第14話 地下に潜む秘密 その2

 ぞくり、と悪寒がした。

 

 シリンがすばやく杖を抜き、非殺傷雷撃魔術 《スタン》を放つ。

 ぼくは考える暇もなく、咄嗟にメルセをかばってその前に飛び出していた。


 閃光が瞬く。背中に雷撃魔術が直撃。

 死んだ、と食らったぼく自身がまずそう思った。


 だが――


「あれ……痛く……ない?」


 ぼくは唖然とした。

 そして同じくらい、かばわれたメルセや、雷撃魔術を放ったシリンも驚いていた。


「効かない!? どうして」


 以前、あの巨漢の上級生と対決したときに買った能力の効果だ。

 ぼくの身体は常人の何倍も魔術の効果を受けにくくなっている。


「無事か、オネス!?」


「は、はい、特になんとも……」


「くっ、シリンに近づかないでください!」


 シリンは杖をこちらに突きつけたまま、後ずさる。

 下手に動けば、彼女自身やメルセを傷つけてしまうのだろう。


「!? ぐっ……」


 すると突然、シリンが喉の当たりを抑えて苦しみだした。

 首元のマフラーがほどける。

 

 その首に嵌められたのは、蛇の鱗のような禍々しい紋様が刻まれた首輪だった。


 シリンの両目が赤く発光する。


「シリン……から、離れて……ください……!」


「いったい、なにが……」


 メルセはなにが起きたわからず困惑していた。



 ――我に魔力を……



 突然、暗闇のなかに重々しい声が響いた。


「こ、この声は?」



 ――我に魔力を……もっと……もっと……



 その声がどこから聞こえてくるのか、ぼくはメルセよりも早く気づいた。


「あの首輪からです。彼女は……あの呪いの首輪に操られているんです」


「呪いの首輪……だと?」


 シリンがマフラーで隠していたあれが、すべての元凶だ。


「あれが、シリンを操っているんです」


「まさか呪われし魔術道具か? だが、どうして君がそんなことを知っている?」


「え? あ、あの、最近読んだ本で……」


 ぼくは咄嗟に誤魔化したが、彼女が操られていることは事実だった。

 あの首輪は、彼女の雇い主が、彼女を強制的に服従させるために付けた魔術道具だ。



 ――我は……魔力を……喰らう……喰らい続ける……



 みずからの意思を持ち、宿主の身体を操り、襲った相手から魔力を奪う。

 それと同時に、宿主次自身の魔力を死ぬまで吸い続ける。

 まさに呪いの魔術道具だ。


 正気を失ったシリンが、ぼくらに襲いかかってくる。

 ぼくとメルセは双方向に回避。

 シリンの殺傷雷撃魔術 《ボルツ》が宙を貫く。

 なんの躊躇もなく殺傷魔術を使ってくるところを見ても、やはり正気を失っている。


「《バインド》!」


 メルセが杖を抜き、拘束魔術を放つ。

 杖先から飛び出した蔦がシリンの身体に絡みつき、その場に縫い抜ける。

 さらにメルセは、続けて得意の炎魔術の構えを見せた。


「メルセ先輩! 待ってください!」


 ぼくは慌ててメルセを止めた。


「だが、こうなってはもう……。このままでは、君の身も危ないぞ!」


「なんとか……なんとかしてみませす!」


 ぼくはなんの計算もなく、ただ思いを堪えきれないまま叫んだ。


「助けられるはずです。今度は……きっと」


 メルセが怪訝に眉をひそめる。

 原作では、彼女は死ぬ運命にある。


 敵国のスパイであることが発覚し、彼女のせいで、学園の生徒に何人もの犠牲者が出てしまう。

 これ以上被害を広げないため、主人公ロイドは、やむなく彼女を手にかける。

 彼女が仲間になることはない。悲劇のヒロインだった。

  彼女が敵のスパイであることは変えられない。あの首輪の存在も。


 けれど、ぼくは、原作通りの展開を望まない。


「そんなに魔力が欲しいのか? だったら……ぼくが代わりにくれてやるよ」


「オネス? 君はなにを言っている?」



 ――ククッ……矮小な人間ひとりの魔力では到底足りぬ……



「そうかな? それじゃあ……」


 ぼくはショップから、【希少品】を選択した。

 

 【賢者の石】×99

  合計:89,100,000,000,000,000ゴルド


  ▼以上の商品を購入しました。またのご利用をお待ちしております。



 ――えっ!?



「これで足りるかな?」


 ぼくは赤く透き通るような美しい石を、大量に出現させた。


 賢者の石――あらゆる願いを叶えることができると呼ばれる伝説の秘宝。

 そこに秘められた魔力は、たった一つで万人の魔術師にも匹敵する。

 呪いの首輪が、驚愕の声を上げた。



 ――な、なんとそれは……伝説の……賢者の石……!

 ――我が数千年余り、追い求めし秘宝……!



「今すぐシリンを解放するなら、あげてもいいけど」



  ――うっ……し、しかしそれは……



「じゃあ、あげない」


 

 ――い、いや待て!

 ――ぐぬ……わかった、この娘を解放する……



 突如、シリンの首輪が、二つに分かれた。

 そして賢者の石の魔力を大量に吸収する。


 しかし、その魔力はあまりにも膨大過ぎたようだ。



  ――ぐ……ぐぉおおおおおおおアアアアアアアアアアアアア!!!



 賢者の石を吸収し過ぎた呪いの首輪は、やがて内側から魔力に飲み込まれるようにして、ぼろぼろに崩れ去っていった。


 首輪の拘束から解放されたシリンの身体が、ぐらりと傾く。

 ぼくは咄嗟に駆け寄り、彼女を抱き留めた。


「よかった……」


 シリンは青ざめて、ひどく汗をかいていたが、どうやら無事のようだ。

 メルセも慌てて駆け寄ってくる。唖然とした様子だった。


「よもや、呪いの魔術道具相手に交渉するとは……」


 あのクールなメルセが目を見開いて驚きを表現していた。


「話のわかるやつで幸運でした。それだけです」


「……まったく、恐れ入ったな、君というやつは」



  ▼クラスが第9ランク【大魔導士】から

       第10ランク【神代の魔術師】に変化しました



 神代って……もはや時代を超越した魔術師になったということか。

 これ以上、ぼくの知っている金持ちだけが取り柄のオネスから、キャラがかけ離れていくのはなんとしても避けねばならない……。


「んっ……」


 ぼくの手のなかで、シリンが小さな寝息を上げていた。


 救えたんだ。

 彼女の体温を掌に感じながら、ぼくはその事実を噛み締めた。


 ぼくはぼくの知るウィザアカの物語を、自分の手で書き換えてしまっている。

 けれど、シリンを救ったことはきっと後悔しない。

 ルッカや他のみんなをテロリストから守ったときと同じように。



 もしかしたらこの世界で、ぼくは自分が好きなように生きられるのかもしれなかった。

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