第3話 笑顔を守るため 


 ハンターギルドで登録をしてから4日が過ぎた。

 登録の後、得体のしれない熱狂に晒された人たちから逃げるように脱出したが、その後もギルド内では熱いソウルメイト達が仲間を増やし、誓うことが流行になったらしい。

 街中でも『誓う』、『ござる』などの言葉が時折聞こえてくる様になり、一般市民にも広がりを見せていた。

 タックとグウェンさんは非常に満足そうにしていた。


 その後はクラン員募集会まで特にすることもなくなってしまったので、王都観光や日々の鍛錬に明け暮れていた。

 そして今日はまた昼食を食べに屋台へやってきた。


「おっちゃん! 串焼き買いに来たのだ!」

「お、おぉ、お嬢ちゃん。いらっしゃい! 今日は何が食べたい?」

「今日はちゃんと自分たちで買うのだ。 でもどれもこれも美味しそうで迷っちゃうのだー」

「そうかい。ゆっくり選んでおくれよ」


 そう言っておっちゃんは視線を下げ、具材に串を打つ作業に戻った。


「む? おっちゃんどうしたのだ? なんだか元気がないのだ」

「そ、そんな事ないぞ! おっちゃんはいつでも元気だ!」


 がっはっはと笑って誤魔化しているが、確かに元気がなく疲れたような顔をしている。


「うーん、やっぱりなんか変なのだ。この前と全然違うのだ」

「……お嬢ちゃんには敵わねえなぁ……」


 そういうと、悲しそうな顔でぽつりぽつりと話し出した。


「実はな、前にお嬢ちゃんと同じくらいの娘がいるって言っただろ? その娘の事でなぁ……」

「どうしたのだ? わたしたちに出来る事なら手伝うのだ。話してみるのだ」


 プライベートな問題にグイグイ踏み込んでいくのはグウェンさんだから許される事なんだろうなぁ……。


「お嬢ちゃんたちはお告げで力を授かった人たちだろ? おっちゃんは力を授かっていないんだよ。おっちゃんの奥さんや親せきも授かったという人はいないんだ」

「そんなの気にすることないのだ。そういう人が殆どなのだ」


 お告げ自体はおそらく全国民が受けているが、力を授かったのは1~2割だと思われる。


「そうなんだよ。でも娘のクラスでは力を授かった家族や親せきがいるみたいでな。『父上がハンターギルドに登録するんだ~』とかみんなで自慢し合ったりしているらしいんだよ」

「中にはそういう子もいるのだ。子どものすることなのだ」


 グウェンさんが腕組みをしながらウンウンと相槌を打つ。


「そう、子どものする事なんだけどな。でも、どうやら身近にハンターがいないということで、うちの娘が色々と嫌なことを言われているみたいなんだよ……」

「なんでそうなるのだ? 誰が力を授かっても関係ないのだ」

「お嬢ちゃんの言う通りだ。でも娘が『なんでうちには力を授かった人がいないの? 魔物が来たら私は守ってもらえないの?』って泣いてなぁ……。そんなことないんだって言っても、『ハンナの所は守ってくれる人がいないって言われた』ってもうすっかり落ち込んじまって……」


