第26話


 とりあえずプロスペリアの宝玉が魔水晶ではなくて精霊石だということはわかった。

 情報が過多なので、後で整理しよう。ティアナはそう考えながら、最初の疑問に戻ることにした。


「説明ありがとう、シュネー。それで、ウィルバート皇太子殿下が私に会いに来ただけっていうのは本当?捕まえに来たのではなくて?」

「うん。だってそう本人が言っていたからね。僕は偉い精霊だから、他の精霊が見聞きしたことを自分で見聞きしたように知ることができるんだ!」

「……!そうなの。シュネーはすごいのね」


 ウィルバートがティアナたちを捕まえに来たのではないと聞かされて一先ず安心した。


 しかし、ウィルバートがティアナに会いに来ただけだからと言って、フランネア帝国内ではティアナたちが罪人であるという事実がなくなったわけではない。

 話し合って納得させてフランネアに連行して、戻ったところで拘束されることも考えられるのだ。


「うーん、とりあえずマリウス叔父様に相談してみようかしら?でも、『マリア様に滞在許可をいただいた』って言ってたわよね?どうしてお母様なのかしら?」


 ティアナは次々と浮かぶ疑問を口にしていくが、シュネーはティアナと話をするのに飽きたのか、ベッドの上で丸まって眠ってしまっていた。真っ白な毛玉が眠る姿、かわいい。



 今日はいろいろなことがあった。

 サミュエルに初めての乗馬を経験させてもらい、おいしい食事をいただきながら景色の素敵な森を眺めて温かな時間を過ごせた。

 

 帰るときにウィルバートに再会して、王城に帰ったらシュネーと初対面。シュネーはずっとティアナと一緒にいたというが、いつからいたのだろう?また起きたら教えてもらおう。


 こんなに一日の内容が濃かったことなんて、ウィルバートと婚約解消をしたあの日以来だ。


 今日、あの時負った心の傷ともようやくきちんと向き合うことができた。まだ傷は治らないが、前を向いていける気がしている。

 心残りがあるとすれば、最後にウィルバートと話ができず、一方的に婚約解消を押し付けられる形になってしまったこと。


 彼が背負うものを考えると、個人の感情を優先させることは難しいのかもしれないけれど、結婚は本来ならまずは二人の問題なのだ。きちんと二人で話して納得して関係を解消したい。そうしないとティアナは次に進めないのだ。


 尤も、「この人でなければ結婚したくない」と思った程の相手だったので、次はもう二度とないのかもしれないけれど。


「もう一度、きちんと二人で話し合って終わらせたい」と、ウィルバートもそう思ってティアナの前に姿を現してくれたのだとしたら嬉しいな、とティアナは呑気にも考えていた。


◆◆◆


「不公平だ……!」


 ウィルバートはマリウスに謁見を願い出ていた。……が、何度も断られ、マリアがとりなしてやっと会ってもらえていた。


 その謁見の場には無表情で姿を現したマリウスににっこりと笑い掛けられ(逆に怖かった)、ティアナとの婚約、そしてその解消についてのウィルバートの対応の甘さを淡々と指摘された。その指摘は全て尤もなことだったので、ウィルバートは自身の不甲斐なさを感じつつも素直に受け入れた。


 国同士の問題も多々あるのに、マリウスは純粋にティアナの心を守るために怒っているのだということがわかり、ティアナにこういう愛情深い親族がいてよかったと、その部分では心底安心した。


 ただ、ティアナの今後については彼女自身が決めるべきだ。マリウスが誘導しようとしていることには納得できなかった。これには先ほどまでティアナの気持ちを考えろと説教していなかったかと頭を抱えた。


 ウィルバートももう覚悟を決めてティアナを迎えに来たのだ。引き下がるわけにはいかない。


 だから「私にももう一度チャンスを」と希ったわけなのだが……。




「二人きりでないと不公平ではないか……!」

「いや、マリウス陛下はウィルに対してあんなに怒っていたじゃないか。チャンスをもらえただけでもすごいと俺は思うがなぁ」


 与えられた部屋に戻ったウィルバートはフィリップと話していた。

 フィリップはマリウスとの謁見中も護衛として側にいたので会話は聞いていた。


 国同士の話はさておき、顔に笑みを貼り付けながらも剣呑な雰囲気でティアナの話に終始する二人に戦慄を覚えながらフィリップは佇んでいた。

 そこでチャンスがほしいと請うウィルバートに、マリウスは「ティアナの護衛としてサミュエルを連れて行くなら許す」と条件付きで許可を与えたのだ。


「違うよ。僕にも怒っていたとは思うけど、話しながらも辛そうな表情をしていた。きっとあれは自責の念も多分に含まれていたよ」

「まあなぁ。マリウス陛下が口を出すとなると国家間での話になっちまうからなぁ」

「うん。だから僕に期待してくれていたんだろう。何よりティアが僕のことを好いてくれていたから……」


 そこまで言ってウィルバートはどんよりとした空気を身にまとわせ始めた。


「そうだなぁ。5年前からティアちゃんはウィルにぞっこんって感じで可愛かったからなぁ」


 昔を思い出すようにしんみりしたところで、楽しかった頃の思い出に浸りそうな自分を叱咤し、ウィルバートは意識を現実に引き戻す。


「まあ、護衛は必要だし……でも、あの男はティアナと二人で出かけていたのに……!!」


 気は逸るが、急いては事を仕損じるというではないか、と気持ちを落ち着かせる。

 気持ちの浮き沈みが激しくて忙しいウィルバートである。


 必死で気持ちを落ち着かせるウィルバートの目前に美しい鳥が現れたのはその時だった。


「鳥……?」

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