電子書籍化記念・番外編〜突然の休日③

無事にプロスペリア王国での用事を済ませて、ティアナはフランネア帝国に戻ってきていた。


 プロスペリア王国で準備したものは完璧に満足のいく仕上がりで、ティアナは喜び勇んでフランネア帝国の地を踏みしめていた。

 ティアナの計画は恩返しともいえるもので、お世話になった人たちにその気持ちを届けることを目的としている。


「まずはブランシュね! 閉店の時間に間に合ってよかった」


 閉店後は定時退勤してしまう従業員も多いので、ティアナは閉店間際に到着してより多くの人に会いたいと思っていた。


 夕陽が沈み始め、多くの店が閉店の準備を始める頃を見計らい、ティアナは閉店直後のブランシュを訪れた。


「こんにちは。お久しぶりです」


 アドルファス宮殿に居を移してから忙しい日々を送っていたため、こうしてブランシュへ顔を出せたのは宮殿に向かう前に訪れて以来である。


「まあ……! ティアナ様! お久しぶりです」

「ティアナ様!」

「ティアナ様だわ!」


 久しぶりに会うブランシュの従業員たちは、ティアナの姿を認めるとみな嬉しそうに歓迎してくれた。

 故郷に帰ってきたみたいに懐かしく、歓迎してもらえて嬉しくなったティアナは、その興奮のままに持ってきたものを披露しようとした。

 しかし、ティアナを迎え入れてくれた顔ぶれの中に、一番お世話になっているアンジェリーナの姿が見えないことに気づく。


「連絡もなく突然訪れてしまってごめんなさい。少しだけ時間をもらって、どうしてもみなさんに見てもらいたいものがあって! ……アンジェリーナ様は今日はいらっしゃらないのかしら?」


 そう首を傾げた時、店の奥から気だるげな雰囲気を醸しながらアンジェリーナが歩いてきた。


「みなさまお疲れ様ですわ。時間ですから早くお家に帰りましょうねーー、……! ティアナ様! お久しぶりですわー!」


 アンジェリーナはティアナの存在に気づくと、尾を振る犬のように瞳を輝かせてティアナのもとまで駆けつけ、熱烈に抱きついた。


「会いたかったですわー」

「私もです。手紙だけのやりとりだと余計恋しくなってしまいますね」

「本当に」

 

 満足いくまで抱き合った二人は、微笑みながらお互いを見つめ合い、きらきらほのぼのとした空気が流れた。……が、アンジェリーナは眉尻を下げ、心配そうにティアナの瞳を覗き込んだ。


「体調は大丈夫ですの? 無理な量の仕事は頼んでいないつもりでしたが……わたくし、ティアナ様にご負担をかけてしまっているみたいで、申し訳なく思っていまして……」


 謝り始めたアンジェリーナに、焦ったのはティアナだ。ティアナが今忙しいのは自分のわがままを叶えるためであって、絶対にアンジェリーナのせいではないのだから。

 ミリアーナがとても心配していたから、恋人を溺愛するランドールが姉に伝えてしまったかもしれないと思い至った。それなら仕方がない。ミリアーナに心配をかけてしまったティアナの責任である。


「アンジェリーナ様、違うのです。私、みんなの顔を思い浮かべながらこれを作っていたら楽しくなってしまって。ついこっちに時間をかけてしまったから寝不足になってしまっただけなので、決してアンジェリーナ様のせいではないのです」


 心配をかけてしまって申し訳ありません、と続けながら、ティアナは待ってきたものをやっと披露した。


「わあ! とっっても素敵! 制服ですわね」

「はい! 心を込めてデザインしました! 是非、ブランシュの制服に採用してほしくて……」


 ティアナの手で披露されたのは、彼女のこだわりを詰め込んで仕立てた制服であった。ブランシュの従業員はみなお揃いのドレスを着ているのだが、それは機能性を重視してデザインは後回しにした、実用性に富んだものだった。ティアナは常々、機能性もデザイン性も両方諦めない制服ができないかと考えていたので、この機会に恩返しの想いも込めて自らデザインしてプレゼントすることにしたのだ。


 ティアナは、今の自分のデザイナーとしての価値を正しく理解している。お世話になった人たちへの恩返しを考えた時、自分が持ちうるなかで一番価値があるであろう「デザイン」の力を使うことが最適だと判断したのだ。


 ブランシュの従業員と宮殿の使用人たちにはそれぞれの職場にあった制服を。ウィルバートたちには汎用性の高い礼服を。ただ、みんなを驚かせたかったので、デザインを持ち込み、すべてをプロスペリア王国の仕立て屋にお願いしたのだった。もちろん、報酬は全てティナが自分で得た金銭で支払った。結果プロスペリア王国にもたくさんの富を創出することになり、プロスペリア王国内のティアナの名声も上がるばかりであった。


「もちろん……! もちろんですわ! こんなに素敵な服をデザインしてくださって感謝しかないですわ! 本当にありがとうございます!」


 ブランシュの従業員たちはみなきゃあきゃあとはしゃいで喜んでくれた。ティアナのデザインの価値は今高騰していることもあり、それを身につけられることは何よりのステータスとなる。

 ただ、ブランシュのメンバーはティアナのことを大変慕っているので、自分たちを想って服を仕立ててくれたというその事実に純粋に感動していた。


 ティアナは以前こっそりアンジェリーナから従業員の制服のサイズのリストを手に入れており、全従業員分の制服はそれに沿って発注している。

 今日はサンプルを持参したが、全員分の制服は後日ブランシュに直接納品してもらえることになっているのだ。それだけ伝えてティアナは宮殿に戻ることにした。


 とても感謝されて引き留められたが、渡したらすぐに引き上げるつもりだったので、丁寧に謝って遠慮した。明日もみな仕事があるし、何より早く家に帰って家族と過ごす時間を大切にしてほしかった。

 また近いうちに顔を出すと約束してブランシュを後にした。

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