 力の有無で差別をすることは国王からのお触れで禁止されているし、実際にはそんなことはない。

 ただ、子どもの言うこととはいえ、何とかしてあげたいな。


「よしわかったのだ。案内するのだ!」

「案内? どこにだい?」

「そいつの所なのだ! そんなことを言っている奴はボッコボコにしてやるのだ!」

「ちょちょちょ、気持ちはわかるけど落ち着きなさい」


 グウェンさんの怒りがいきなりピークに達したので慌てて止めに入る。

 なんてデンジャラスな人だ。


「そんな奴は一度痛い目を見ないとわからないのだ!」

「子ども相手にいきなり暴力に訴えてどうするんですか……」

「でもほっとくわけにはいかないのだ!」


 確かに放ってはおけないけど、ボッコボコにするのはもっとまずい。


「うーん……。とりあえず娘さんに安心してもらって、子どもたちにも注意できればいいんですよね」

「あ、あぁ。そうなんだが、どうしたらいいものかおっちゃん分からなくてな……」


 おっちゃんがしょんぼりする。


「俺たちがいるんだし、俺たちが知り合いってことにすればいいんじゃないか?」


 タックが珍しくまともなことを言う。

 それが一番手っ取り早いので即採用とした。


 ◆


 今更だけど、改めて自己紹介をした。

 おっちゃんはヒト族でジェイクといい、王都で長らく串焼き屋をやっているとのことだ。

 奥さんは猫人族で、娘のハンナちゃんは奥さんの血を濃く引いているらしい。

 そして今年7歳になり、王立初等教育学院に通い始めた1年生のようだ。


 今回の件に関しては「身近に力を授かった人がいない」という理由でいじめられているようだ。

 ならば身近に力を授かった人がいればいい。

 ということでオレたちは、『オレの両親がおっちゃんの知り合いだった。両親が亡くなってからは会う機会が減ったが、みんなで王都に来た時に1~2歳くらいだったハンナちゃん頃に会ったことがある。今回はハンター登録のついでに久しぶりに挨拶に来た』というような設定でハンナちゃんに会うことにした。

 血縁ではないが、ハンナちゃんの事を昔から知っているお兄ちゃんお姉ちゃんという役割だ。

 色々穴がありそうな設定だが、このくらいで十分だろう。


 ◆


 授業が終わる時間になり校門で待っていると、ハンナちゃんが校舎から出てきた。

 その横には10人ぐらいの集団がいて、その中心の少年がハンナちゃんに向かって何か言っている。

 ハンナちゃんは一人、俯きながらトボトボと歩いてくる。


「ハンナ!」


 おっちゃんが名前を呼ぶとこちらに気付き、駆け寄ってきた。


「お父さん!? 何でここに?」

「いやー懐かしい人たちが訪ねてきてくれてなぁ。ハンナにも会いたいっていうから連れてきたんだ」


 おっちゃんはさっきの設定を基に演技をしている。

 なかなか自然な振る舞いで上手いじゃないか。


「懐かしい人?」

「あぁ、ハンナは覚えてるかな? この人たちだ」


 後ろにいたオレたちが見えるようにおっちゃんがスッと横にずれる。

 グウェンさんがハンナちゃんの前に現れる。


「こここ、ここ、こんにちはなのだ! ハハ、ハンナちゃんっ、ひさしっ、久しぶりゅなのりゃ!」


 ガチガチに緊張していた。


「こ、こんにちは……」


 挨拶を返しつつもハンナちゃんが困惑しているのが目に見えて分かる。

 そりゃ見たこともない人が突然嚙みまくりで話しかけてきたら誰だってそうなる。


「あぅ……あぅ……」

「……?」


 しかも挨拶の後が続かず、ハンナちゃんも首を傾げて困っている。

 さっきまで『劇団にスカウトされたらどうしよう』とか言っていたくせに、なんてふざけたポンコツなんだ。

 このままだとハンナちゃんがかわいそうだ。


「グウェンさん、ハンナちゃんはきっと覚えていないですよ。あの頃は1~2歳だったんだから」


 もう見ていられなかったので割って入る事にした。


「こんにちは、ハンナちゃん。僕はヴィト、こっちはグウェン、あっちはススリーとタックだよ。ハンナちゃんが小さい頃に会ったことがあるんだけど、さすがに覚えていないよね?」

