第23話 3

 「……それじゃ、俺は少し外でアイデア練ってくる」



 行き詰ったのか、突然そ宣言する勘九郎。手にはリュックとカメラを持っている。



 「行ってらっしゃい。スタジオ、ちょっと使っていい?」



 「あぁ、構わない。鍵渡しておく」



 そう言って、ミアに鍵の束を渡す勘九郎。エリーは本棚から没になった台本を探っている。探し当てたのはまさかのホラー物。二人は、苦手なりにも克服しようと努力をするらしい。



 カメラを持って表に出ると、外には何人かの出待ちファンが座っていた。彼らを横目にグラウンドの方へ歩いて行くと、途中で勘九郎を待ち伏せる因縁の相手たちが居た。空は、雲が掛かっている。



 まさか、注意されたその日にカチ合うとはな。



 「……手を引け、これが最後通告だ」



 「引かない、話にもならん」



 その言い草から、この二ヶ月で何度も脅迫されている事は誰の目にも明らかだった。そのことをウォズに言わなかったのは、彼を心から大切に思っているからだ。



 「分からない奴だな。今なら見逃してやる、と言っているんだ」



 一ノ瀬の声を皮切りに、周囲を囲む映画研究部の面々。カメラをリュックの中に入れると、立ち止まって彼の顔を見据える。



 「今や、お前の存在は看過出来ない。それどころか、映研が事あるごとに妄想ディレクションと比べられて、鬱陶しい事この上無いんだよ。分かるだろ?」



 「分からないな。それに、娯楽の提供を独占する理由だって不明だ。お前は、観客の事を考えてそれを言ってるのか?」



 何を、と一歩踏み込んだ所で一ノ瀬を制したのは映研の部長、山口千やまぐちせんだ。



 「なあ、篤田。俺たちはお前と争うつもりでここに居るんじゃない。むしろその才能を認めて、戻って来いと伝えに来たんだ」



 「……映研にか?」



 「そうだ。お前はウチの部費を自由に使える、俺たちは映研の権威を取り戻せる。双方にメリットのある提案だと思うがな」



 映研は、座頭市で最も盛んな部活動だ。その為、部員も多く調達できる資金の数が他を圧倒している。



 「凡人たちは、映画に何が最も必要なモノかを理解しない。故に、映像に映っている物だけで作品の全てを判断するんだ。だが、俺たちは違う。お前の作る映画で最も優秀なのは、お前以外の何物でも無いと知っている。役者など、一定のクオリティを越えれば誰だって構わない。商業用のムービーが、それを証明しているだろう?」



 一ノ瀬は、その言葉を聞いて歯ぎしりをした。



 「舐めるな。俺じゃない、仲間がいるからこその映画だ。理想は、あいつらが叶えてくれている。俺は、あいつらと仕事がしたいんだよ」



 「……ふぅ、交渉決裂か」



 言うと、山口は踵を返して向こうへ歩いていく。彼とすれ違うように、別の男たちが勘九郎の元へ歩いてきた。



 「お前んとこの女優ファンの過激派連中だ。彼らも、お前が女優を独占するのが気に食わないんだとよ」



 一ノ瀬は、下卑た笑みを浮かべていた。延べ十五人。喧嘩のやり方も知らない勘九郎は、すぐさまリュックサックを道の端の林の中へ投げ入れると、それとは反対側へ走って逃げだす。しかし、決意も虚しく一瞬で追いつかれ、囲まれた挙句に腹に何度か拳を叩き込まれた。



 「ぐ……っ!」



 胃液を口から吐き出し、ぐったりとうな垂れる。髪を掴まれて面を上げると、その奥にはポケットに手を突っ込んで見下す一ノ瀬が立っている。



 「お前が悪いんだ。俺は何度も忠告した」



 「……へっ。へっへへっえへへえへへ!!」



 言葉を聞いて、狂ったように笑い出す勘九郎。その不気味さに、取り押さえていた生徒たちもたじろぐ。



 「何がおかしい」



 「いや、素晴らしいアイデアの提供だと思ってな。そうか、これが恐怖ってヤツか!普通に生きてる奴には分からない、圧倒的な暴力と恐怖!足はこう震えるのか!体はこうすくむのか!涙は、こう流れるのか!」



 震え、恐ろしさを噛みしめながらも一ノ瀬を見る勘九郎。



 「……い、イカれてやがる」



 誰が呟いたか、その言葉。



 「お前に、理由のない理不尽に許されたいと願う気持ちが分かるか?靴を舐めてでも、ここから助かりたいと縋る気持ちが分かるか?それらを全て押し殺してでも、守りたい仲間と作品のある気持ちが分かるか!?」



 「と、篤田ァ!」



 「やれぇ!一ノ瀬ぇ!俺はどこにも行かん!絶対に妄想ディレクションを渡さん!俺の心が折れるか、お前の暴力が勝つか!その勝負をしようじゃないか!」



 「このクソがァ!」



 弧を描いた拳は、的確に勘九郎の顎を撃ち抜いた。固定されていたせいで、衝撃は分散されず脳みそを揺さぶった。

 幸か不幸か、それは一撃で勘九郎の意識と体を切り離し、糸の切れたマリオネットのようにその場に倒れてしまう。倒れた体に蹴りを入れても、グニャリと曲がるだけで反応はなかった。



 「な、なあ一ノ瀬。こいつはヤバくねえか?マジに死ぬまで引かねえつもりだよ」



 気迫がそうすると、彼らの脳に直接伝えた。



 「うるせえ、ならぶっ殺せよ。金は払ってんだろうが」



 「……いや、金は返す。俺は抜けるよ」



 一人が立ち去ると、その後に続いて次々と場を離れていく。最後に残ったのは、頭上に立った一ノ瀬一人だった。



 「……バカが。雑魚の癖によ」



 突如、黒い雲から水が流れる。一滴ずつ落ちる雫はやがて線になり、激しい夕立となって二人に降り注いだ。



 地面を打つ音は、彼の言葉をかき消す。去り際に、気を失った勘九郎に何を言ったのか、その言葉を知る者を一人もいなかった。

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