私の前世は最強だったらしく、そのお陰で助かりました

椎茸大使

第1話

長いように見えて短い人生だった。

ただひたすらに敵と戦い、最強となる事だけを目指した。

強くなることだけを考え、それ以外の考えを放棄して部下の言う通りにした結果裏切り者と呼ばれる事もあったがそれでも良かった。

強くなれるのならどうでも良かった。

しかし、そのせいで最後はその部下に裏切られて処刑される事になってしまったがな……。

だが、悔いはない。

僅かな期間かもしれぬ。

後の世に俺以上の猛者が現れたかもしれぬ。

だが、確かにあの時俺は、世界最強だったのだから。



何……今の?


「痛っ……? 痛い痛い痛ああああがああああああ! 頭が……頭があああああああ!! うぐぁ……はぁっ! ああああああああああああ!!! ゲホッ、ぐぉあぁ……ああああがああああああ……」


どれだけの時間が経ったのか……ほんの1分足らずのはずなのに10数分にも感じられるだけの地獄のような苦痛に喉が裂ける程叫び、のたうち回り、気付けば全身が汗だくになり転げ回ったせいで泥だらけになっている。

だけど、そんなのはどうでもいい。

元々汚れてた。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。」


そっかぁ……これが前世というものなのね。

絵物語の中だけだと思ってたのに、私にもそれがあったんだ。


「あは……あははははははははははは! 前世は最強だった!? だから何!? 今更それがなんになるっていうのよ!」


前世では最強?

生憎と、私はただの貴族令嬢……いえ、“元”貴族令嬢だったわね。

貴族令嬢だった私には関係ない。

父が何かやらかしたみたいでその父は処刑され、第一夫人とその子供達は教会送り。

財産は全て没収され、離れで生かされていた私と使用人は関与してないだろうとの判断で放り出された。

だから私は母の生家を頼って移動したというのに、その矢先にこれだもの……。

笑うしかないわよ……。

それに、街を出てすぐにこれだもの……父が何かやらかしたというのすら怪しいわね。

父を嫌ったどこかの家が父をハメ、そしてその娘である私を辱めて適当に遊んだら奴隷として売り飛ばすとかかしら。

ね?

