Killing me

ヅケ

Killing me

その日を境に、街では霧が発生しました。


いつもの日常とは違う景観に、私達市民は大層喜びました。

白い靄が街全体を抱きしめてる気がして、幻想的でした。

なんだか、どこか別の外国のベッドで目覚めた様にも感じました。


数メートル先の建物や人の顔が見えにくくなる、

そんな不思議な現象に街は大きく変わりました。


「すげー!魔法だー、魔法が起きた!!」


登校する児童達は、身に付けている衣類やカバンをぶんぶんと振り回す。

さらには騒ぎ、走り回り、まるで運動会の様な盛り上がりです。


また女性にとって肌の乾燥は、この世の争いと同程度に憎い存在です。

雨の降りにくいこの地域では、スキンケアにかける時間や費用は

バカになりません。


そんな中、街を覆うこの白いベールの正体はどうやら細かい水蒸気。

私のみならず、花屋のアマンダ婦人、大家のフレイさん、担任のケリー先生etc...

全ての女性が喜んだのは言うまでもありません。

化粧ノリがとても良いそうです。


そして、街のあちこちからは歌声が聞こえてきます。

空気中に飛び交う水蒸気量が多いと、喉が潤い声を出したくなるのです。

街に活気が戻った。

市民全員が笑顔で生活しているのは一目瞭然でした。


結局、一日中この霧は消える事がありませんでした。

ずっとこのまま霧が晴れなければいいのに。



翌朝、目を覚ましカーテンを開けました。

なんと霧は晴れていなかったのです!

やった!


私は、神様に感謝をしました。

街は昨日に負けないほど、濃霧が発生していました。


「こんな奇跡あるんだ…!」


心からそう思えるほど、以前の暮らしは酷かったのです。

気温はぐんぐん下がっていき、立っているだけで汗が流れる様な

うざったい暑さからは解放されたのです。

涼しく快適に過ごせると皆はまたも大喜び、

市民のストレス指数は下がりました。


次の日も、またその次の日も。

霧は街から消える事なく、残ってくれました。

むしろ日を増すごとに、どんどん濃くなっている気さえしました。

この街は、まさに素敵な魔法にかかったのです。


「お霧さま、今日も私たちを包み込んで頂いたことに感謝を捧げます。

それでは、いただきます。」


「いただきます。」


いつしか私達市民はこの霧に感謝し、食事にありつく様になりました。


約3週間が経過したある日、下校中の事でした。

いつもの通学路を歩いていると、ドンっと誰かにぶつかってしまいました。


すみません!


不意の出来事で一瞬驚きましたが、その言葉を聞き、私も謝罪をしました。

決して私は目を瞑ったり、小説を読みながら歩いていた訳ではありません。

こちらに向かってくる人が視認できませんでした。

それほど霧が濃くなっていたのです。


何年も歩き慣れている学校までの道のりならば問題ありません。

全く見えない訳では無いので、なんとなくの

歩数や周りの音で今自分がどこにいるのか分かるのです。

しかし、行き慣れていないスーパーへの買い出しでは地図を頼り、

携帯にかじりつきながらでないと駄目です。


そんな状況の街では、ひったくり犯が現れたそうです。

サングラスをかけてしまえば人相も分からない為、

警察も手を焼いているとの事です。


もし犯行が目の前で起きても、追いかけようとして自転車を使うのは危険です。

真っ暗な畦道を無灯火・片手運転で走るのと同じですから。

実際、屋台や歩行者に自転車が突っ込んだ事例は毎日ニュースで見ます。


ひっきりなしに救急車が家の近辺を走っています。

無論、車の方が危険です。

家の前に頑丈な壁を建てておかないと、あっという間に

思い出達が瓦礫の下敷きになります。

怪我人の為に出動した救急車が事故を起こし、それを救出するための

救急車が出動の繰り返しです。キリがないです。


なので家の中にいるのが安全でしょう。

しかし気を付けて下さい。

出入りや換気の為に扉・窓を開けます。

すると途端に街中の霧が家の中に入り込み、書類や本が一瞬でふやけます。


潤っていた私たちの肌もやがてふやけ、

なんだか皮膚が垂れ下がってきた様に感じます。除湿機は必須です。


これもニュースで見たのですが、最近目眩や頭痛を訴える人が

急増しているそうです。

専門家は、水分の摂り過ぎだと言います。

この症状は、水中毒ではないかとの事です。

日々の食生活の見直しをした方が良いとの事です。


なるほど。


注意しなければなと感じながらテレビを消し、

今日も感謝を捧げ、夕飯を楽しみました。


翌朝、目を覚ましカーテンを開けました。

よかった、まだ消えてない。


制服に着替え、学校に向かいました。

いつもの通学路、はっきりとは見えなくても迷い無く

歩を進めました。


しかし、いつもの日常とは違っている点がありました。

なんだか人だかりが出来ていました。

もう学校は目の前なのに。

それに何やら騒がしかったですが、始業時間が迫っていたので

サッと通り抜けました。


校内に入り、友人と会うと先ほどの人だかりの話になりました。

どうやら殺人が起きた様です。

被害者は男の人で、ナイフを心臓でひと突きされたようです。

この学校の生徒でも職員でも無いとの事なのでそこは安心しました。

ですが、というか当然ですが、学校付近で事件発生のため私達は

安全確保の為、すぐに一斉集団下校になりました。


この事は勿論、ニュースで大々的に取り上げられました。

財布などの貴重品は盗まれていない為、通り魔だそうです。

犯人は未だ見つかってないとの事です。



その日を境に、街からは人がいなくなりました。



霧は今日も街を覆っています。

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