第14話
「ここは私が以前住んでいたスコット男爵邸です。以前ティアナ様にもお話しした20年前に没落した実家です」
メアリーは、幼少の頃からロバートの奥方であるエリザに仕えていたと以前聞いたことがある。エリザの衣装を誂える腕を鍛えるために「ブランシュ」へ勤めていた時期もあったが、基本的にはずっとエリザに仕えていたと言っていた。
実家のスコット男爵家が没落して、両親も亡くなって兄と二人で路頭に迷っていた時、メアリーたちと同じくらい幼かったエリザに拾ってもらったと話していたのを覚えている。
「こちらへは、この魔水晶を使って馬車の中からこちらへ転移させていただきました」
魔水晶ーー。
それは、その名の通り、魔力を内包する能力を持った水晶のことで、込められた魔力によって魔法が行使できるものである。
魔力を持たず自力では魔法が使えない者が魔法を行使する時や、使いたい時に必要な魔力が足りない時、膨大な魔力を必要とする魔法を行使したい時等に重宝される。
どれくらいの量の魔力が込められるかはその水晶自体の質に左右され、一般的には魔力の保有量は水晶の純度の高さに比例するといわれている。
また、人工物と天然物が存在するが、天然の魔水晶の方が質が高いとされている。その際たるものがプロスペリアの王家に代々伝わり、宝玉と呼ばれているものの正体である。
魔水晶自体は魔力を消費されれば内在魔力が減っていき、必ず枯渇する。その都度魔力を込め直して再利用していくのだが、使用頻度に応じて魔水晶としての機能も劣化していく。つまり、魔力を込められる最大容量は減っていくのだ。この点は程度の差は多少あれど、人工物でも天然物でも変わりはない。
そして、天然の魔水晶が獲れるところは限られており、プロスペリア王国に存在する魔水晶鉱山は世界最大の規模を誇る。そのおかげでプロスペリア王国は300年以上前からフランネア帝国にその領土を虎視眈々と狙われることとなったのだ。
「そうだったの。いろいろと疑問はあるけれど……」
「そうですね。順を追ってお話ししましょう」
「まず、私がルスネリア公爵家にいたのは、エリザ様の命を受けたからです」
「エリザ様といえば……確かアマンダを産んだ後、産後の肥立ちが悪くてそのまま床に伏せりがちになってしまったから、何年も公爵家の領地で療養しているのよね?」
「その通りです。エリザ様は公爵領にいながら皇都のルスネリア公爵邸のことも私を通して把握されていらっしゃいます。女主人なのに、領地にこもって静養だけしていられないと。実際は無理をしない範囲で領地経営にも関わられていて、静養だけしているわけでもないんですけどね」
エリザはティアナがルスネリア公爵家に引き取られた経緯も、ロバートやアマンダからどのように扱われているかも全て把握しており、ティアナに何もしてあげられないことを申し訳なく思っていたという。
だから「せめてメアリーはティアナの味方でいて、守ってあげてほしい」とエリザから頼まれていたとメアリーは明かした。
「待ってくれ……。ティアナ様はルスネリア公爵家でそんなに酷い扱いを受けていたというのか……?」
全く知らなかった、とサミュエルは呆然とした様子で顔を俯かせていた。
「知らなくて当然ですよ。家の外で虐げられたことはないのですから」
ティアナは当然のことのように淡々と言ったが、サミュエルは怒りに震えていた。
そんな彼の様子を横目に、メアリーは続ける。
「ティアナ様がロバート様に利用されようとしていることも知っていました。でも、あえてその状況を見守っていました。ティアナ様が皇太子殿下をお慕いされているのも知っていましたので、皇太子殿下が問題を全て解決してくれることを期待していたのです」
「でも、皇太子殿下は問題を解決できず……」
ーーあろうことかティアナ嬢を罪人として捕らえる手助けをすることになってしまったわけだな。
サミュエルはティアナが顔を俯けているのに気付き、最後の一言は胸に留め置いた。
「ですので、ティアナ様の御身をお守りすることを優先し、緊急避難先としてこちらに転移させていただきました」
