第45話 発見

――ほら

   ――ここだよ…!






きゃらきゃらと耳元で精霊がひときわ大きな音をたてた。


ふ、と回想から意識を戻した紫苑は、指摘された場所に目を凝らした。

精霊が示した場所は一見何も不審なところはない、それまでと変わらない叢だ。


――…あそこか


集中して見ると、一帯だけ光が強い。飛竜の気配はなかった。

辺りを警戒しながら慎重に近づいていく。




「……」


当たりか。


横たわるものを見て、スッと紫苑の眉が寄せられる。背の高い草に囲まれており、場所を知らなければ近くに来ても通り過ぎてしまいそうだった。

予想に反して、遺体の損傷は大して激しくなかった。白杏の森には精霊が多く住む。精霊の加護により腐乱が進んでいないのだ。しかし、そのことを差し引いても綺麗に人の形を保っているのは意外だった。


飛竜に喰われたって聞いてたけどな…

動揺で軍に報告し間違えたのだろうか。


腑に落ちず、遺体を仰向けにして確認しようと膝をついた。


「触るな」


後方からの鋭い声。


紫苑は背後をちらりと見遣り、やはりこれか、と唇の端が軽く上がる。進む方向が出鱈目なのは意図的だったらしい。


男たちはまだ攻撃体勢を取っていない。

それならば、と紫苑は制止を無視して腕を伸ばした。


しかし次の瞬間サッと体を前に屈める。


前方の地面に小刀が深く刺さった。


「そこからゆっくり離れろ」


なおも遺体に近づこうとする紫苑に今度は明らかな殺気を込めて男たちは警告した。

これでは本当にこの遺体に何かあると自ら告白しているようなものではないか。


浅慮とも思える行動に思わず呆れるが、このまま無視を決め込むのは得策ではないと黙って手を挙げ、抵抗の意思はないことを示し振り返った。


「離れろ」


再度の忠告に紫苑はその場から今度は素直に離れ、大きな目を細め男たちを観察した。


追っ手は王立軍の軍服を着ており、長身と丸刈りの二人だった。

緊張感はない。むしろ、自分たちよりも大分と小柄な紫苑に対して明らかに気を抜いている。

くい、と顎をしゃくる仕草は、さすが、王立軍に属しているだけのことはあるのか、高圧的な態度が板についていた。


「言え。何故この場所まで来た」


「なんのことでしょう…?

僕はただ帰り道を探していただけで…」


すると、最後まで言い終わらないうちに丸刈りの男が声を苛々と荒げて遮った。


「余計な小芝居はいい。お前は迷い無くこの場所に辿り着いた。ふざけた真似はするなよ。場合によってはお前を切り捨てる権限もあることを忘れるな」


「……」


「理由など後でどうとでもなるからな」


一方的な話を素直に聞けるはずがなく、紫苑は一度口を結んだ。この遺体に一体、何があるというのか。


やはり、王立軍は遺体が残っていることを知っていたのだ。だというのに、真反対の場所を捜索するとは。ここに飛竜がもういないと知っているというよりかは、部外者に知られたくないことがここにあるらしかった。


屈強な体躯を持つ二人を見据える。

紫苑との身長差はかなりあった。


越えられるか…


仮にも王立軍。一般人とは違い、特殊な訓練を重ねてきている集団だ。不意をつけるならまだしも、自分に警戒をされている状態で簡単に逃げられるとは思わなかった。

それに、戦闘で敗ける気は一切しなかったが、王立軍に無闇に喧嘩を売ることが今回の目的ではない。


目的は、情報を引き出すことだ。


ひとまず釣れたが、どうしたものかと2つの鋭い視線を浴びながら紫苑はぼんやりと考えた。目的のものを見つけただけの紫苑に対する警戒と牽制。イチ領民にする行動ではない。


――ねぇ、


場にそぐわない陽気な声。

高い、声変わり前の少年を思わせるその声は楽し気に紫苑に囁いた。


――あの人ボクら好きだなぁ



「…は?」


趣味が悪い、と返そうとしてすぐに口を噤んだ。


視界の端に光を捉えた。


誰に気付かれずとも自分だけには見え、わかる。精霊たちが紫苑にうるさいほどに示している。


こっそりと、悪戯を打ち明けるように精霊たちが告げる。


――良い匂いだね



これは、確かに棗のものだ。


アヤメか、と紫苑はすぐさま犯人に目星をつけた。

棗自身の意思で無謀にも追ってくるとは考え難く、面倒事を何よりも嫌うアヤメの思いつきそうなことだった。恐らく目付け役兼保険として棗を送ったのだ。自分の身に何かあった場合、棗は迷わずアヤメたちを呼んでくれるだろう。


幸いにも棗の存在はまだ気づかれておらず、対峙する二人は紫苑に対してのみ集中しているようだった。


…少しくらいなら無茶できるか


唇を軽く舐める。

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