第43話

(えっと……。なんでこうなってしまったのだっけ……)


ティアナは内心まったく知らない人の家のリビングに通されたような居心地の悪さを感じつつ、表では穏やかな笑顔をキープして優雅な所作を心がけながらお茶が注がれたカップを手に取り、自分の行動を振り返っていた。


(ブランシュで挨拶を終えて馬車に乗って……宮殿に着いたのが数刻前。馬車から降りて、素敵なドレスを汚さなかったかさりげなく確認していたところに……何が起こったのかわからないけれど、気がついたら目の前に皇后様がいたのだわ)


要は宮殿の馬車止めで待ち構えていた皇后に(なんと! 皇后様に!)ティアナは拉致されてしまったようなのだ。お相手がまさかの皇后だったので、側に控えていたサミュエルもおいそれと手が出せず、ティアナはすんなりと連行されることになってしまったのだった。


ティアナは「どうしてこうなった?」と笑顔のまま首を傾げていたが、そんなティアナの様子は気にしないとばかりに皇后は話し続けていた。


「そういうわけでして、私、ドレスには非常にこだわりがあるのです。わかりますでしょう?皇后として常に流行を先読みして、時にはそれを生み出す立場にありますから、自らを彩る装いには一時も気が抜けないのです。下手な装いはできませんが、自分の好みに外れたものを身につけるのも業腹ですから……私が自分の目で選んだ専属の針子や細工師を宮殿に雇い入れているのです。こう見えて私、人を見る目はありますのよ」


確か皇后は隣国のイリスタッド王国から友好のため輿入れしてきた元王女だ。国民からの人気も高く、社交も得意で、いつも流行の最先端にいる。

ティアナも皇太子妃教育を受ける中で、理想的な皇后なので目標にするようにと何度も言い含められたことを思い出した。


「だから、あなたには最初から期待していましたのよ。ただ、あの顔だけの馬鹿夫のせいで経歴に傷がつくところでしたわね。本当に申し訳なく思っています」


ティアナは一国の皇后陛下から発された予想外の言葉たちに驚き、反応が遅れてしまった。


「そんな……」

「一番伝えたかった言葉ですのに、その前に関係ないことをとりとめもなく話してしまってごめんなさいね。謝り慣れていないものですから……。許してちょうだい」


そう言って頭を下げる皇后を目前に、パニックに陥ったティアナは気がつけば席から立ち上がり、深く膝を折って見事なカーテシーを披露していた。


「めっそうもないことでございます。私ごときの問題でお心を煩わせてしまいこちらこそ申し訳ありません。皇后陛下がそのようにおっしゃる必要はございませんのでどうかご容赦ください」


ティアナは「自分のせいで一国の皇后陛下に頭を下げさせてしまった」と一瞬で顔を青ざめさせていた。


「ああ。本当にごめんなさい。怖がらせてしまいましたわね。あなたがそのように自分を必要以上に卑下して萎縮するようになるほどの環境に置かれていることも……知っていたのに放置していました。すべて私の責任です」


ティアナはどうして自分がこんな状況に置かれているのかわからず、混乱を抱えたまま何も言えず頭を下げ続けた。


「叔母上、逆効果になっていますよ」


そこに何年ぶりかに聞く懐かしい声が聞こえてきたので、とっさに頭を上げたティアナは、またも目の前にいるはずのない人の存在を認め、さらに混乱を深めることになった。


「え……? レオ……?」

「久しぶり、ティア。迎えにきたよ」

「え? どういうこと? 迎え? それに今、叔母上って……?」

「こら! レオ、先に行くなって! はぁ。ほら、ティアナ嬢が混乱しているじゃないか。母上も、あとで時間を作ることで納得してくれていたじゃないですか」


ウィルバートも乱入してきて混乱を極めたので、ティアナはとりあえず状況を把握することを放棄して、話の行方を見守ることにした。


「だって……早く謝りたくて……到着の知らせを聞いたら、いてもたってもいられなくなってしまったのですもの……」

「ですもの、じゃありません。どうしてあなたはそんなにせっかちなんですか。レオも! 一緒に面会する予定だっただろう!」

「はぁ。待っていられるわけないじゃないか。きみには一歩も二歩も遅れをとっているのだから」


レオは悪びれもなくウィルバートに言い放った。対するウィルバートは特大のため息をついている。なんだか二人は仲が良さそうだ。そう思いながら眺めていると、レオは徐ろにティアナの手をすくい上げてその甲にキスをした。


「ティアナ。俺の国に来い。そうすれば誰よりも幸せにすると約束する」


ティアナの記憶が正しければ、目の前のこの人がティアナの知っているレオであるならば、確か彼は商店を営むトニーの家の息子であったはずである。


(実家の商店のことを『俺の国』って言っているの? 比喩なんだよね? あれ? でもさっ皇后陛下のこと『叔母上』って呼んでいなかった? わけがわからなくなってきた……)


「とりあえず場所を移そう。私の執務室でもいいだろうか?」


笑顔で固まったまま動かなくなってしまったティアナの手をレオの手から取り戻したウィルバートがそう提案すると、ティアナは笑顔のままぎこちなく首肯した。



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