」


「わ、悪いなんて思ってないって!」

 

 怖いとは思ってます、とほぼ同意語の言葉を選んでしまい、今度はちょっとキツめで背中を叩かれた。

「いってっ」と叫んだ声が裏返ってしまったからか、怖い顔をしていた西川がけらけらと愉快げな声をあげる。


「まあでも私たちがこれだけ協力してあげたんだから、ちゃんとゴールインしなさいよ」


「わ、わかってるって……」

 

 ぐりぐりと右肘を俺の左腕に押しつけてきながらそんなエールを送ってくる彼女に、俺は恥ずかしさを誤魔化す意味も含めてちらりと後ろを伺う。

 すると後方を歩く二人も今日の感想でも話しているのか、何やら言葉を交わしていた。

 

 川波も楽しんでくれたのかな……

 

 相変わらずクールな表情を浮かべている彼女の姿を見て、俺はそんなことを心の中で願う。

 

 夕暮れ色に染まったワンピースを着て大好きな人形を持っている川波の姿は、何だか幼い頃の彼女の姿を見ているようにも思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る