第27話

 ウィルバートの部屋に突然姿を現した鳥を見て、フィリップは一瞬目の色を変えた……が、すぐに表情を引き締め、取り繕った。


「この鳥はいつここへ入ってきたんだ?この王城で飼っている鳥なのだろうか?」


 ウィルバートは不思議に思いながら真っ白な毛に包まれた小さな鳥を観察する。全身真っ白だが、羽は黒い毛が混じっていて白と黒のコントラストがとても綺麗だ。小さくてつぶらな目は愛らしく、庇護欲をそそる。


 動物好きのフィリップにはたまらないだろうと思って彼の顔を見てみたら、無表情を装おうとして失敗している。口角が変な感じに上がっているのだ。表情を引き締め損なったのだろう。


 フィリップの変な顔を控えめに眺めていると、鳥がとてとて歩き始めた。このまま出て行くのか……と思ったら止まって、ウィルバートに視線を合わせている……ように見える。


「ついて来いと言っているのか?」


 誰に言うともなく呟くと、その鳥は我が意を得たりとばかりに翼を広げ、スピードを上げながらもやはりとてとて歩いて行く。


 フィリップに視線を合わせると、鳥を目で追いながら先程よりさらに気味の悪い表情をしていたので、彼のことはもう気にしないことにした。


 ーーとりあえず着いて行ってみよう。


 そう判断して鳥の後を追って歩いて行くと、庭師の手入れが行き届いた見事な庭園を抜け、大きな温室にたどり着いた。

 

 ガラス張りの温室の中に入ると、色とりどりの美しい花々が道を作っていたので、その間を進んでいく。

 道なりに進んでいくと、花の道が途切れてぽっかりとそこだけ穴が空いたような空間が現れ、中央に四阿が建っているのが見えた。


 四阿の近くまで進むと、鳥は小さく羽ばたいて飼い主らしき人の肩にちょこんと着地していた。


「ごめんなさいね。私がウィルバート殿下と話したいと思っていたのがこの子に伝わっていたみたいで……。お茶でもいかがですか?」

「マリア様……」


 ウィルバートを迎えてくれたのはティアナの母、マリアだった。ここに案内してくれた鳥はいつの間にか姿を消していた。


「先程はマリウス陛下と話せるようにとりなしていただいてありがとうございました」


「いいえ。いいのです。あの子は過保護すぎるのですよ。それより私、あなたと会ったことがあるのですよね?記憶を失くしてしまって、思い出せなくてごめんなさいね」


 マリウスに王城へ入れてもらえなくて、ウィルバートたちが門の前で立ち往生していた時に現れたのがマリアだった。

 弟の無礼を詫び、王城への滞在許可をくれたのも彼女だった。そして、ティアナがどこで何をしているか教えてくれたのもーー。


「それどころか……私、自分の娘のことさえ忘れてしまったみたいなの。ティアナちゃん、気丈に振る舞っていたけれど相当ショックだったみたいで……」


 彼女なりにティアナのことを娘として見守っているのだろう。ティアナを案じるその横顔は、街で初めて会った時に見た娘を想う母の表情そのものだった。


「……だからね、あなたに教えてもらいたくて。私とあの子のこと」


 確かに、今この王城でマリアとティアナが街にいた時のことを一番知っているのはウィルバートだろう。


「もちろんですよ。あなた方はとても仲のいい母娘でしたからね。ティアナ嬢は一度失ったと思っていた肉親を、再度失った気になっているかもしれません」

「そうなのです。私、うまく母親になれなくて……でも、ティアナちゃんにはマリウスとは違う、何か心の繋がりがあるようにも感じるんです。どこか懐かしいような、苦しいような……思い出せないのは夫を亡くしたことが関係しているのかもしれませんが、私の記憶がないことであの子が悲しい思いをする方がもっと私には辛く思えてしまって……」

「きっと心が覚えているのですよ。マリア様は、ティアナ嬢を心から愛していらっしゃるのが側から見てもよくわかる溺愛ぶりでしたから。ティアナ嬢もマリア様をとてもよく慕っていて、私が初めて会った時なんて……」


うんうん、と目を輝かせて話を聞いていたマリアだったが、突然、自分とウィルバートが立ったままだったことに気が付いた。


「まあぁ!ごめんなさい!私、皇太子殿下に椅子も勧めないで立ち話なんかさせてしまって!遅まきながらこちらへ座ってください。ほら、護衛のあなたも。あなたとも私たち母娘は面識があるのでしょう?お話し聞かせてくださいね」


 同じテーブルにつくことは頑なに辞そうとするフィリップを笑顔で黙らせて席に座らせた。


「母君は記憶がなくてもそういう所は変わらないのですね……」


 フィリップは若干疲れていたが、表情は明るかった。


◆◆◆


 マリアと話が盛り上がりすぎて、部屋に戻るのが遅くなってしまった。


 ーーティアナとのデートの下調べをしようと思っていたのに……


 そこまで考えて、ウィルバートは名案を思いついたと顔一杯に喜色を浮かべてフィリップを振り返った。


「そうだ!マリア様も誘えばいいのではないか!」


「それは……二人は喜ぶだろうが、ウィルはいいのか?あんなに頼み込んでもらったチャンスじゃないか」

「だからだよ。この役割はきっと僕しかできない。今度こそ、ティアの心を救う役割は僕が果たしてみせる。……それに、護衛としてサミュエル殿がついてくるんだ。どうせ二人きりにはなれないからな」


 フィリップはこの皇太子がだんだんかわいそうになってきていた。


 願わくばみんなが幸せになれますように。誰に言うともなくそう願った。

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