第20話 ラストアトラクション①

 チャラ男たちのせいでフリーフォール二回分ぐらいどっと疲れた俺は、おサルが入った袋を片手に黄昏色に染まりつつあるテーマパークの道を歩いていた。

 前方では小腹を満たすことができたからか、相変わらず元気な西川と大森が夫婦漫才を繰り広げている。


「時間的に次が最後かー」


 広場にある時計塔を見上げた西川がふとそんな言葉を漏らす。そして後ろを歩く俺と川波のほうを見てくると、「何か乗りたいのある?」と声をかけてきた。


「いや俺は……」

 

 乗りたくないものであればいくらでも思いつくのだが、悲しいことに乗りたいものは何一つ浮かばない。

 それに、今はそんなことよりも……

 

 西川の言葉に考えるフリをしながら、俺は隣にいる川波の横顔をチラリと見た。

 

 チャラ男たちの一件があった後も川波は相変わらずクールなままで俺たちと行動を共にしているが、その表情にはどことなく影があるようにも感じてしまう。

 気のせいだと言われればそうかもしれないと答えるような小さな違和感なのだけれども、それでも俺はあの時川波がふと見せた少し悲しげな表情がどうしても忘れられずにいた。


「か、川波は何か乗りたい物とかあるの?」


「……え?」


 彼女も何か考えごとでもしていたのか、少し間を置いてから返事が返ってきた。そんなどこか不完全燃焼な俺たちの姿を見て、西川が呆れたように大きくため息を漏らす。


「ちょっと、せっかく四人で遊びに来たんだからそんな辛気臭いムードはなしっ!」


「は、はいっ!」

 

 わざとらしく眉間に皺を寄せてグイッと顔を近づけてくる西川に、俺はすぐさま返事を返す。いやだから近いって。見えちゃってるよ、立派な谷間が。

 

 シリアスだったはずの思考にピンク色の雑念が入り込んでこようとしたので、俺は慌てて首を振って払い退ける。

 すると今度は前方からけらりとした大森の声が聞こえてきた。


「よーしっ、だったら最後はベタにあれでいこうぜ」


 相変わらずテンションの高い大森が、何やら頭上を指差しながらそんなことを言ってきた。その瞬間俺は「また絶叫系かよ……」と嘆くように肩を落としたのだが、彼の人差し指の先にあったのはこのテーマパーク内で最も高さを誇るアトラクション、『観覧車』だった。


「観覧車かー、まあ悪くはないね」


 どうやら大森の提案は姫様西川にも受け入れられたようで、「川波さんもそれでいい?」と彼女は最終確認を行う。

 そんな西川の問いかけに川波は「はい」と答えてコクリと頷いたので、どうやら満場一致で最後の思い出作りは決まったようだ……って、俺だけまだ聞かれてないんですど?


 そんな悲しい事実に気づき、「俺もそれでいいぜ」と誰にも聞かれてもいない質問に無理やり答えようとしたのだが、「よしっ、なら全員賛成だな!」といきなり肩を組んできた大森によって遮られてしまう。だから俺がまだ答えてないっつーの!


 なんて不満を顔に出して大森のことを睨んだところで意味はなく、そんなに観覧車が楽しみなのか、俺は肩を組まれたまま足早に歩かされる。


「で、川波さんに何買ってあげたんだよ? お揃いのパジャマか?」

 

 女子二人から少し距離を取った瞬間、ニヤニヤとした表情を浮かべながら大森が尋ねてきた。どうやら俺が手にしているお土産が川波へのプレゼントだということは何故かバレているらしい。

 どうせ隠したところでしつこく聞いてくるのがオチだと思った俺は、ここはあえて恥ずかしがらずに堂々と、


「バカ、そんなふざけた物買えるわけないだろ。これはだな、すごく真面目で大切な……」


 キーモンだよ。という最後のセリフは言うことができなかった。

 

 結局もにょもにょと言葉を濁す俺に大森はしつこく「照れてないで教えろよ!」と絡んできたのだが、そんなくだらないやりとりをしている間に観覧車の受付までたどり着き何とか難を逃れることができた。


「けっこう並んでるじゃん」


 やっと俺の肩から離れた大森が観覧車の乗り場から並ぶ列を見つめながら声を漏らす。

 

 おそらく夕暮れ時で景色が紅く最も美しく見えるからだろう。

 彼ら達はその幻想的な世界を高みから眺め、少しでも神に近づきたいのかもしれない。

 

 なんて詩人のようなことを一人頭の中で考えながらも、俺は念のため目を細めてアトラクションをじっと観察する。……よしっ、高速で回る気配はない。

 

 絶叫系ではなく間違いなく本物の観覧車であることにホッと胸を撫で下ろしていると、今度は俺の後ろに並んでいる西川が口を開いた。


「やっぱこういうのってカップルに人気があるんだね」

 

 別に俺のように僻むこともなく素直に思ったことを口にした西川の言葉通り、列に並んでいる人たちは見るからにアツアツイチャイチャな男女の割合が圧倒的に多い。

 先頭から順を追って観察してみても目に飛び込んでくるのはカップル、カップル、カップル、じーちゃん、カップル……うん、俺はあのじーちゃんのことを英雄と呼びたい。

 

 若いカップルに挟まれながらもたった一人で観覧車に乗り込もうとしているじーちゃんに尊敬の眼差しを送っている間にも、列はどんどんと進んでいく。

 ふと前を見ると自分たちの一つ前に並んでいるカップルが何となく見覚えがある奴らだなと思ったら、鞄に同じキーホルダーをつけていたのでおそらくお土産ショップで出会ったカップルなのだろう。相変わらず腹立たしいほどイチャコラしているので、可能であればそのキーホルダーを引きちぎってやりたいところだ。

 

 なんて僻んだ視線で前のカップルが観覧車にのり乗り込むところを見届けた直後、ようやく自分たちの番がやってきて俺はゴンドラの方へと一歩近づく。そしてここぞとばかりに真っ先に中へと乗り込むと、俺に続いて川波も足を踏み入れてきた。

 さらにそれに続くように大森たちがーー


「悪いな康介、やっぱ俺たち最後にジェットコースター乗ってくるわ」


「…………は?」

 

 突然そんな言葉を告げて、ゴンドラの一歩手前でピタリと足を止める大森と西川。その顔がしてやったぜ感丸出しなところを見ると、どうやら俺は最後の最後まで彼らにハメられてしまったらしい。


「ちょ、オイっ!」と慌てて声を発するも、「それでは扉を閉めまーす」というスタッフさんの軽快な言葉によって遮られてしまう。


「……嘘だろ」

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