拝啓私。「うつ病」になりました。

@healer-yukari

第1話 私、うつ病になりました。

「あなたはうつ病です。」

目の前でくるくると回る椅子に座りながらこちらを見る白衣の男が、私にそう告げた。


—昨日―

朝6時。

目覚ましが鳴るよりも先に目が覚める。

1人暮らしには少し広めの1LDKのリビング。

その中央にどでかくスペースを侵略して設置してあるグレーのソファー。

ソファーの正面には、これまた一人にはでかすぎるローテーブルと動画が流れっぱなしのTVがあった。


いつからだろうか。

無音で眠れなくなったのは。

いつからだろうか。

ベッドの上で眠れなくなったのは。


汗でびっしょりと濡れた体が気持ち悪い。

早くシャワーを浴びてすっきりしよう。

そして仕事に向かわなければ。

今日は大切な発表の日だ。


シャワーを浴びて、必要最低限のメイクをする。

洗面所で立ったままメイクをするようになったのはいつからだろうか。

昔はもっとメイクに時間をかけていた気がする。

流行のメイクやファッションを取り入れるために、雑誌を買いあさり、新商品のコスメが発売されるとすぐに購入していた。

でも、最近は新商品が出てもほしいと思わなくなった。

そういえば、雑誌もしばらく買っていない気がする。


そうこうしてるうちに時間は7時を過ぎていた。

出発しなければ。

忘れ物はないだろうか。

何度確認しても、なんだか忘れている気がする。

でも、もう時間だ。

玄関へ向かうと、シーズンがとっくに過ぎたクリスマスツリーの置物が目に入る。

この家に引っ越してきた時に購入した。

店で見かけた時、ライトに照らされてキラキラと輝くサンタがとても素敵で、我が家の玄関に置きたいと思い購入したものだ。

てっきりコンセントにつなげば光ると思っていたが、電池を入れなければ光らないタイプのもので、購入してからすでに数本電池をこのサンタのために献上している。

今日もキラキラと輝いている。

玄関で一呼吸し、今日が平和であることを願って家の鍵をかけ、車に乗り込んだ。


私の愛車はTOYOTAのルーミーである。

日によってルーミーちゃんだったり、ルミ男くんだったり、呼び名は様々だが、免許を取得してから初めて手に入れた私の大切な愛車である。


自宅から職場までは、車で20分ほど。

わりと近い。

家を選ぶ時、少しでも職場から離れたくて、車で20分以上かかるところで。と注文したのを思い出した。

私にとって、運転している時間こそ癒しであり、なくてはならないものだった。


職場には駐車場がない。

いや、あるにはあるのだが、職員専用の駐車スペースが限られているため、私は近所のコインパーキングに止めていた。


ルーミーと別れ、職場に入る。

気が引き締まる感じがする。自然と背筋が伸び、目つきが鋭くなるのがわかる。

社員証を機械に通して、更衣室へ。

そこで仕事着に着替える。

ロッカーの鏡に映る自分と目が合う。

「今日こそ、大丈夫だ。きっと大丈夫。」

小さく声に出し、気合を入れ更衣室を出る。


私の職場は7階だ。

エレベーターの中は私にとってひとりになれる最後の場所。

7階に到着するまでに深呼吸をし、心の中で大丈夫。と唱えるのが私の日課になっていた。


目的地に着く。

そう。

ここが私が働く職場。

総合病院の7階、内科病棟である。


「おはようございます!!」

ナースステーションにはまだ誰もいない。

朝の7時40分。

日勤の始業時間は8時30分。

まだ時間がある。

私は荷物をロッカーに入れ、すぐにパソコンを確保する。

電子カルテのこの時代、パソコンがないと仕事にならない。

しかし、この病棟には人数分のパソコンがないため、毎朝争奪戦になる。

そう。

朝のこの時点から戦いは始まっているのだ。

私は朝のパソコン争奪戦に勝利したことを確信してから、今日の受け持ち患者を確認する。

そうこうしていると、日勤帯の看護師が数名出勤してきた。

彼女たちも朝の争奪戦に勝利すべく、早めに出勤してきた猛者である。


私は彼女たちに挨拶をし、今日の受け持ち患者の情報収集を開始した。

始業前のこの数十分で、今日受け持つ患者の全身状態の把握や検査、処置内容の確認、なにか大きなイベントはないかを確認する。

