電子書籍化記念・番外編〜突然の休日②

 プロスペリア王国に到着したティアナは、叔父のマリウスと行動を共にしていた。

 本当は一人で身軽に街を歩くはずだったのだが、マリウスに「ティアに会えなくて寂しかったんだ」と瞳を潤ませながら主張されると、ティアナも叔父に会えて嬉しかったのもあり、強く拒めなかったのだ。


 本来プロスペリア王国に入国するには色々煩雑な手続きがあるのだが、ティアナは既に国民からプロスペリア王家の身内と認識されていた。

 なぜなら、プロスペリア王国では長い間失踪していたマリア王女が帰ってきたこと、帰ってきた王女は夫を喪ったショックで記憶喪失になっていたこと、そしてその記憶が戻るきっかけとなった事件の詳細まで民の間で語り継がれていたからだ。全てはマリアが国民に深く愛される王女であったがゆえである。

 顔写真つきで王女の娘であるティアナの記事も新聞を賑わせ、今やフランネア帝国にいるティアナの様子まで各新聞社がこぞって記事にしている状況である。

 そのため、ティアナは平民風にいうと手続き不要の“顔パス”で入国できたのだが、なんとティアナの来訪を待ちわびていたマリウスが国境まで迎えにやってきていた。

 マリウスは対外的にはまだプロスペリア王国の国王である。ティアナが対応に困ってしまったのは仕方がないことだろう。

 その上、これからティアナが向かう場所ですることは、マリウスにも秘密で進めていることだった。マリウスがティアナに会いたかったと言ってくれたことはこの上なく嬉しかったし、ティアナも同じ気持ちだったのだが、このまま着いてきてもらっても大丈夫だろうか……。とティアナは思案する。別にバレてもいいのだが、最終確認がまだなので、中途半端に伝えることになってしまうのが残念だ。

 そのように考えながら残念な顔をしているティアナに、マリウスは何を感じたのか、眉をへにょりと下げながら伝えた。


「ティア、ほら見てごらん。さっき丁度ティアの大好物が焼き上がったんだ。私が焼いたんだよ」


 そう言ってティアナの隣を歩くマリウスが見せてきたかごの中には、粉砂糖をまとい、太陽の光を受けてつやつやと輝くチョコレートケーキが鎮座していた。

 大好物を使った誘惑に、ティアナは瞳を輝かせてあっけなく陥落した。


「とってもおいしそう……! 本当にマリウス叔父様が作ったのですか?」

「うん。ティアが大好きだって聞いたから、たくさん練習したんだ。ほかの誰でもない、ティアのために作ったんだよ。食べてくれる?」

「私のために……! ありがとうございます。いただきます! すぐそこに私のお気に入りのカフェがあるんです。持ち込みは本当はダメだと思うのですが……」

「ふふ。実はそのカフェ、私がオーナーをしているんだ。だから特別に持ち込みもOKだ」


 ティアナが以前プロスペリア王国滞在中、チョコレートケーキの魅力にとりつかれるきっかけとなったお気に入りのカフェがあった。そこのオーナーが実はマリウスだったのだと知ってティアナは驚いた。そしてなんと、今日マリウスが作ってきたケーキも、そこのパティシエ直伝のレシピで作ったものなのだと聞いてティアナはさらに瞳を輝かせた。


 そうして、街の真ん中でそんなやりとりをしていたものだから、このことは後日また驚くべき速度で国中に知れ渡ることとなる。

 その後、マリウスがオーナーのそのカフェは“王女が愛するチョコレートケーキ”を看板メニューに大繁盛するのであった。



 マリウスとチョコレートケーキを食べながらおしゃべりをしていたら、随分と時間がたってしまった。

 マリウスはティアナにチョコレートケーキを食べさせたかっただけだったようで、カフェを出るとすぐに王宮へ戻っていった。忙しいところわざわざ時間を割いて会いにきてくれたのだと思うと、ティアナの胸はあたたかさを通り越して少し熱くなった。


(よし、気合を入れてがんばるぞ!)

 

 少し時間は遅れてしまったが、あたたかな時間を大切に胸にしまい込み、ティアナは本来の予定通りの場所へと足を向けた。





「あら、もう帰ってきたの?今日は一日中ティアにかまってもらうって言ってなかった?」


 マリアはくすくす笑いながら帰ってきたマリウスに声をかけた。その傍らにはクリスとスノウの姿もあった。


「うん……。可愛い姪っ子に嫌われたくないからね。困った顔してたから、ケーキだけ渡してきた。喜んでくれたよ」

「それはよかったわね。一生懸命作ってたものね。でも、こんなに重い愛情を向けてくれる叔父を嫌うなんて、ティアには難しいと思うわよ」

「うん。もちろんティアがそんな子じゃないのはわかってるんたけど……僕は意外と繊細なんだよ……」


 普段はピンと伸びている背を目一杯丸めて、初恋の女の子に振られた少年みたいにうじうじしている弟がマリアにはとても愛おしく感じられた。


「大丈夫。ティアはあなたのこと、とても大切に思っているから」

「……」

「ふふ。すぐにわかるわ」

「……?」


 マリアは娘の計画を正確に把握していた。むしろティアナの計画が実現するよう積極的に手伝った功労者である。だが、マリアの意志を汲んで手伝いを申し出たクリスとスノウは実際に手紙を届けたりと一番重要な橋渡し役を担っていた。彼らこそが最大の功労者といえるかもしれない。

 マリウスはまだめそめそしていたが、探しにきた宰相に追い立てられて強制的に気分を切り替えさせられていた。

 哀愁漂う後ろ姿を見送ったマリアとクリスとスノウは、秘密を共有した者同士、お互い目を見合わせてクスクスと忍び笑いを響かせていた。ティアナの計画が実行されたら、どんなにマリウスが喜ぶか目に浮かぶようだったから。

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