魔導書と遺跡

 話す本など、どの世界にも珍しい。それは当たり前のことで、電子音声が付随されている幼児向け絵本ではあるまいし。この本の正体について、俺はすぐさま教えて欲しかった。

 検索 : 話す本、なんて調べてみても分かるはずもない。


『見下ろすなど無礼なヤツらだな。殺すぞ』


 そんな若い女性の声で脅されるものだから俺は反射的に『テトラビブロス』を拾いあげた。


「な、なんで本が喋ってるのですかね…?」

「そんな事、私に聞かないで。そして敬語が気持ち悪い」


 なぜか分からないが敬語を使用したら気持ち悪がられた。とても納得いきません。訴訟。


『ワタシの名はテトラビブロス』

「あ、知ってます」

『話を聞け、クソ野郎』


 とことんまで口の悪い魔導書改め、テトラビブロスは本からポップアップしている天球儀がくるくると回っている。

 俺はまさに両手に薔薇みたいな状態です。片手には辛辣先生少女、もう片手には暴言本女。棘があるから薔薇なんです。


『星を見定めし存在。この銀河を掌握し、顕現せし者です』

「へースゴイデスネ」


 正直なに言ってるか全然わかりません。


「なるほど。星の全容を理解し、またその化身ということ?」

『つまり端的に言うと、そういうことだ』


 なぜ分かっちゃうのですかね。異次元の話すぎて付いて行けない。


『エーテルを流し、チカラを分け与えてくれたのは其方なのだろう?そこの少年。其方に死なれたらワタシも困るからな。少しは手助けしてやろう』

「て、手助け・・・?」

『チカラを分けてやる』


 本が話している事に慣れてきたと同時に、テトラビブロスは“チカラ”を分け与えてくれるらしい。この世界で生きていくには魔法なり、ケレス村の住人たちみたいに職を手に入れる必要があるから願ってもない申し出だ。しかし、チカラとは・・・?


「それでテトラさん。チカラとは何ができるんでしょう?」

『無礼な呼び方だな。まあ、良しとしよう。星は寛大だ。』


続けてテトラビブロスは話す。


『百聞は一見にしかず、だ。手始めに「エンシェント・マレフィック」と唱えてみろ』


 俺は「テトラビブロス」と呼ぶのは呼びにくいし、長いので省略してテトラと呼ぶことにした。テトラも何だか渋々了承してくれたみたいだから、それでいこうと思う。

 テトラが淡々と話すなか、「エンシェント・マレフィック」という呪文を教えてくれた。どのような効果をもたらすのか不明だが、使ってみないと分からないし占星術師と勝手になっていた為、その一歩を踏み出すことにする。



「エンシェント・マレフィック」


 本を片手に乗せ、もう片手で発動する座標を定め詠唱する。詠唱が完了すると、目前に先ほどエルが手本で見せてくれた爆発と似たような現象が起きる。

 火球球が現れその場で爆散し黒煙が立ち込め、風に流されていく。硝煙の様な臭いと熱しられた温度を感じる。「ファントム・フレイム」と違うところは、フレイムの方は紅く燃えているのに対し、マレフィックは青く燃えていた。


『最初にしてはまずまずの火力だな』

「俺にも同じ魔法が使えた・・・」

『厳密にいうと魔法ではないが、そういう感じだ』



「何よ、今の火炎魔法。見たことがない」

「珍しいのか・・・?」

「青い炎なんてあり得る訳ないでしょ!」


 ああ・・・まあ、確かに・・・。普通は紅い炎だからな。

 エルには次いでに魔法の属性は他にあるのか質問してみた。基本元素、火炎・水・雷・地から構成されているそうだ。他にも派生した魔法もあるそうだが、語ると長くなるから基本元素だけ教えてくれた。


「ま、ギルドからの依頼をこなしていくと嫌でも色々な魔法が見られるわ」

「それは俺でも出来るのか?」

「は?何言ってるの。時間結晶アラビック・パーツ持っておいて。ギルドに入ってるんじゃないの?」

「その、ナントカっていう物、持っていないぞ?」

「アンタのポケットに入ってるじゃない」


 エルに言われた通り、ポケットを探ってみる。すると現実世界のアクセサリーショップで買った水晶のペンダントが入っていた。森のクマさんことルーサに拾われた時とは形状が変形している。丸い水晶体から星型水晶体に変わっている。