情報収集。

この時間が何より大切だ。

情報収集がうまくできていると、その後の仕事がだいぶはかどる。


8時30分になり、朝の申し送りが始まった。

今は看護学生が実習に来ているため、実習生たちが緊張した面持ちで一人ずつ目標を述べていく。

実習生の姿を見るたびに、数年前の自分の面影を重ねてしまう。

自分も少し前まで、あーして実習をしていたのだ。

全体の申し送りが終わると、チームに分かれての申し送りが始まる。

病棟によっては、各チームで受け持つ疾患の系統が違うかったりする。

例えば、Aチームは糖尿病担当。Bチームは内科担当。といった感じだ。

私の病棟のチーム分けは、正直どのような基準なのかわからない。

自分のチームの患者の情報を共有し、各自受け持ち患者の元へ散らばっていく。

夜勤看護師の仕事はここまで。

これからは日勤看護師の仕事時間だ。

夜勤の時は、この時間がたまらなくうれしい。

一日やりきった達成感と、緊張が解け脱力する感じが一斉にくるあの感じがなんともいえない。


看護師の仕事は正直とてもハードだ。

患者の情報収集から始まり、点滴を用意する。

点滴も状態によっては、ひとりで数本使用することもあり、用意するだけでも一苦労だ。

点滴を交換しながら、全身状態を把握するために血圧を測ったり、熱を測る。

「バイタルサイン」というやつだ。

バイタルサインを測定し、異常がないかを確認したら、今日の予定を伝える。

検査や処置があれば準備が必要だ。

専用の服に着替えてもらったり、同意書を確認したり。

検査は時間が決まっているため、決められた時間までに準備を終わらせる必要があり、あわただしくなることが多い。

昼食の時間になる前に、清潔を保持するために体を拭いたり、オムツを交換したりする。

これら清潔を保持するための行為を「保清」と医療従事者は言う。

病院には様々な方がいる。

1人で動ける人もいれば、そうでない方もいる。

看護師はそういったひとりひとりの活動レベルに合わせて、援助をしていく必要があるのだ。


来る日も来る日もそうやって患者と向き合っていく。

患者の笑顔に救われることもあれば、患者の言動が頭にくることもある。

かなりむかっとすることもあるが、そこはぐっとこらえる。

「病を憎んで、人を憎まず」だ。


看護師は患者に対するケア以外にも仕事をしている。

「委員会」だ。

各病棟から代表者が選出される。

私も委員会活動を請け負っているのだが、私がなぜその委員会メンバーに選ばれたのか、理由は全くわからない。

私が属している委員会の活動は、一般の方向けの勉強会を開くことだ。

3か月に一度、勉強会を開いている。

その勉強会のための準備のために、毎月集まって勉強会の資料を作ったり、題材を話し合ったりしている。

今日はその3か月に1度の勉強会の日だ。

しかも、私はその勉強会で発表することになっている。


この日のために資料を作り、スライドショーを作って、発表の練習もした。

きっと大丈夫、うまくいく。


午前中の処置を全て終え、昼食をとる。

社員食堂の食事は個人的に好きな味だ。

ただ、消費税値上がりに伴い、350円だったランチが400円に値上がりしたのは残念だが。


先輩方と食事をとり、病棟に戻る。

午後からは発表がある。

委員会の仕事に集中するためにも、病棟のことはそれまでに全て終わらせておかなければならない。

点滴の更新が午後にあるが、それは先輩にお願いしておこう。


午後の勤務が始まり、時間が過ぎていく。

午後2時30分。先輩看護師に申し送りをして、委員会活動のために病棟を出た。

やり残したことはないはずだ。

スケジュールも何度も見直して、抜けがないことを確認もした。

残っている仕事については先輩に依頼もしたし、きっと大丈夫。

大丈夫……なはずだ。

何度も自分に言い聞かせた。


3か月に1度の勉強会には、多くの一般の方が参加してくださった。

医師、薬剤師、栄養士、看護師からなる勉強会メンバーは、それぞれ自分の分野での学びを発表し、勉強会は大成功した。

委員長である医師からもお褒めの言葉をいただき、肩の荷がふっととけたのを感じた。


気分よく病棟へ戻ると、上司から呼び止められた。

「あなた、今何時だと思ってるの?

