図書館「カクヨム」

五味千里

図書館「カクヨム」

 夢の最中、私は図書館にいた。雰囲気はレトロを基調としており、焦げ茶色のアンティークに仄暗いランプの灯りがよく映えた。図書館というよりも純喫茶の感じだったが、何となく私はそこを図書館と信じていた。

 私は入って左手にある受付に向かい、注文を取る。


「五味様、新しくレビューが入ってましたよ」


 受付の女性が朗らかに言う。


「ああ、そうですか。ありがたいなあ。後で確認します」


 私はいつもの調子で答えた。笑顔を作りきれない、はにかんだ表情だったと思う。


「それで、注文は? 」と受付。


「何か、更新とかありますか」


「ええ。××××さんと、×××××さんが新作を出したそうです」


「じゃあ、それを一冊ずつと、ブレンドコーヒーの、シティを」


 私がそう言うと、受付はカウンターの中から二冊、本を取り出した。コーヒーは後で届けるらしい。

 ここにはプロ作家の本が殆ど置いていない。その代わり、そこを利用する客が書いた本を読める。私も何度か書いたものを出して、並べてもらった。


 私は借りた二冊を抱えて、木の丸テーブルの席に座る。左隣には薄い一冊が置いてあって、私は持ってきた二冊よりも先にそれへ目を通した。

 表紙には、「menew」と綴られていた。メ・ニュー? と私が疑問に思いながら中を見ると、いくつかの不規則な文字列と右の空白、そして貨幣マークと三桁の数字が書いてあった。そこにきてようやく私は、「menew」が「menu」だとわかった。

 それは酒場のメニューだった。意味不明に思えた文字列も、よく読めばただのローマ字表記になっている。恐らく、設定集の一つだろう。

 メニューのスペルミスがあったものの、よく出来た設定集だった。品の種類も値段の設定も自然だ。そしてなによりも、酒場のメニューまでも考えているその熱心さに感心した。


 しかし私は、それを充分に読み進めることなく閉じた。後ろから友人の声が聞こえたからだ。奥付を見て、作者名を記録しようとしていたところだった。私は振り返り立ち上がって隣の四角いテーブルへ向かう。

 すると、パタッと背の方から音が聞こえた。首だけ向けると先の本が落ちていた。私が立つ時に落としたらしい。私はきびすを返して取ろうとすると、すでに一人が拾っていた。

 少年と青年の間くらいの、若い男だった。彼は落ちた本をじっと見つめた後、背負っていた黒いリュックにそれを詰めた。哀しみと切なさと怒りの混ざった瞳で、私は彼が作者なのだとわかった。

 私は何も言えなかった。何か言うことが、彼の神経に無作法に触れると思った。嫁に出した我が子がぞんざいに扱われた、そんな目つきだった。


    ◆◇◆◇◆◇◆◇


 四角いテーブルの席に座った私は、暫く書きもせず読みもせず、ただ呆けて館内を眺めていた。

 この席からは、広い館内の様子がよく見えた。表紙裏の感想欄を熱心に書く者、自ら立ち上げた企画のポスターを壁に貼る者、様々な形で図書館を利用していた。音としては静かだが、画としては賑やかだった。

 

 しかし、その画の隅っこで二人の男が言い合いをしていた。一人は三十代の屈強な風貌で、もう一人は先の「彼」だった。

 最近の本館では時折見る光景だった。館が主催するコンテストも終盤に差し掛かり、利用者の多くが殺気立つか、怯えたような様子だったため、そういういざこざもある。

 言い合いと言ったが、二人の会話はどうやら一方的だった。屈強な男は彼に何やらまくし立ててる。一方の彼は目に涙を浮かべ、ぽつりぽつりと反論しているが、多分届いてはいない。

 

 言い合いは十分ほど続いたが、状況はより熾烈を極めていた。屈強な男がより強い言葉を吐き、彼は俯いて何も言わなかった。

 男は当初、「お前のためだ」と言っていたが、いつからか「辞めた方がいい」に変わっていた。そして、「つまらない」という言葉も、「時間の無駄」に変わっていた。

 そうして、ひとしきり言葉を放った後、男は角の席を離れ、また別の本を読みに行った。彼は暫くの俯きの後、重く苦笑し、館を出て行った。感情の入り混じったあの瞳が、ただ悲哀の一色に染まっていた。


 私はどこか気になって、受付に行き、彼の名前と、ついでに男の名前も訊いた。受付は男の名前だけ答える。私が「なぜ? 」と尋ねると、受付は一言だった。


「あの方はもう、本館の利用者ではありません」


 私の心に、どこかやりきれない虚しさだけが轟いた。


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図書館「カクヨム」 五味千里 @chiri53

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