「それが時間結晶。ギルドが作った工芸品アーティファクトよ」

「ちょっとよくわからないです」

「引っ叩くわよ」

『なるほど。これは、』


 しばらく黙り込んでいたテトラは追加説明し、時間結晶アラビック・パーツとは自分のステータス通知や、エーテル保管を行えるものだと話す。ステータス通知は簡単にいうと保有・利用できるスキル等を確認できる機能。

 エーテル保管、この世界ではエーテル欠乏症を発症する人も稀にいると話していた。エーテル欠乏症は生まれつき備わっている蓄積器官が破壊・損傷を受けたときに発症するらしい。その補完機能が時間結晶に備わっていると話す。


「それ持ってる癖に、ギルドのこと知らないなんて馬鹿ね」

「だから、この世界に来たの最近だから知らんわ!」

「普通にそれ忘れてたわ」


 俺が話したこと大半忘れてるんじゃ・・・?記憶力大丈夫ですかね。所々、失礼なエルに慣れてきたところで、ギルドといえば依頼について聞いてみた。


「ま、それは見ればわかるわ」

「何だその適当な説明・・・」

「うっさい」


―――――――――



 ケレス村から離れた岸壁の数々、崖崩れが起き足場も少ない。文字通り断崖絶壁の足場の狭いところを歩く、時々石がコロコロと崖下へ落下する。一歩間違えれば落下死してしまうだろう。


 散々な道のりを通り抜け、崖上の拓けた場所には苔が生え崩れている石碑みたいな物や、倒れている柱などがある。そこには読解不能な文字が刻まれている。


「見て分かるでしょ?」

「見ても全然わからないです」


 おそらくここがエルが調査を依頼された遺跡だろう。見回すも、どこかしこも朽ち果て何1つ理解できるものがない。書かれている文字も、この遺跡が何の為に存在していたのかも想像できない。


 そんな中、エルは至る所に書かれている文字を見つめていたり、倒れている柱など遺跡を調査している様子。この世界の文字は何故か読むことができるが、ここに書かれている文字は解読ができない為、昔の文字なのだろうと推測する。


「なあ、エル。ここに書かれている文字は読めるのか?」

「読めるわけないでしょ。何言ってるの?馬鹿なの?」


 てっきり古語が読めるからギルドから派遣されたものだと思い込んでいた俺が馬鹿だったみたいです。


 するとテトラが急に開き、天球儀を回転させながら話す。


『これならワタシにも読めるぞ』


 辞書か!?そんな突っ込みを入れる俺はとりあえず目前にある石板に書かれている文字の翻訳を頼んだ。


『昔、かわいい女の子がいました。誰でもその子を見ると可愛がりましたが、特におばあさんが一番で、子供にあげないものは何もないほどの可愛がりようでした』


 何か童話みたいな話が始まったんですが、合ってますか?


『あるときあばあさんは真紅のビロードの頭巾をあげました。その頭巾は子供にとても良く似合ったので子供は他の物を被ろうとしなくなりました。』


 何かどこかで聞いたことあるような気がする。本当に童話のように思えてきた。


『ある日、お母さんから「おばあさんが病気で寝込んでいるから、ケーキとワイン1本を届けて欲しいの」とお願いされ、おばあさんが住んでいる森へと出かけました』


 病気で寝込んでいる人にケーキとワインはあげないんじゃない?と変なところにツッコミを入れながらテトラもとい翻訳機の話を聞き続ける。


『出かけるときも、おばあさんから貰った真紅のビロードを被っていきました。森へ入ると狼に遭いました。しかし女の子は狼が悪い獣だと知らず、まったく怖がりませんでした』


 見た目で怖がると思うんだが、俺だけでしょうか。テトラが話すも、ここに書かれているのはここまでだそうだ。

 移動し、エルが調査している辺りにも同じような文字がびっしりと並んでいる。翻訳機改めテトラに読むよう依頼する。


『狼が女の子に尋ねました。「今からどこに行くんだい?」女の子は答えました。「おばあさんのところよ」すると狼が女の子に向かって提案しました。「お土産にお花はどうかな?この森を500メートル進んで道を外れた先に綺麗なお花が咲いてるから摘んでいけば、おばあさんも喜んでくれるよ」女の子は喜びました。「まあ、狼さん。良い事教えてくれてありがとう」』


