転生したらマシュマロだったっちゃ

「おまたせー」

 彼女がドアから出てきた。フード付きの長いパーカーから足が伸び、素足のままミュールをつっかけている。

「あ、うん……」

「変?」

「変じゃない」

 戸惑いながら立ち上がるシューマの腕を取り、歩き出した。

「……思ってたより、おばさんだったかな?」

 すさんだ生活からくるくすみが目の下にあったが、おばさんと呼ばれるような年齢でも外見でもなかった。

「そうじゃない。慣れてないだけ」

「じゃあ、くっついちゃおっかなあ」

「もうくっついてるじゃないか?」

「そうだったね」

 彼女は笑った。腕からぬくもりが伝わってきた。

「オレ、シューマ」

「わたしは、まさみ」

 彼女ははちきれそうな笑顔でシューマを見た。


 まさみはシューマをファミレスに連れて行った。

 腹を空かせていたシューマは、いくつも料理を平らげた。

「何人分食べるのよ?」

 まさみは目を見開いて、豪快な食べっぷりをうれしそうにながめていた。


「ふう。こんなに食べたのは生まれて初めてだ」

「お腹いっぱいになってくれてよかった」

「ここは豊かな世界なんだな」

「まるで別の世界から来たみたいな言い方ね」

「………………」

「ねえ、このあとどうする? うち……来る?」

「食べ物はあるのか?」

「ふふ、食べ物のことばっかりね」


 腹がふくれると、シューマは上着のポケットに本を入れたままだったことを思い出した。返そうとして手に取った――その時、まさみが小さく悲鳴をあげた。

「キャッ! ゴ、ゴキちゃん……」

 テーブルの端に黒い虫がいて、長い触角をニュゴニュゴと動かしていた。

(ただの虫じゃないか?)

 シューマは捕まえようと手を伸ばしたが、

「ダメよ!」

 と、まさみが制止した。

「毒でもあるのか?」

 そう言いながら、シューマはついさっき本で見た絵を思い浮かべた。すると、シューマの身体がふかふかのマシュマロに変容した。身を縮めながら、黒い虫を包みこむ。そして、ポロンと転がった。

「……シューマ君?」


 ソファの上に『転生したらマシュマロだったっちゃ』があった。マシュマロに転生した主人公が、モンスターを取り込みながら能力を高め、宇宙生命体の襲来に備える話だ。

 マシュマロはしばらくピョンピョン飛び跳ねていたが、やがてシューマの姿に戻った。


「なにが起きたんだ……?」

「シューマ君。退治してくれたのはうれしいんだけど、ゴキちゃんを食べるのだけは、もうやめてね」

「う、うん」

 シューマがうなずいたのを見届けて、まさみは顔を崩した。

「すごいことできるんだね! 感心しちゃった。シューマ君て、ホントに別の世界から来たんだね」

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