どこいってたかしらないけど、仕事終わってるの?」

言葉の意味を理解するのに少々手間取った。

委員会の発表があると朝の申し送りで伝えたはずだったんだけど、伝わっていなかったのか。

「仕事ちゃんと終わらせなさいよ」

私を見る目は冷たい。

まるで、今の今まで仕事をさぼっていた人間に向けられているような冷ややかな目だ。

私はこの目を知っている。

人を見下し、呆れている目だ。

背中から嫌な汗が流れる。

この感覚も私は知っている。

何度も、何度も体験している。

私は上司に謝罪した。

早く、仕事をしなければ。

やり残した仕事があるのだろう。

確認して、やり遂げなければ。

やり残した仕事を確認するために、今日の受け持ち患者の部屋を訪ねる。

点滴は交換できているのか。

処置でやり残していることはないか。

全ての患者の部屋へ行き、確認した。

ナースステーションを離れ、廊下に出ると途端に涙が出てきた。

なぜ私は泣いているのか。

理由がさっぱりわからなかった。

上司の冷ややかな視線を受けるのも、注意を受けるのも何も初めてじゃない。

何度も何度も経験しているじゃないか。

慣れっこなのに、

なぜ

なぜ今さら涙が出るのか。

患者に詫びながら、涙が止まらなかった。

患者の前で泣くなんて、看護師としてはいただけないことなのは重々理解している。

でも、涙が止まらなかった。


ナースステーションへ戻り、記録をパソコンに記入していく。

委員会の仕事が成功に終わり、浮上していた私の気持ちは今はもう沈んで見えない。

記録を書いている間も涙は止まらなかった。

記入を終え、仕事に抜けがないか何度も確認する。

時計は夜の7時をこえていた。


病棟を出て、エレベーターに乗る。

更衣室で着替えて外に出た。

思考は途絶え、感情も途絶えた。

涙は出るが、感情はない。

悔しいとか、辛いとか。そんな感情は味わいすぎてもう何も感じなくなっていた。

ただただ涙が流れるだけ。


コインパーキングに行き、料金を支払ってルーミーに乗り込む。エンジンをかけると車内に流行りのボーイズグループの曲が流れる。

車の中は安心できる。

私だけの、たった一人だけの空間だ。

外は暗くなり、街灯の明かりがついている。

今は何時なんだろう。

家に着くころには何時になっているんだろうか。

……今日も私はだめだった。

委員会は成功したはずなのに、なにも達成感が残らない。

車を運転しながら信号を眺める。

信号は青だ。

このまま進んでいつか赤になって……。

いっそのこと誰かつっこんできてくれないかな。

そうすれば楽に死ねるのかな。

私が死んだら悲しむ人がいるのかな。

もう生きている理由がみつからない……。

明日も仕事に行くのか……。

私が行ってもまたどうせ問題を起こすだけだ。

行かない方がいいんじゃないか。


気が付いたら、家についていた。

車を降りて、鍵を開ける。

玄関には朝と変わりなく、サンタがキラキラと輝いていた。


私は携帯を手にとり、看護学生時代の同期に電話をかけた。

話を聞いてほしい。

聞いてもらったらきっと明日からまた頑張れる。

そう思った。


電話に出た同期は

「泣いてるの?」と一言そういった。

私の話をただただ静かに聞いてくれた。

そして同期はこういった。

「一度病院に行ったほうがいい」

涙があふれた。

誰かがそう言ってくれるのを待っていたかのように、涙があふれた。

おかしいのは薄々わかっていた。

でもそれを認めるのが怖くて、悔しくて、認められなかった。

同期は話を聞いて、私の代わりに散々怒ってくれた。

そして、私と電話をつないだ状態で精神科のクリニックを探し、予約までしてくれた。

「明日あさいちで病院に電話して、今日病院に行くので休みます。とだけ伝えるんだよ。それ以上は何も言わなくてもいいから」と電話のやり方も教えてくれた。




—1月29日-

職場に電話をした。

「今日、病院に行くので休みます」

教わった通り、一言だけ伝えて電話を切ろうとした。

その時上司から質問を受けた。

「病院っていうのは……なんの?」

精神の病院です。

そう伝えたとたん、上司の声音が変わった。

そして、上司は言った。

「そうなる前に誰かに相談したりできなかったの?」

………………。

はい。とだけ伝え、電話を切った。


電話を切った後、涙が溢れた。

上司よ。

私の異変に誰も気が付かなかったのか?