そんな状況だった私の前世が最強だったとして、そんなのなんの役にも立たないでしょ。


「おい、居たぞ!」

「ったく、手間かけさせんじゃねーよな。」

「まあまあ、いつものことだろ?」

「けど上物だからって手を出すなってのはちと勿体なくねーか?」

「それが向こうの要望だから仕方ねーだろ。それに、この仕事が終われば女を何人か都合つけてもらえるって話だ。それで我慢しろ。」

「へーい。」

「ま、しゃーねーか。」


だけど、今この状況においては、最強だったというのもそう悪いものじゃないわね。


「お、立ったぞ。」

「そりゃ立つだろ。」

「で、鬼ごっこはもう終わりか? ならさっさとこっちに来な。」

「それを聞いて、はいそーですねって頷くと思う?」

「やっぱそーなるか。おい。」

「へい。」

「言っとくが、傷つけるのも出来るだけ避けろよ。」

「分かってまさぁ。」


無遠慮に捕まえて来た奴隷狩りの男の腕を掴み、そのまま地面に叩きつける。

その際に腕を捻り肩を外しておく。


「ぐぅぁっ……!」

「「「何っ!?」」」


ゴキリという音と共に奴隷狩りの肩はあっさりと外れた。


「ちっ! 誰でもいい。さっさと捕まえろ!」

「へへっ! こんなガキ1人に何馬鹿やってんだか。」


また1人捕まえに来たが、無防備な顎に掌底を入れて上体を浮かし、足で頭を挟み込んで一気に地面に叩きつける。

その際に腰から剣を抜き取る。


「ずいぶんと粗末な剣ですわね。ちゃんと手入れした方がいいですわよ。」

「どうやら……甘く見過ぎていたようだな。腕の一本や二本飛んだっていい。とにかく全力でかかれ!」


前世の記憶を思い出した事で戦い方というものを理解した。

前世の私とこの体では身体能力には天と地の差があるけど、それでも身につけた術理の全てが使えなくなるわけじゃない。

この体で奴隷狩りの剣を使う方法は二つ。

一つは武器自体の重さを利用する事。

反動で体が流れるだろうけど、それすらも利用して威力を出す。

もう一つが……


「隙だらけだぜ!」

「そんなものありませんわ。」


相手の力を利用する事。

襲ってきた男の足を引っ掛けて転ばし、即座に体を回転させつつ剣を倒れてくる男の首元に剣を置く。

そうすれば自分で勝手に首を切るという寸法。

もっとも、剣の質が悪過ぎて喉に少し食い込んだ所で刃は止まり、男の体重に押し込まれるようにして剣を取りこぼす。

まあ、代わりの剣はこの男が持っているし気にする事はない。


本気になった奴隷狩り達が襲ってくるが、生憎と前世で戦った猛者達の方がよっぽど速くて巧い。

こんな素人丸出しの剣、簡単に躱せる。

それでも前世の記憶にある十人隊長、いえ、百人隊長くらいの速さがあるのには驚きね。

やっぱりステータスがあるからかしらね。


「ちっ! どうも厄介なスキルに目覚めたみたいだな。めんどくせぇ。」


生憎と私の持つスキルは舞踏、算術、筆記の三つのみ。

戦闘系のスキルは持っていないわ。

もっとも、前世の記憶という別の物には目覚めたけどね。


一人、二人と相手の隙を突いて倒していく。

しかし、自分の体が貧弱過ぎるというのも考えもので、まともに振れないせいで一人倒すのにも時間がかかる。

攻撃を躱す事自体はそう難しくないんだけど、相手の力を使って倒すというのはなかなかに大変。

それでもなんとか奴隷狩りの大半を倒す事に成功する。


「はぁ、はぁ、はぁ……あ、後は貴方だけですわ。このまま続けますか? 私は、別にそれでも、はぁ、構いませんが。」

「へっ! 肩で息をしながらよく言うぜ。だが、まさかここまでやられるとは思わなかったがな。ちっ! めんどくせぇな、本当によ。」


そう言いながら頭目と思しき男は虚空から一振りの武器を取り出した。

その武器はハルバードと呼ばれる斧槍で、前世の男が好んで使っていたという矛に少しばかり似ている。

それに感じるこの圧力……魔武器ですわね。

特殊な能力を持つ魔法の武器、それが魔武器。

その形状、能力は様々で有名どころだと王家が持つ聖剣【エクスドラグナー】だろう。

神竜から下賜され、魔を祓い悪しきものを断つとされる護国の聖剣。

奴隷狩りが使う武器だからそこまででは無いだろうけど、それでも脅威なのに変わりはない。

貧弱な体に粗悪な武器でどこまでやれるか……いいえ、やるしかないのよ。

こんな所で人生を終わらせるつもりなんてないんだから。


「気合い入れて避けろよ。こいつはちっと、暴れん坊だからなぁっ!」


ーードガンッ!


雑に振り下ろしただけなのにそれだけで地面が爆ぜる。

どんな能力があるか分からなかったから様子見に徹していたお陰で躱す事が出来たけど、あれは危険だ……多分威力が跳ね上がる類の能力だ。


「オラオラオラオラァァァァァッ!」


頭目が振り下ろし、斧槍が地面に当たるたびに地面が爆ぜる。

開墾作業で使えばさぞかし便利だろう。

まあ、魔武器をそんな事に使う人なんていないでしょうけど。


飛び散る破片が服をかすって切り裂いていき、肌からは赤い液体が流れていく。

かすり傷とはいえ、痛みに慣れてないからこれだけでも辛い。

でも弱音を言っている余裕なんてない。


「そこだっ!」

「キャアッ!」


ほんの一瞬生じた隙を突かれて斧槍が薙ぎ払われ、咄嗟に防ごうとするも貧弱な体では受け止める事も受け流す事も出来ずにそのまま吹き飛ばされてしまう。

武器も手放してしまった。


「これで終わりだ。」


吹き飛ばされた時に手首を痛めたのか右手の手首から先が動かない。

だから何?

ここで諦めたらそこで終わりだ。

それに、最初からここしかないと思っていた。

あの斧槍を相手にして勝てるとは思っていない。

だから、この瞬間だけを狙っていた。

私を捕まえようとして、手を伸ばしてきたこの時を!


「おっと、それはもう見たからな。同じ手が通じると思ったか?」


私が手を伸ばした瞬間に頭目の男は手を引っ込める。

ニヤニヤとした顔がムカつく。

後でぶん殴ろう。

それはそれとして、私の狙いはそれじゃない。

私の狙い、それは最強となった前世であっても克服することの出来なかった急所。

そう、金的だ。

一度見たからまたやると思ったその慢心が命取りになるのよ!


