第5話


 しかし、肝心のジェレス嬢はなかなか見つからなかった。

 なにしろこのパーティー、目的は第二王子の将来の婚約者候補を探すことであるから、上は11歳から、下は7歳まで、三十人ほどの貴族の息女たちが招待されているのだ。

 わかりやすく言うと『皇子の花嫁を探せオーディション一次選考会』。


 みんながみんな同じように着飾った、年近い女の子ばかり。

 おまけにみんながみんなじっと一ヶ所にとどまっていてはくれないのだから、この中からジェレス嬢を探し出すのは難しい。


「んー、漫画は白黒だから、何色のドレスかわからないものねえ」


 つまり、チョロチョロと走り回る女の子たち一人一人の顔をのぞいて歩かなくてはならないということで。

 節子は広い皇宮の広い庭をウロウロと歩き回る羽目になった。


 しかし、今の節子は元気いっぱい九歳児の体、疲れはほとんどない。


「あらあら、すごいわぁ、最近は歳のせいか、動くと膝が辛かったんだけどね、みてよ、これ!」


 節子はスカートの裾をフワフワさせながら、青い芝の上をちょこまかと駆け回る。

 その意後ろからはリタがついて回っているのだが、九歳児の体力に振り回された彼女は汗だくであった。


「アンナさま、アンナさま、おしとやかにしてくださいってば!」


 こんな調子だから、ジェレス嬢が見つかるはずがない。

 芝生の上をピョンピョンと跳ねまわり、着飾った大人たちの足元を抜け、節子はいつの間にか、庭園のはずれにたどり着いていた。

 パーティの賑わいは風に乗って聞こえてくるが、庭園を囲むように作られた林の中であるここには、人影もない。

 ただ節子と、その後ろにゼイゼイと息を切らした汗だくのリタがいるだけだ。


「アンナさま、こんなところにいてはだめです、会場にお戻りになりませんと」


「でもねえ、リタ、あんな広い会場の垢を探し回るより、ここで待っていた方がジェレスちゃんに会えるんじゃないかって、気づいちゃったのよねえ」


「待ち合わせでもなさっているんですか?」


「そういうわけじゃないけど、この先ってお堀でしょう? もうすぐそこに、皇子さまが落ちちゃうのよ」


「今度は預言者ごっこですか?」


「リタ、これは遊びじゃなくてね、私のこれからの運命を左右する、とっても大事なイベントなのよ」


「それはまあ、パーティなんですから、催し物イベントでしょうね」


「違うのよ、リタ、イベントっていうのはね……」


 説明しようとして節子は、はたと言葉をおしとどめた。

 現代の小説を読み漁っていた節子は、物語中で起きる主人公の運命にかかわる出来事を『イベント』と呼ぶのだという知識があるが、これを何も知らないリタに説明するのは難しい。

 そのくらいなら預言者ぶっておくほうがよっぽどか楽だ。


「そうなのよ、リタ、これは予言なの。もうすぐ皇子さまがここにきて、お堀に落ちるわ。これは運命なの」


「アンナさま、いくら遊びでも、そんなことを言うのは不謹慎ですよ」


「そんなことを言ってもねえ、運命だから仕方ないのよ。それでね、そこにジェレスちゃんも現れるはずなのよ、それが運命なのね」


 リタは「何を言っているんだ、このガキは」といった表情である。

 メイドとしては主に対して不敬だが、まあ、普通の大人ならば当然の反応ともいえるだろう。?


 しかし、そこはさすが侯爵家の厳しいメイド教育を受けた身、彼女は冷静かつ慇懃に言った。


「それでアンナさまは、ここでジェレス嬢を待ち伏せようと、そういうことでございますね」


「そのつもりなんだけど、ダメ?」


「いいですよ、アンナさまの気の済むようにしてください。アンナさまが一度言い出したら誰の言うことも聞かない性格なのは、よく知っていますから」


「さすが、よく知っているわねえ」


「それより、少し座らせていただいても良いですか、私、アンナさまみたいに若くないから、もうくたくたで」


「やあねえ、リタったらおばさんくさいことを言って、あなた、十分に若いじゃないの」


「アンナさま……この前からその下町のおばちゃんみたいな話し方、気に入っている様子ですが、会場に戻ったらやめてくださいね、私が旦那間に怒られてしまいます」


「あらあら、そうね、ごめんなさいね、気をつけるわね」


 そのとき、近くの茂みがガサガサと音を立てた。

 今の節子の背丈ほどもある草の茂みだ。

 そしてその中から、豊かな金髪をクルクルと縦ロールにした吊り目の女の子がひょっこりと顔を出した。


「あ、ご、ごめんなさい、人がいるとは思わなくって」


 草むらに引っ込もうとするその少女を、節子が呼び止める。


「待って、もしかしてあなた、ジェレスちゃん?」


 少女が怪訝そうな顔をした。


「そうだけど、あなたは?」


「あらー、やっぱりそうなのね、悪役令嬢といえば、縦ロールだものねえ」


「まって、あなた今、『悪役令嬢もの』って言った? つまり、あなたも転生者?」


「そうよ、あなたもやっぱり、転生者なのね」


 二人の間に、ざあっと風が吹いた。

 クルクル縦ロールがゆらりと揺れる。

 状況を理解できないリタだけが、二人の顔をおろおろと見比べて戸惑っていた。


 これが、これから運命を共にする二人の出会いであった。

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