第48話


「……いいじゃない!アレクシス王子殿下!」


読書家で、中でも恋愛小説が大好きなミリアーナは、現実に訪れた恋愛小説的展開に興奮していた。もちろん、彼女も例に漏れず「神恋」の大ファンである。……というか、実は「神恋」の作者へ詳しい情報を提供したのは彼女だったりする。

ティアナとウィルバートの馴れ初め話をティアナ本人から聞いていたミリアーナの元へ情報提供の依頼が来たのは必然だった。ティアナの名誉を挽回するためと言われれば、協力しないという選択肢はない。ティアナは自分を卑下して大切にできない傾向があるから、周りがティアナを大切にして、みんなに愛されていることを自覚してもらうことによって、ティアナに自信を取り戻してもらうという長期的な目標を元ルスネリア公爵家の使用人たちは掲げ、実行しているのである。


一方、興奮しているミリアーナを目前に苦笑いをしているティアナは、やっと「帰ってくることができた」実感することができ、心穏やかに微笑んでいた。ルスネリア公爵家ではアマンダから虐められたり、ロバートに精神的な抑圧を受けていたりはしたものの、使用人としての生活自体は平民時代の延長といった感じで意外と快適に過ごせていた。それはミリアーナを始めとする使用人のみんながティアナを温かく迎え入れ、できる範囲で見守ってくれていたからである。それがなければ、ティアナはとっくに精神を病んでしまっていたかもしれないと思う。ルスネリア公爵家の使用人の質の高さと人選の良さには心から感謝した。


実は、ティアナは精霊のシュネーに出会って(存在を認知して)すぐの頃、自分の信念を曲げてひとつお願いをしていた。それが、ミリアーナや他の元ルスネリア公爵家の使用人たちの安否を確認することであった。ロバートは自分が言ったことを良くも悪くも違える人ではない。そういった面では、ティアナはロバートのことを全面的に信頼していた。しかし、今回だけはミリアーナの「命」を盾にしてきたので緊張感が異なった。ロバートはティアナが言うことを聞けばミリアーナの命は助かると手紙で伝えてきた。

今までであればそれだけで「自分さえ言う通りにすれば約束は守られる」と盲目的に信じていられたが、今回はそれが守られる保証がどこにもないことが唐突に不安に思えたのだ。今までどうしてあんなにも約束が守られることを盲目的に信じていられたのだろうと自分を不思議に思った。

それから、「ミリアーナは本当に無事なのか、命が助かっていたとしても、虐げられたりはしていないのか」と考えるだけで、彼女たちの安否が心配で胃が痛くなった。だから、シュネーに頼んだのだ。シュネーという反則的な手段を使ってミリアーナたちの無事を確認したティアナだったが、それでも実際に会えるまでは不安だった。


だから、久しぶりに帰ってこられた古巣で元気そうな親友と顔を合わせることができて、ティアナも安心して嬉しくて開放的な気分になっていた。傍目からは通常通りに見えていたが……。本来ならば容易に口にしないようなことでも、次々と飛び出してくる質問にスラスラと躊躇なく答えてしまうほどには。


「ふむふむ。意外な強敵が現れたものね。レオさんの名前はティアから何度も聞いたことがあったけれど、まさかその正体がイリスタッド王国のアレクシス王子殿下だったとはね!」

「そうね。レオは私の幼馴染で、いつも私の世話を焼いてくれて、あの頃の私にとって兄のような存在だったから。全然……レオの気持ちには気づいていなくて。でも、真剣に考えないといけないと思うの」

「うん、そうね。私も悩むわ〜! みなさまとっても素敵だもの! どなたを応援しようかしら……!」

「……応援?」


 ティアナは疑問を投げかけたが、声が小さすぎたのか、華麗にスルーされてしまった。


「それで、その神恋守りをもらったのね?」

「うん。トニーさんからの餞別だってレオから渡されたんだけど。カミコイマモリ……? このくまちゃんの名前? 有名なの?」


そしてミリアーナの問いにまた問いで返した。


「ふふふ。それはね……」

(やだ。アレクシス王子殿下ったら、ウィルバート皇太子殿下とティアナの仲に嫉妬して小説のことは伝えられなかったのね。なんて可愛いの!お兄様キャラなのに……ギャップ萌えってやつだわ!推せる……!)


不敵に笑ったミリアーナから小説の話を詳しく聞く間、ティアナは、「信じられない……」とだけ何度も呟き、顔を赤くしたり青くしたりしていた。「神恋守り」の説明まで聞き終える頃には驚きと恥辱とでぐったりとしていた。


「……というわけで、私たちルスネリア公爵家からティアナ様についてきた使用人連合は、社交界への復帰を全力で応援するためにしっかり英気を養っているからね!」


「神恋」が平民のみならず貴族の間でも大人気となったため、社交界でのティアナに対する注目度は他の人とは比較にならないほど高くなってしまっている。そのため、ティアナを史上最高の姿で送り出そうという意見が一致したブランシュの担当者と使用人連合が、ドレスや装飾品や肌や髪や爪の先に至るまでの準備を連携を取りながら綿密に進めているところなのだという。


ティアナは自分の存在が自分でも手の届かないところまで高められてしまったような恐怖を感じて青ざめていたが、信頼するみんなが協力してくれると聞き、少し顔色を戻した。


「もう、こうなったら腹を括るわ。だって、小説のことも社交界復帰の準備に関しても、全部みんなが私のために一生懸命考えて動いてくれたことだってわかるもの。私も小説の女神像を崩さないように、しっかり準備するしかないわよね。がんばるわ!」


鼻息荒く宣言しながら、ちょっと恥ずかしいけど小説も読んでみようと決意を固めるのであった。

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