明らかにおかしかっただろう。

そうなる前に誰かに相談。

そうは言うけど、相談できていたらこうはなっていない。


上司への恨み言を頭の中で唱えながら、深く息を吐く。


メンタルクリニックの予約は昨日のうちにすんでいる。

ネット上で、看護学校の同期が電話口から見守る中予約をした。


ソファーに寝転び天井を眺めていると、スマホがなった。

画面にはメンタルクリニックの名前が表示されている。

「やすらぎクリニックです。こちら、丸山さまのお電話番号で間違いないですか?」

女性の声だ。

朝の爽やかな始まりにふさわしい爽やかな声音だった。

「はい。丸山です。」

対する私の声は涙でかすれ、活気に乏しく、我ながら見事な対比だと思った。

「昨日、インターネットで予約していただいた件について、お話をお聞きしたくて連絡したんですが、今お時間大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。」

「ありがとうございます。

では、今の状況から説明していただきたいのですが……」

私は電話の声に導かれるままに、自分の体に起きている異変について話した。

夜寝付けないこと、仕事でのミスが増えたこと、何もしていないのに涙が出ること、自分の存在価値が見出せず、交通事故に巻き込まれたらいいのにと考えたこと。

話をしているとまた涙が出て、うまく話せない。

とにかく、つらいのだ。

いつもの自分からかけ離れた今の状況がつらく、どうしたらいいのかわからないのだと訴えた。

一呼吸の無言があった。

その後、電話口の向こうから涼やかな声が聞こえてきた。

「わかりました。

では、今日の10時30分ごろ、当院に来ることは可能ですか?」

「はい」

「それでは、今日の午前10時30分。

予約しておきますので、お待ちしていますね」

感謝の意を伝え、電話を切る。

……診てもらえる。

診てもらえるのか!!

よかった、本当によかった。


時間に合わせてクリニックへ。

受付を終わらせ、待合室のソファーにすわる。

壁には大きなテレビがかかっていて、そこには新緑の映像が流れていた。

ヒーリング効果を狙ってのことだろうか?

ソファーは全てテレビに向かうように設置されている。

これは、待合室に待機中の患者同士が向き合わないようにする配慮なのだろう。

やはり、メンタルクリニック。

こういう配慮がそれらしい。

こんなことを分析するのも、看護師という職業柄なのだろう。

患者として来院したのに、頭の中では分析を続けてしまう。

呆れた……。

ここまで毒されていたか、自分。

受付で渡されていた問診票と、別に渡されたチェック用紙に目を通す。

問診票は、他の内科診療所と変わりない。

問題はチェック用紙だ。

この用紙に書かれている問は、見たことがある。

インターネット上にあるうつ病チェックの質問に似ている。

やはり、うつ病を疑われているのか。

そうかなと思いながらも、なんだか現実を突きつけられた気がした。

チェック用紙に記入していく。

気がついたら涙が出ていた。

問われる症状全て該当した。

情けなかった。

うつ病かもしれないと思ってはいたが、そうじゃないと思う自分もいた。

診察も始まっていないのに、自分はうつ病だと診断された気がして涙が止まらない。

「丸山さん、こちらへどうぞ」

涼やかな声。

聞き覚えがある。

私を見て微笑む小柄の女性。

電話の時に対応してくれたのは、この人だったのか。

女性に促され、一室に通される。

中央にテーブル。

2脚の椅子。

壁にはポスターが貼られていて、4畳程度の広さの小部屋だ。

ゆっくりと椅子に座る。

「はじめまして、丸山さん。

今回、丸山さんのお話を聞かせていただく八代といいます。

よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

私が答えると、八代さんはにこっと微笑んだ。

可愛らしい人だ。

次第に警戒心がとけていくのを感じた。

「電話でも聞かせていただいたんですが、最近眠れなかったり、涙が出るんですよね?

