第9話 ロイド・アーサー

 マグナル魔術学園・大食堂。


 学園中の生徒という生徒の視線が、ぼくに向けられているような気がした。

 実際、それはただの思い込みではなく事実だった。

 ぼくはトレーに乗せたパンとスープを手に、気まずい思いで顔を伏せていた。


「オネス君! こっちこっち」


 すると端っこの方の席で、ルッカが手を振っていた。

 向かいにロイドの姿もある。

 ぼくはほっとし、彼女たちのいるテーブルについた。


「助かった……ありがとう、ルッカ、ロイド」


「べつに、堂々としてればいいじゃない。学園長なんだから」


「そういうわけにはいかないって……」


「でもほんと、オネスには出会ってからずっと驚かされてばっかりだよ」

 ロイドもそう言って笑った。主人公らしい爽やかさだ。


 波乱の入学式から二週間が経ち、ぼくはなるべく目立たないように過ごしていた。

 学園を買収したのはあくまで理不尽なクラス分けに対抗するためであって、権力を振りかざすためではない。


 ぼくは、ルッカたちと同じクラスになれただけで十分だった。

 この憧れの世界でルッカたちと一緒に立派な魔術師を目指していける。

 それだけでぼくには、身に余るような幸せだ。


 普通の食事を摂りながらルッカやロイドたちと他愛もない話をしているだけで、時間はあっという間に過ぎていった。


「あ、いけない。次の授業、外で実習だよね。急ごう!」


 ルッカがぼくとロイドの手をひっぱり、溌剌とした声を上げる。

 それがぼくらにとっての、新しい日常になりつつあった。


 *


 マグナル魔術学園の外庭に、ぼくたちゲットークラスの生徒は集まっていた。

 目の前には、樹齢千年を超す巨大な樹が屹立している。


「では諸君、今日の授業は基礎的な捕獲魔術の実技だ」


 教師が杖を取り出し、手本を見せる。

 捕獲魔術セイズを詠唱し、樹から舞い落ちた木の葉を重力に逆らわせ、自分の手元に引き寄せた。


 生徒たちが感嘆のどよめきを上げる。


「さあ、やってみなさい。しっかりと意識を魔力に集中するように」


 まず挑戦したのはルッカだ。


「《セイズ》!」


 木の葉は風にあおられるように大きく左右に揺れながらも、見事ルッカの手元に吸い込まれた。ルッカは自分でも驚いたような笑顔を浮かべる。


 それを見たぼくは、まるで自分のことのように嬉しかった。

 なにより、憧れのウィザアカの世界で魔術の授業に参加できるなんて、こんなに楽しいことはない。


「では、次はロイド・アーサー」


「はい」


 ロイドは緊張した面持ちで、樹の前に出た。

 同じようにロイドを応援する気持ちで見つめていたぼくは、ふと考える。

 そういえばここは、どういう展開だったっけ。

 なにか事件が起きたような――


「《セイズ》……!」


 ロイドが捕獲魔術を詠唱。

 一瞬、なにも起こらないように見えた。

 だが、異変はその直後に起きた。


 ロイドが突然、自分の右腕を押さえて苦しみだしたのだ。


「ロイド、大丈夫?」


 ルッカが心配して近づこうとする。だがロイドはそれを制した。


「くっ……だめだ、近づくな!」


「え――」


 杖を持ったロイドの右手――その手の甲にある傷痕が発光する。

 あれこそ、ロイドが実は偉大な魔術師の子孫である証だ。


「腕が……疼く……!」


 ロイドは自分でも制御できないように苦しみ出す。

 それを目の当たりにしたぼくは――不謹慎にも、興奮していた。


 なんてかっこいいんだ……。


 ぼくも本当は、あんな風に秘められし力を持った主人公になりたかった。


「危ない! 皆逃げなさい!」

 切迫した教師の声が、浮かれていたぼくの意識を引き戻した。


 暴走したロイドの力によって、木の葉どころか巨大な樹全体から根っこから引き上げられ、それがぼくらの頭上にまで浮かび上がっていたのだ。


 ぼくの周りには、驚きと恐怖ですくんでしまい、動けずにいる生徒たちがいた。

 ルッカもそのひとりだった。

 ロイドの主人公らしさに見とれている場合ではない。

 なんとかしなくては。


 ぼくは咄嗟にアルテマロッドを構えた。


 ただ、あの樹を吹き飛ばすには、初歩的な衝撃魔術程度ではまるで足りない。

 かといってそれ以上の強力な魔術など、ぼくは習得していない。


 そうか、魔導書――


 ぼくはすぐにショップから【魔導書】の項目に移動し、また前回と同じく適当に一番上にある商品――つまりを購入した。


 【魔導書アカシックレコード】×1

  合計:666,666,666,666,666ゴルド


  ▼以上の商品を購入しました。またのご利用をお待ちしております。


 妖しい光に包まれた魔導書が浮かび上がり、その頁が開かれる。

 それは禁忌の闇の魔術が記述された、世界最凶最悪の魔導書。

 ぼくはアルテマロッドを頭上にかかげ、必要な魔術を詠唱した。


「《ディメンション》!」


 杖先から黒い奔流が伸び、頭上の大木の姿を飲み込むと一瞬にしてかき消した。

 辺りには静寂と、はらはらと舞い散る木の葉だけが残った。


「い、一体これは……。オネス・リバーボーン、あなたはなにをしたのですか?」


「あ、《ディメンション》で、樹を亜空間に飛ばしました」


「!? そ、それは……! ままま、まさか、闇の魔術では……!?」


「あ、やばっ、そうでした……」


 闇の魔術は、あらゆる魔術系統のなかでも最大の禁忌とされている。

 当然、学園の生徒が教わるはずもないし、ましてや使えるはずもない魔術だ。


 あまりの事態に卒倒した教師を、ぼくはあわてて介抱する羽目になった。


  ▼クラスが第6ランク【宮廷魔術師】から

       第9ランク【大魔導士】に変化しました


 大魔導士って……まだ魔術学園に入って数日なんだけど……。

 オネス的にもうこれ以上は強くならなくていいと、ぼくは自分自身に願うのだった。

  

 *


 教師たちに言い訳を並べて誤魔化すことで、その一日は終わった。

 疲労困憊して夜遅くにゲットークラスの寮に帰り、テラスから学園を取り囲む湖をぼんやりと眺めていると、誰かの気配がした。


「オネス、帰ってたんだな」


 声をかけてきたのはロイドだった。


「ああ、うん。ロイドこそ、まだ寝てなかったの?」


「オネスに礼を言いたくてさ」


「え……」


「今日は助けてくれて、本当に助かったよ。オネスがいなかったら、俺はどうなってたか……君と一緒のクラスになれて、心の底から感謝してる」


「ロイド……」


 ロイドはあの爽やかスマイルで、ぼくの前に拳を掲げて見せた。


「オネスは、俺の最高の友達だ」


 まさか金持ちキャラのオネスが、こんな風に主人公から認められる日が来るなんて。


 ぼくは不思議な感動をかみしめながら、少し遠慮がちに、ロイドの拳に自分の拳を当てるのだった。

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