 このまま行くと狼におばあさんと女の子は食べられるのだったかな・・・。

 テトラは続ける。


 女の子は狼に教えてもらった花を摘みに行きました。一方狼は「なんて柔らかそうで美味しそうな女の子なんだ。おばあさんも居ると言っていたな。どちらも捕まえなくちゃならん」と心の中で思いました。

 狼は女の子の後を追い駆け道案内をしました。女の子は頭上を見ると太陽の光が木の間から零れる日の光が気持ちよく感じました。

 女の子は狼に問いかけました。


「おばあさんに摘んだばかりの花束を持っていけば、もっと喜んでくれるかな?」

「ああ、大変喜んでくれると思うよ。もうすぐで綺麗な花が咲く場所だよ」


 目標が近くなった女の子は走り始め、続いて狼も女の子と並走しました。

 狼が言っていた道を外れた先に花が咲いており、もっと奥に咲いている花が更に綺麗に見えた為、女の子は先を考えず奥の花を取りにいきました。


 その間に狼は真っ直ぐとおばあさんの家へ走っていき、戸を叩きました。するとおばあさんが大声で。


「そこにいるのは誰?」

「おばあさんの可愛い可愛い、女の子よ」

「まあ、掛け金を上げて入ってきて。私は弱って起きられないの」


 狼はおばあさんを騙しました。騙されたおばあさんは狼を家の中へと入ってきてもいいと言い、狼は一言も言わず真っ直ぐおばあさんが寝ているベッドまで近寄ると、おばあさんを食べてしまいました。それから狼はおばあさんの服を着て、帽子を被り、カーテンを引きベッドに寝ました。


 ところが奥まで花を摘んで両手一杯になった女の子は、ようやく辿り着き。家の扉が開いていることに驚き部屋へ入ると違和感を感じました。


「まあ、今日はとても不安な気持ちです。いつもおばあさんと居ると楽しいのに」


 女の子はおばあさんに話しかけても返事がありません。ベッド傍のカーテンを開けると顔まで深々と帽子を被っているおばあさんがいて奇妙に思いました。


「おばあさん、おばあさん。とても耳が大きいわ」


 女の子は奇妙に思ったところを1つ1つ言いました。おばあさんは返事をします。


「お前の声をよく聞こえるようにだよ」


「おばあさん、おばあさん。とても目が大きいわ」

「お前がよく見えるようにだよ」


「おばあさん、おばあさん。とても手が大きいわ」

「お前をよく抱けるようにだよ」


「だけど、おばあさん。おそろしく大きな口よ」

「お前をよく喰えるようにだよ」


 おばあさん。いいえ、狼はそういうか、言わないうちにひと跳びでベッドから出ると女の子を呑み込んでしまいました。

 狼は食べ終わると、またベッドで寝て眠り込み、大きないびきをかき始めました。


 このとき、ちょうど猟師が通りがかり。


「おばあさん、なんという大きないびきをかいているんだ。」


 不思議に思った猟師は部屋に入り、ベッドに来てみると狼が寝ているのを見えました。すると猟師は言いました。


「お前をここで見つけるとは、この罰当たりめ、お前を随分探したぞ」


 猟師は憎しみのせいか、狼をもっていた猟銃で発砲し何度も狼に穴を開けました。


 猟師は恨みを晴らせ、狼を退治したことの達成感でそのまま、おばあさんの家を後にしました。



『これで、おわりみたいだ』


 全ての文字を読み終えた俺達は不思議な気持ちになった。


「なによ、この話。この遺跡はいったい何を表している訳?」


 この童話は、この世界では知られていない話のようだ。しかし、この終わり方は知らない。女の子もおばあさんも助かり、狼が退治されるはず。そんなハッピーエンドを迎えるはずだった。


これは俺の知っている『赤ずきん』ではない。

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メルヘン占星術師と時間結晶 @ikurumi_kurumi

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