第35話

 一般には知られていないが、プロスペリアの宝玉を継承すると、プロスペリア王家の血に脈々と受け継がれている大きな魔力を解放することができ、それによって継承者は類稀なる大きな魔力を手に入れる。

 現在のプロスペリアの宝玉の所有者はティアナの母、マリアである。……なので、ティアナは自身が持つ膨大な魔力を未だ解放できず、使えない状態なのである。

 それなのにどうしてティアナに魔力が使えるかというと、それはティアナがシュネーと名付けたキツネに似た精霊のおかげなのである。

 精霊は単体で魔力を持つわけではなく、様々なものに宿る魔力を引き出して使うことができる存在である。中でもシュネーは自分の姿の可視化・不可視化を意のままに操れる大変高位な精霊なので魔力の扱いにも長けており、ティアナに内在する未だ解放されていない潜在的魔力をも引き出して魔法に変換できるというわけだ。


 ティアナは彼からいつでも力を貸すと言われていたが、安易にその言葉に甘えたくないと思っていた。なぜなら、自分の力を自分で使えるならまだしも、それもできない未熟者が反則技を使うことは憚られるという気持ちと、その未熟者が人外の力を使って何かを成すことに強い嫌悪感を感じるという気持ちが半々の割合で胸をよぎっていたからだ。


 しかし、今回ティアナはその信条を曲げてシュネーの提案を甘んじて受けることにした。何よりアンジェリーナによると人命がかかっているらしいのだから。ティアナの思いを優先させる時ではないと判断した。



 そしてアンジェリーナが急襲してから、あっという間に旅立ちの支度が整えられ、シュネーによる転移でティアナとサミュエル、メアリー、アンジェリーナは、一瞬でフランネア帝国の『ブランシュ』へと辿り着いていた。


「それで……一体何が起こっているのでしょうか?」


 転移したら、着いたのは『ブランシュ』の作業場で、一心不乱に針を動かすお針子たちは皆虚な目で作業に没頭していて、ティアナたちの来訪に気付く者はいなかった。


 その異様な光景を目にしたティアナは、逸る気持ちを抑えてアンジェリーナに問いかけた。


「‥‥本来ならばティアナ様に助力を願い出るのもおこがましいのです。どうかお許しください」


 そう言ってアンジェリーナは話し始めた。


「事の始まりは‥‥私たちがアマンダ様へのドレスの仕立てを遠回しにお断りしたことがきっかけでした」


 皇太子殿下の婚約者の話はまだ大々的には発表されていないらしいが、お披露目前とはいえ、名実ともに婚約者であったはずのティアナが宮殿から姿を消したことは貴族の間で既に噂になっており、いなくなった義姉の代わりにアマンダが婚約者となるらしいという噂が流れ始めた頃、アマンダがブランシュへとわざわざ足を運んで来たのだという。


「皇太子殿下と婚約をするから、婚約式で身に付けるドレスと、婚姻の儀で身に付けるドレス、二着のオーダーをいただきました」


アンジェリーナは困った表情で話を進める。


「‥‥ですが、私たちはランディ‥‥あ、弟のランドールはティアナ様にご挨拶申し上げていましたわよね。彼からティアナ様のドレスの件をお伺いしていたので、そのような方に私共が丹精込めて作ったドレスを身に纏っていただきたいとは思いませんでしたので、お断りさせていただいたのです!」


 その時のことを思い返していたのだろう。今度はぷんぷんと怒りを露わにしながら話している。話を聞きながら感情表現が豊かなアンジェリーナを見ていたティアナには、年上ではあるが、アンジェリーナがとても可愛く、その素直な表情の変化が微笑ましく思えた。


 ランドールから聞いたというのは、ティアナがアマンダのお下がりのドレスを自ら手を加えて着ていたという話だろう。当時はランドールが一度短時間会っただけでそんなことまで気付いてしまったことに舌を巻いたものだ。


 ティアナが当時のことを思い返していると、アンジェリーナが急に瞳を潤ませてティアナを見つめるので、首を傾げながら見つめ返した。


「ティアナ様。私どもが気が付けていればもっと魅力的で素敵なドレスをお召しになっていただけたはずでしたのに‥‥本当に申し訳なく思っていますのよ」


 そうアンジェリーナからは謝られたが、むしろ一流の職人の手によって完璧に作られた素敵なドレスに素人が勝手に手を入れてしまうことになり、ティアナとしては非常に申し訳なく思っていた。

 何と言っていいのかわからず、苦笑で応えていると、アンジェリーナが何やらぶつぶつと呟き始めた。


「そう‥‥!ティアナ様が仕立て直したドレスはそれはもう見事でしたが、私共だって負けていられません!もっと魅力を引き出せるドレスを仕立てられましてよ‥‥!!」


 話が脱線しているような‥‥とティアナが思っていると、メラメラと闘志を燃やしているアンジェリーナにメアリーが淡々とした様子で冷水を浴びせた。


「アンジェ様。横から失礼いたします。また話が脱線していますよ。どうして私たちを呼んだのか、最後まで聞かせてください。」


「ああ。そうね、その話は後にしましょう。メアリーいつも有難う」


 お淑やかに微笑んだアンジェリーナは続けた。


「まあ、お客様としていらしたアマンダ様に本当の理由を口にするわけにもいきませんでしたので‥‥無難に、『皇太子殿下に許可が取れればご注文をお受けします』とお答えしましたのよ?アマンダ様とご婚約となるのは皇太子殿下の本意ではないとランディからも聞いて知っていましたから、皇太子殿下の許可など下りないだろうと思いまして。実際その通りになりましたわ。」


 そう言って、アンジェリーナは疲れた表情になった。


「それからが大変でしたの。アマンダ様、よっぽど甘やかされてお育ちになったのでしょうか?ご自分の思い通りにならないことが我慢ならないのか、ひどい癇癪を起こされましてね‥‥」


 再び店に現れたアマンダは、店員に罵詈雑言を浴びせ、酷い理不尽な言い様で店員を詰ったらしい。

 確かにアマンダは自分の思い通りにならないと攻撃的な性格が表出し、相手を口で罵るだけにとどまらず、実際に手が出ることもあった。ティアナも何度も詰られたり叩かれたりしているので身に染みて理解している。

 

 彼女のそういった気質は知っていたけれど、義姉として性格の矯正を促したこともなかったし、家では使用人として扱われていたためそうできる立場でもなかったので、そもそもそのようなことを考えたこともなかった。

 こうして他人に迷惑をかけていることを実感して、身内であるにも関わらず何もできなかったことを申し訳なく思った。


「そして、ここからが本題なのですわ。」


 アンジェリーナは真剣な顔で皆の顔を見渡した。

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