それはいつ頃からですか?」

「眠れないのは1年近くたちます。

涙はここ1ヶ月くらいですかね」

「なにかきっかけのようなことはありましたか?」

「はい。

仕事で……」

私は去年の4月に起こった出来事を話した。

上司に呼び出され、意味がわからないまま責め立てられ、挙げ句の果てにはナースステーションにいる複数名の看護師の前で怒られた。

吊し上げだ。

内容はカルテの記入欄の時間が修正されていないことについてだった。

信用を損なう行為だと、叱責され、反省文を書くことになった。

反省文を書き、発表をした。

その後もなにかあると、その時の事を問いただされた。

次第にミスが増えていった。

人命に関わる事件にはならなかったが、いつか私は人を殺してしまうと思い、直属の上司に相談もした。

しかし、結論は

「丸山さんが悪い」だった。

-あなたの仕事は周りの先輩が仕事をしやすいようにすること-

私が我慢する。

そういう選択肢しかなかった。

あの時の上司の顔は忘れたくても忘れられない。

確実に相手を見下げ、馬鹿にしている表情。

自分の方が上だと優越感に浸るあの表情。

その言葉を聞いて、少しだけ残っていた反抗心の糸がぷつっと音を立てて切れた。

それが去年の12月。

そこからは騒ぎを起こさないように、ひたすら注意深く仕事をしていた。


患者に対して看護を提供するために働いているはずが、気づけば先輩方に気を使い息を潜めて仕事をしていた。

そんな自分が情けなく、不格好で、大嫌いだった。

ナースステーションでは常に笑顔を振り撒き、なんでもない顔をしているくせに、廊下に出ると無力感で涙が溢れた。


患者の部屋に行くたびに涙が溢れた。

こんな無力で未熟な自分が看ていて、本当に申し訳ないと。


ひととおり話し合えると、机の上には丸まったティッシュが山のようにあった。

結構ながく話していたとおもうが、八代さんは聞き続けてくれていた。

「そうでしたか。

……今のお話と、記入していただいたチェック用紙の結果を元に、医師から診察がありますので、もうしばらくお待ちくださいね。」


待合室に戻り、深呼吸をする。

モニターに流れる新緑の映像を眺める。

すると、名前が呼ばれた。

いよいよ診察だ。


診察室には、髪の毛を後ろで束ねた年齢不詳の白衣を着た男性がいた。

なかなかにハイセンスだ。


白衣の男は椅子をクルクル回しながら挨拶をしてきた。

「どうも、丸山さん。

私は医師の大久保です」

第一印象は胡散臭い。

大丈夫か、この人。

八代さんの第一印象がよかったので、がっかりした感が否めない。

私が警戒したことに気がついたのだろうか。

大久保医師は、椅子でクルクルするのをやめた。

そして、手元にあるカルテをペラペラとめくり始める。

不審だ……。

信用ならない……。

私の頭の中でサイレンが鳴っているのを感じる。

「眠れてないんですねぇ。

いつからですか?」

きた!!

話しかけてきた!!

「1年くらい前からです」

即答した。

隙を見せてはいけない。

「1年くらい前ですねぇ。

あー。看護師さんなんですか。夜勤とかあって大変ですもんねぇ。

このカルテには、人間関係に悩みがあるって書いてありますけど、具体的にはどんな?」

……また話すのか!?

あの胸糞悪い内容を!?

八代さんから聞いてないのか?

引き継がれてないの!?

眉間にシワを寄せた私を見て、大久保医師は付け加える。

「あー。面倒だとは思うんですけど、僕も聞いておかなきゃ診断できないから」

……確かに。

仕方ない。

私は要点を絞って再度話した。

私が話している間、わざとらしいほどに大久保医師は相槌をうってくる。

凄まじいスピードで書き殴っているあの紙カルテ。

後で読み返すことができるのだろうか?

手書きカルテの解読は大変なことを経験上知っている。

医師の書き殴りは、日本語と英語と時々ドイツ語が混ざりに混じって、解読困難なのだ。


話し終えた私が大久保医師の出方を観察していると、大久保医師はまたしても椅子ごとクルクル回り始めた。


一通り回り終えて、私の方を向くと、短く息を吸い言い放った。

「うん。うつ病ですね」









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