「ここは実は兄の遺言を元に私が手に入れた屋敷でしてね。兄はメアリーさんの幼馴染で、二人はとても仲睦まじかったようなのですよ」
当時私はまだ産まれたばかりで幼く、よく覚えていないので周りに聞いた話なのです、とサミュエルが注釈をつけてくれた。
彼によると、ティアナを馬車に乗せる際にメアリーが通信魔法を使ってここにティアナを連れて逃げることを彼に了承させたらしい。
「しかし、ここも直に突き止められるでしょう。ですから、ティアナ様が落ち着かれたらすぐにでもまた違う場所に移動していただきたいのです」
「……そう。メアリーにもサミュエル様にも迷惑をかけてしまってごめんなさい。二人は大丈夫なの?私に付き合わせてしまって……」
メアリーはにっこり笑った。
「大丈夫です。私は何があってもティアナ様の味方です!」
「私も……私にもティアナ嬢を守らせてください」
心強い味方の優しい面差しと強い決意のこもった言葉に、ティアナは張り詰めていた気持ちが解れた。
ありがとう、と呟きながらここへ来て初めて涙を流したのであった。
◆◆◆
ティアナはその後、「ここから移動しなければならないのなら、できればプロスペリア王国に行きたい」と主張した。
その言に、メアリーとサミュエルも賛成した。サミュエルが「もう今日は遅いので、移動は明日にしましょう」と伝えると、安心したような笑顔を浮かべながらこくりと頷き、ティアナはその後気を失ったように眠ってしまった。
「成人しているとはいえ、まだ17歳。心の負担は大きいでしょうね……」
「そうね。私から見ればあなたも少し大きな子供みたいなものだけれど」
「私はもう27ですよ。それに、あなたとティアナ嬢二人くらいまとめて守れる程度には強いつもりです。兄上には敵わないでしょうが……」
「ふふ。思い出した。さっきの『私の女神』ってやつ、よくスタンが言っていたわ。サミーはそんな気障なところまであの人に似なくてもいいのに」
ーー兄上は何をやっていたんだ……。全く伝わっていないじゃないか……。
サミュエルはしかめっ面をしながら眉間を揉み解した。衝撃を受けていたのだ。
兄のスタンリーがメアリーのことを好きだったことは……メアリーも知っていることと思っていた。むしろ二人は恋仲だったのだと思っていた。兄は彼女のために彼女の屋敷を買い戻すよう遺言まで認めていたのだから。
ーー私は兄上と同じ轍は踏まないぞ……。
サミュエルは密かに決意していた。好きな人には積極的にアプローチしていこうと。
「あのね、サミー。これは本当はティアナ様に真っ先に伝えるべきことだと思うんだけど……あなたにも少し関係のある話だから、先に話しておくわ。ただ、この話を知ることは命にも関わることになるわ。心して聞いてね」
神妙な面持ちで話し始めたメアリーをしっかりと見つめ、了承したとひとつ頷く。
「実は、ティアナ様のお母様、プロスペリア王国の次期女王は本当は生きているの。そして、その命を救ったのがスタンだったのよ。スタンは、その事件に関わってしまったがために暗殺されてしまったのよ……」
「なんですって!?兄上は、崖崩れに巻き込まれて亡くなったと聞きましたが……それが故意に起こされた事故だったと!?」
「そうよ。そしてその犯人は、ルスネリア公爵、ロバート。スタンはその事実に辿り着いてしまったのよ」
「何を根拠に?どうしてあなたがそんなことを知っているのですか……?」
サミュエルは訝しげに首を傾げた。
それはそうだ。こんなこと、すぐに信じられるものではない。
メアリーは、証拠は明日見せると伝えた。それまで信じなくても構わないとも。
サミュエルは、混乱しながらもメアリーの言うことは真実なのだろうと感じていた。
だから、明日までにきちんと気持ちの整理をしておこうと思った。一番大切なものを守れるように。そのためにメアリーは自分に先に打ち明けてくれたのだろうから、と。
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