ざまぁ回。17話。イルティア姫がボクの奴隷となる

「悪いがボクの望みは、王家を廃することだ。お前みたいなヤツが二度と現れないようにな」


 すげなく言うと、イルティアは絶句した。

 

 彼女は助けを求めるように視線をさ迷わせる。やってきたエリザと目が合うと、まくし立てた。


「エリザ! お前は私の騎士でしょ!? こ、この裏切り者! 助けて、今すぐ助けなさいよ!」


 エリザは黙ったまま応えようとしない。


 まったく、イルティアのヤツ。自分が先にエリザたちを裏切ったクセに何を言っているのだか……

 

 イルティアは自分が処刑されることに、だんだん実感が湧いてきたのだろう。恐怖に身を震わせ、やがてポロッと涙をこぼした。

 たが、怖じ気を振り払うように、キッと目を釣り上げて叫ぶ。


「わ、私は女神の眷属! 聖なるアルビオン王家の血を引く王女にして、第一王位継承者! この国の次期、女王なのよ! そ、その私を殺す? そんなことが……そんなことが許される訳がないわ!」


「黙れ! ルカ姫様の御前で、なんと無礼な!」


 イルティアを拘束した聖騎士が、ヤツの口を押さえつける。

 そのまま猿轡をかまされ、彼女は口もきけないようにされた。


 イルティアは涙を流し、なおも必死に何かを訴えようとするが、くぐもった声にしかならない。


「ルカ姫様。このエリザ、たってのお願いがございます。ご無礼、平にご容赦を……」


 エリザが神妙な面持ちで、ボクの前に立つ。彼女はボクの耳元に口を寄せ、ボクにだけ聞こえる声音で告げた。


「どうかイルティア様の命を助けてはいただけないでしょうか? 私は元々、イルティア様の魔法の教師として、王家に仕えておりました。世のため人のために魔法を使うようにと、教えてきたつもりでした……」


 ボクは驚いてエリザの顔を見る。

 エリザは、イルティアこそ本物の王女だと見抜いていたのだ。


「無論、これほどの破壊と殺戮を行ったのです。イルティア様は、罪をあがなわくてはなりません。

 このエリザは奴隷契約の魔法もおさめております。イルティア様をルカ様の奴隷とし、御身を守護する盾となさって、いただけないでしょうか?」


 奴隷契約の魔法とは、主従関係を強制する魔法だ。双方の同意によって成立し、いったん契約が結ばれれば、主が契約を放棄しない限り、どちらかが死ぬまで解除されることはない。


 奴隷となった者は、主を神のごとく崇拝し、絶対服従することになる。

 これは精神的な死を意味し、死刑より過酷な刑罰と言われることもあった。


「……イルティアがボクの奴隷になることに同意するかな。それこそ死を選ぶんじゃ」


「このエリザが必ず説得して、ご覧にいれます!」


 エリザが力強く胸を叩く。


「わかった。イルティアがボクの奴隷となるなら、オーダンの人たちも、ぎりぎり納得してくれるハズだ」

 

 エリザはボクが偽物の勇者と知りながら、ボクに味方してくれた。その想いにボクも応えなくてはならない。


 それに戦力は多いにこしたことはない。

 イルティアは勇者と魔王の力を合わせ持つ。この世界で最強クラスの存在だ。

 兵力の劣るボクにとって、王家打倒の切り札となるだろう。


「ありがとうございますルカ姫様。あなた様の慈悲深きお心に感謝いたします!」


 エリザは深々と頭を下げる。

彼女はイルティアに近づき、何事か語りかけた。


 恐怖に目を泣き腫らしていたイルティアは、驚愕に固まる。猿轡を解かれると、イルティアは大絶叫した。


「嫌よ! 絶対に嫌! 王女である私が! 女神の化身とも言うべき勇者の私が……ルカの、平民の奴隷になれですって!?」


「あくまで誇り高く王女として死にたいとおっしゃるなら……このエリザがイルティア様を冥界に送って差し上げます」


 エリザは剣を抜き、イルティアの首筋に刃を添える。


「……ひっ! ほ、本気なの!? お前、本気なのエリザ!?」


「イルティア様。ルカ様こそ、心清き真の勇者。決して無体な扱いはされないでしょう。

 どうかルカ様の元で、真の勇者とはいかなる者か、学んではいただけませんか?」


「い、嫌よ! 何が真の勇者よ! 愚民どもに仕えるだけのクソみたいな存在になれっていうの!?」


「では。どうかお覚悟を……!」


「はっ、はぅ! ……わ、わかったわ! 奴隷になる。ルカの奴隷になるから許してぇえええ!」


 エリザが剣を振り上げると、イルティアは己の運命を決める致命的な一言を発した。


「わかりました。では奴隷契約を結びますので、私の言葉を復唱してください」


 エリザがイルティアに小声で何やら語りかける。


 イルティアは屈辱に肩を震わせ、低く嗚咽をもらした。涙で美しい顔がグショグショになっている。


 王女として、蝶よ花よと育てられてきたイルティアが、見下していたボクの奴隷になるというのだ。


 憐れをもよおす姿だったが……

 大罪を犯した彼女が生き延びる道は、これしかないだろう。


「こ、この私……イルティアはルカ様の卑しい奴隷でございます。しょ、生涯の忠誠を捧げ、いかなるご命令にも喜んで従います。ど、どうかお側に置いてください」


 声を震わせながら、イルティアは誓約を発する。


「それではルカ姫様。イルティア様の頭を踏み付け『我が奴隷となることを許す』と宣言してください」


 動けないイルティアは、エリザの手によって地面に這いつくばされた。

 少女を足げにするなど多少、抵抗があったが、契約に必要ならば仕方がない。


「……我が奴隷となることを許す」


 ボクはイルティアの頭に軽く足を乗せて、つぶやいた。


「ルカ様いけません! これは主従を決める魔法儀式です。もっと力強く、イルティア様、あ、いや……この罪人イルティアめの頭を踏み付け、顔面を地面にめり込ませてください。奴隷として扱うのです」


「そ、そうかっ……」


 イルティアがやったことを思えば、これも仕方がないか。

 ボクらの周囲を取り囲んだ民衆は、死刑を望んでいるのだ。


「イルティア、我が奴隷となることを許す!」

 

 ボクは目を閉じて、イルティアの頭を思い切り踏みしだいた。彼女は泣いているのか、その頭は小刻みに震えていた。


 その瞬間、イルティアの右手に奴隷の紋章が刻まれた。

 王女イルティアは、自らの意思でボクの 奴隷となったのだ。

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