第10話

「ティアに会いたい……」


 ウィルバートはずっと焦がれていた相手と婚約できたことで、控えめに言って、浮かれに浮かれていた。婚約は達成したので、次は邪魔が入る前にさっさと結婚してしまいたいと気持ちは逸るばかりだ。


 彼の一番の側近であるランドールは、ウィルバートがティアナを深く想っているのをもちろん、重々承知しているし、彼の呟きもちゃんと聞こえている。

 ただ、その辺りの気持ちの吐露に反応していると話が進まないため、いつもスルーすることにしているだけだ。


「皇帝陛下のお気持ちはブレないと思っていいのかな?ルスネリア公爵にはきちんと釘を打ったの?あの人結構曲者だよ。陛下と利害が一致したらすぐにでも敵に回りかねない」

「ランディ……。そうだな。陛下はプロスペリアの宝玉と後継者が手に入るなら願ってもいない、歓迎すると言っていた。ルスネリア公爵はティアとの婚約の件を報告した時は予想していたから動じず、という感触だったな。両手を挙げて賛成はしないが特に反対もしない、という感じか……」


 ウィルバートは、ロバートにルスネリア公爵家でティアナに対して行ってきた虐待の証拠を突きつけ、ティアナが皇太子妃になることでロバートとアマンダへの処分は公にすることなく、内々に済ませると約束した。

 反発されることを予想していたのに、すんなりと受け入れられたので拍子抜けした。むしろ、ティアナがどうなろうと全く興味がないような……ロバートの反応からそんな不気味さを感じていたが、言葉では説明できそうになかったので、口に出せずにいた。


「腹では何を考えているのか……」


 ランドールは相手の腹の内が読めない気持ち悪さを感じていた。アマンダ可愛さにウィルバートと結婚させたいのかと思いきや、そうではないようである。

 では、ティアナを皇太子妃に据えたくない理由でもあるのか、と考えたが、調べてもそのような事実は一向に出てこない。

 不自然に思えることも多々あるので、やはり一刻も早くプロスペリアの宝玉をティアナの手に握らせ、地位を盤石なものにしておきたい。

 宝玉とティアナがこちら側にある限りこの婚約は覆ることはないのだから。彼女がプロスペリアの宝玉の後継者であることをできる限り迅速に、広く周知させよう。

 ランドールはそう算段をつけていく。


「父上はずっとプロスペリアを手に入れたがっていたからなぁ。まあ、そのおかげで全く反対もなく僕たちの婚約は受け入れられたから、その一点においてのみ父上の執着心は評価できる」


 皇帝はプロスペリア王国を手に入れたがっている。いつ強引な手段を使っても構わないと言い出すかと穏健派の二人はひやひやしていた。

 だが、ティアナをフランネアの皇族に迎え入れることで当面の危機は遠ざけられると考えていた。

 プロスペリア王国と平等な条件下で国交を結ぶことこそが二人の目指す両国の和平の形なのだから。


「それと、落ち着いたら早めにマリウス国王にも会わせてあげたいね。かの方はとても家族を大切にしていて、愛情深い方だという話だから」


 近々必ずプロスペリア国王のマリウスにティアナを謁見させなければならない。もちろん政治的にも必要なのだが、ティアナ自身のためにも早く彼女の叔父との対面を叶えてあげたいと考えていた。


「まだこの宮殿に滞在して1週間も経っていないのに、ティアナ嬢は宮殿の皆に受け入れられ、愛されているからすごいよね。それに、ルスネリア公爵家の使用人たちがティアナ嬢が皇族に輿入れするなら自分たちもアドルファス宮殿で雇ってほしいと殺到しているからね。今後もっとティアナ嬢にとって過ごしやすい環境になるだろうね」

「そうみたいだな……。ティアは公爵家でも辛い思いばかりしていたわけではなかったのだとわかって安心した」

「使用人のことを『元同僚』と言っていたようだよ。そういう方だから皆に好かれるのだろうね」

「今まで不遇に見舞われていた分も、これからは僕がティアをうんと甘やかして、もっともっと幸せになってもらいたいな」

「そうだね。二人が幸せになるのは大賛成だよ。僕も応援する」

「ランディありがとう。結婚がゴールではないが……安心できるまでもう少しだ」


 夜が更けていく中、二人は将来の展望をそれぞれ思い描いていた。そこには当然ティアナがいる。

 その存在が危うくなるかもしれないなど、この時点では誰も考えていなかったのだった。

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