第47話


「やっと俺の番が回ってきた」


皇后との謁見を終えると、今度はレオナルドに攫われるようにして彼の部屋へ連れて来られた。ウィルバートもついて来ようとしていたが、レオナルドに遠慮するよう言われ、しぶしぶ受け入れていた。ティアナはなぜだかほっとした。


「ティア、こうして話すのは久しぶりだな」

「ええ。元気にしていた? トニーさんもお元気かしら?」


トニーとはティアナ一家が住んでいた家の近くで営まれている商店の店主で、ティアナの才能を見込み、作ったものを買い取って店に置いてくれていた人だ。その実、イリスタッド王国の王弟殿下だったらしいのだが、まったくそんな気配は感じさせない、気のいいおじさまといった風貌だった。

確かにただの店主にしては体格もいいし、腕まくりをしたときの腕の筋肉は見事だったなぁと思い出す。ティアナの父は元外交官でイリスタッド王国とも懇意にしていたから、トニーの素性も知っていた可能性が高い。むしろ、以前近衛騎士団長も務めたほど腕がたつトニーが近くに暮らしていると知っていたから、あの場所に定住することにしたのかもしれなかった。


(お父さんはお母さんと私の安全に殊の外気を配ってくれていたからな……)


ティアナは父親が生きていた当時を懐かしく脳裏に思い描きながらレオナルドと向き合っていた。


「トニー叔父さんは俺が今日ティアに会いに行くことを伝えると羨ましがっていたよ」


そこまではにこやかに話していたレオナルドだったが、次の言葉にはばつの悪い顔をした。


「それから……ティアに『ありがとう』って伝えるよう言われた。……きちんと伝えたからな」


実は、ティアナの名誉に関しては貴族の間ではすっかり回復していたが、平民の間ではまだまだ根強く悪い噂が広まったままだった。

ブランシュの従業員たちはティアナが悪く言われている状況が好転しないことに苛立ち、おとなしく傍観していることなど到底できず、自分たちがいかにティアナに助けられたかを話して広め始めた。

それでも悪い噂はなかなか払拭されなかったので、試しに戦法を変えてみたところ、それが予想以上に功を奏して瞬く間に悪い噂を覆すことに貢献した。

具体的にどうしたのかというと、事実に基づくティアナとウィルバートの恋物語を本にして出版したのである。その名も「女神と恋に落ちた皇太子」略して「神恋(かみこい)」である。その本が平民の間で大流行し、その後に主人公である女神のモデルがティアナで、しかも実話であるとわかると、ティアナの名誉は手のひらを返したように挽回されることとなった。

「神恋」が大流行すると、ファンたちが我先にと“聖地巡礼”というものをするようになった。実在する地名や店名をもじった名称が使用され、景観などの描写も詳しくされていたため、そこが小説の舞台になった場所だとわかる人にはわかるようになっていたのだ。

「神恋」の登場人物たちが実際に生活した場所へ赴き、そこで「神恋」の中の一場面を脳裏で再現する――この“聖地巡礼”はまたもや平民の間で大流行したのだが、中には平民に紛れてお忍びで訪れる貴族もいたとか。そのおかげでトニーの経営する商店は”女神が初めて自分の作品を置いた店”として、連日ファンや女神のご利益を求めて訪れる恋人たちであふれ返ることとなり、トニーは嬉しい悲鳴をあげているという。


(ティアはまだ「神恋」のことを知らないんだよな? 遅かれ早かれティアの耳にも届くことだろうが……ウィルバートとの恋愛について書かれた小説が民の間で大流行しているだなんて……俺の口からは伝えたくない……! 絶対に!)