「死になさい!」


思いっきり、それはもう今世でこれ以上の力を出したことはないってくらいに全力で握り潰しにかかる。


「うぎゃあああああああああああ!!!」


斧槍を手放し、そのまま地面に倒れ込みピクピクと動く頭目の男。

剣を拾い、そして頭目の心臓を一突きしてとどめを刺す。

あ、顔面ぶん殴るの忘れてた。

まあ、いいわ。

せめてもの情けよ。

何せ、アレが前世の私よりも小さかったのだから。

それだけで溜飲はかなり下がったしね。


まだ息のある奴隷狩りの全てにとどめを刺す。

ここで手心を加えたら、依頼主に報告されたり不意を突かれて捕まえられてしまう可能性がある。

それは絶対に避けなければいけない。

だから、殺した。


「後は……急いでここから逃げないと……そうだ。ついでにこれも貰っていきましょう。杖代わりに丁度いいですし……。」


斧槍を手に取り歩き出す……筈だった。

戦闘跡から少し移動した所で急に体が言うことを聞かなくなり、前のめりに倒れてしまう。

こんな所で倒れてたら、魔物に……あ、駄目だ。

動けそうにない。

それに意識も……。



「んっ……あれ、ここは?」

「目が覚めたようだな。」

「貴女は?」

「私はただの通りすがりの旅人だよ。自由気ままに森の中を彷徨っていたら寝ている女の子が居たからちょいと保護したってわけだ。それで、お前はどうして森の中で寝ていたんだ?」

「私は、奴隷狩りに襲われて死に物狂いで撃退したのですが、少し離れた所で力尽きてしまったんです。」

「そりゃなんでまた……。見たところいいとこのお嬢様みたいだし、お供も連れずに森の中を歩けばそりゃ襲われるだろ。むしろ襲ってくださいと誘ってるようなもんだ。」

「それは……。」

「訳ありか? 根無草の旅人で良ければ話を聞いてやるが、どうする?」

「……それでは、聞いてくれますか?」


それから私は旅人さんにこれまでの事を話した。

貴族の家に生まれた事、母は第二夫人だったが私が物心つく前に出掛けた先で盗賊に襲われて亡くなった事、この歳になるまで使用人に育てられ父とは年に一回会うかどうかの生活をしていた事、その父が何かやらかしたらしく処刑されて私は家を追い出され着の身着のまま何も持ち出すことができなかった事、母の生家を頼ろうと街を出てすぐに奴隷狩りに襲われた事を話した。

長い時間話していたと思うけど、旅人さんは一度も口を挟む事なく静かに聞いてくれた。


「それで、お前はこれからどうするんだ? その父親が何者かに陥れられた可能性があるんだろ? ならまた襲われるかもしれない。そうなるとその母親の生家に迷惑がかかるんじゃないか?」

「それは……確かにその可能性がないとは言い切れませんが。」

「そこで一つ提案なんだが、私と一緒に旅をしないか?」

「はい?」

「母親の生家には手紙を出すとかしてさ、しばらくの間雲隠れしたらいいんじゃないか? そうすれば襲って来たやつの親玉ももう死んだと思うんじゃないか?」


提案自体は的を射ていると思う。

でも、一つ疑問がある。


「何故そこまでしてくれようとするのですか? 私なんかを助けても貴女には何の得もありません。私では貴女に支払える物は何もないのです。それなのにどうして?」

「何故……か。それはやっぱり、見捨てられなかったから、だろうなぁ。自分が何もしなければ間違いなく死ぬだろう奴が目の前にいて、自分はそれを助けることが出来る。おまけに年端もいかぬ少女と来たら助けないわけには行かないだろう。」

「少し、時間をください。」

「分かった。」


この人が本当に信用できるのかどうか、それは分からないけど私が助けられた事は事実。

だから、この人は頼りになるという前提で考えよう。

その上でどうするか。

私はどうしたいのか……母の生家を頼ろうとしたのはそれ以外に生きることが出来なかったから。

じゃあ今は?

一緒に旅をする事で生きる術を得られるはず。

なら、選択肢の一つとして考えていい。

そして、私がしたい事は……


「決めました。私を旅に連れていってください。」

「……いいんだな?」

「はい。」


私がしたい事は、鳥籠に囚われた鳥のような生活ではなくて、自由に、自分の好きなように生きられる生活だったのだから。


「そうか。一緒に旅をするのなら自己紹介をしないとな。私はグレンダ。しがない旅人さ。」

「私はアグリアス元伯爵家三女、ルーファです。」

「ルーファか。これからよろしくなルーファ。」

「はい!」


これからどうなるかは分からない。

でも、一つだけ分かる。

これから私の新しい物語が、本当の人生が始まる。

とりあえず当面の目標として、国内最強でも目指してみようかな。

折角前世が最強だったんだ。

前世今世共に最強というのも面白いかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の前世は最強だったらしく、そのお陰で助かりました 椎茸大使 @siitaketaisi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