「『ありがとう』……? なんのことかしら? あ、この間ティアナステッチを使った生地をトニーさんのお店に卸したって聞いたから、そのことかしら?」


本当の理由は言えないレオナルドである。言いたくなければトニーの言葉を伝えるのも後回しにすればよかったのだが、律儀なレオナルドである。

ただ、聖地巡礼によりかつてないほどに人が集まっている状況を好機と捉えた商売人のトニーは、ティアナステッチが施された生地を卸してもらって可愛いくまのぬいぐるみ型キーホルダーを仕立て、それを「女神が作った恋を叶えるお守り」(通称「神恋守り」)として売り出していると聞いた。

そして、それが「貴族の間でも流行している生地を使った高品質のもの」であり、「とても可愛い」のにも関わらず「手頃な値段である」ということで口コミが広がって爆発的に売れ、「神恋」の布教に一役買っていることも。しかし、この事実を伝えても結局は「神恋」に言及することになる。


「……いいんだ。理由はじきにわかるだろうから。今は言葉さえ受け取ってもらえれば」


ティアナは首を傾げながらも頷いた。久しぶりに幼馴染みに会えた嬉しさで満面の笑みである。


「ティア……、」


 本題を口にするため、レオナルドはティアナを真正面から見つめた。……見つめてしまった。


(はぁ……。やばい。可愛い。なんでこんなに可愛いんだよ……だめだ。なんて言えばいいかわからん。考えていた台詞が全部飛んだ)


レオナルドはティアナのことがずっと好きだった。それこそ、彼女がウィルバートと付き合うことになる前からずっと。自分は気を許してもらってはいるが、所詮は兄のような存在としてしか見られていないことはわかっていた。だから、兄のような役割から脱却することはとうにあきらめていた。ティアナに対する想いは胸の内に秘めると決めていたのだ。だが――。

レオナルドはティアナの前に跪いて言った。


「ティア、好きなんだ。俺と結婚してほしい。さっきは俺の国に来いと言ったが、ティアが望むなら俺は喜んでプロスペリア王国に婿入りする。これでもイリスタッド王国の王族だ。ティアが女王になるなら王配の務めも立派にこなしてみせる。どんな形になろうと俺がティアを絶対に幸せにしてみせる。……俺じゃだめだろうか?」


ティアナは昔から兄のように慕っていたレオナルドから求婚されていることに、ここに至ってやっと気がついた。混乱しているティアナは笑顔のまま固まっていた。


(あれ? いま私、レオに求婚された? まさかね……。え? 本当? 嘘、そんなそぶり今までまったくなかったじゃない。冗談じゃないわよね?)


レオナルドはティアナの脳内での呟きを正しく推察し、読みとっていた。


「いきなりで驚かせてごめん。でも、ティアは俺のこと一度たりとも、そういう対象として見たことがなかっただろう? お願いだ。一度でいいから、どれだけ時間がかかってもいいから、俺と将来をともにする選択肢について考えてみてほしい。結果はどちらであってもちゃんと受け入れるから。答えが出たら教えて?」


そう言って、ティアナの手に、トニーから餞別として渡された可愛らしいくまの「神恋守り」を握らせた。


「なあに、これ? すっごく可愛い。……あ。ティアナステッチの生地を使っているのね。こんなものまで作られているなんて知らなかった! ありがとう、レオ」

「ティアは本当によく頑張ったね。これはティアが頑張ったから生まれたもののひとつだよ。いま、民の間でとても流行っているらしいんだ。貴賤問わずね。特に若い女の子たちに大人気なんだって聞いたよ。ティアは守られているだけの女の子じゃないんだね。こんなに素敵な武器を持っている。これまでたくさん苦労したね。つらい時にそばにいられなくて、守ってあげられなくてすまなかった。俺の手をとってくれるなら、これからは俺がティアのすべてを愛し、守り抜くと誓うよ」


レオナルドはティアナの両手を「神恋守り」を握らせたその上から自身の両手で包み込んで言った。


「これから社交界に戻るなら、俺にもティアと一緒に戦わせてほしい。そして許してくれるなら、一生ティアの隣に寄り添っていたい。返事は急がなくていいよ。じっくり考えてほしい」

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