「は、はい。すみません……」


 謝る必要はないよ。

 だって今日初めて会うんだもの。


「いや、気にしないで。僕たちはお父さんの知り合いで、昔とてもお世話になっていたんだ。ハンター登録の為に王都にやってきたから、久しぶりに挨拶に来たんだよ」

「えっ? ハンター?」

「うん。ハンターはしってるかな?」

「うん、知ってる! お兄ちゃんたちは力を授かった人なの?」


 ハンナちゃんが期待を込めた目でこちらをみてくる。

 耳と尻尾が少し動いていてとてもかわいい。


「そうだよ。この前ハンターギルドに行って事前登録して来たんだ。ハンナちゃんに何かあったら、僕らが必ず助けてあげるからね」


 チラッと子どもたちに視線を向けながらハンナちゃんに語り掛ける。

 リーダーっぽい少年はバツが悪そうに目を逸らした。


「みんなお父さんの知り合いでハンターなの? すごーい!!」


 顔から驚きと喜びが溢れている。

 その後も興奮したハンナちゃんからの質問にみんなで答えていく。

 周りの子にも見せつける事が出来たし、今後はこれで大丈夫かな。


 と、その時。


「あっ! 父上!」


 遠巻きに見ていたリーダーっぽい少年が叫んだ。

 少年が見ている方に目を向けると、30代くらいのヒト族の男性がこちらに歩いてきている。

 オレと同じくらいの身長だがややぽっちゃりとした男性だ。

 やけに表情がキリッとしているのが気になるが子ども迎えに来たのだろう。


「フォルツよ。授業は終わったか」

「はい! 先ほど終わりました!」


 親子とは思えないような硬い表情と口調で話しているが、少年は嬉しそうだ。

 この人がハンターのお父さんか。

 何だろう?

 何だか嫌な予感がする。


 念のためいじめのことを遠回しに一言伝えておこうかなと思っていると、お父さんがこちらに気づき、オレとハンナちゃんに目を向けた。

 目が合ったので一応会釈をすると、お父さんの一瞬表情が固まった。

 続いてグウェンさんとススリーに目を向けていく。

 徐々に口と目が大きく開いていく。

 最後にタックを見て、目と口の開き具合が最大限に達した。


「た、た、た、タック殿!? タック殿ではござらぬか!?」

「いかにも某はタックであるが。失礼、貴殿とお会いしたことがあったでござろうか?」


 嫌な予感はこれだったのか。

 やっぱりこの人も感染者だった。

 めんどくさいな。


「いえ、お話させて頂くのはこれが初めてでござる! 拙者、事前登録の場にて貴殿とディリムス殿のやり取りを拝観し、感銘を受けたモンドというもの者にござる!」

「これはこれは、お初お目にかかる」

「拝観て、宝物じゃないんだから……」


 しまった、つい口を挟んでしまった。


「ヴィト殿! あの光景は後世まで語り継がれるまさに宝物でござる! あの時、あの場所に居られたことを拙者は生涯の宝物にするつもりでござる」

「そ、そうですか。すみません。どうぞご自由に」


 ここ数日でこの手の人は好きにさせるのが一番と学習したので、すぐに引き下がった。


「しかし、愚息を迎えに来てみれば皆様方に謁見出来るとは、夢の様にござる! 本日はいかが為されたのでござるか?」

「あぁ、知り合いの娘さんに久しぶりに会いに来たんですよ。息子さんとは偶然、同じ学年のようでしてね」


 これはチャンスだ。

 お宅の息子さんのことをチクチクッと忠告しておこう。

 その息子は父親の態度に驚いたのか唖然としている。


「おぉ、それはそれは! これも何かの縁。愚息とも仲良くしてほしいのでござる。お嬢さん、お名前は?」

「ハンナです、よろしくお願いします」

「む? ハンナ殿?」


 そいうとモンドさんは息子フォルツ君を見る。

 そして大きく頷きながら笑った。


「そなたがハンナ殿であったか! 愚息からよく話を聞いているでござる! 話の通り可愛いお嬢さんでござるな!」

「えっ?」

「ち、父上……!」


 気を取り戻した息子が慌てて父の手を掴む。


「ハンナ殿には身近にハンターがおらぬ為、何かあったら父上が守ってあげてと何度も」

「ち、父上! 父上!! 早く帰って稽古を致しましょう!!」


 顔を真っ赤にしたフォルツ君が慌てて父を止め、腕を引いて帰ろうとする。


「な、急にどうした? まだ話が」

「いいから! 今すぐ稽古がしたくなったのです! 早く帰りましょう!!」

「そ、そうか、わかった。タック殿、皆様方、お話が出来て光栄でござる。ハンナ殿もフォルツと仲良くしてやってくだされ!」


 そういってフォルツ君に手を引かれて帰っていった。


 なんだ、そういうことか。

 他の子達は分からないが、フォルツ君はハンナちゃんのことが好きなのだろう。

 ハンナちゃんの身近にはハンターがおらず、いざという時に誰も守ってくれないから、ハンターのお父さんに守ってあげるように何度もお願いしていたわけだ。


 要は好きな子をいじめちゃうというアレだったようだ。

 ハンナちゃんも気づいたのか顔を赤くしてモジモジしている。

 その様子を見てタックとススリーも微笑んでいた。

 おっちゃんはホッとしたような悲しいような複雑な表情をしていた。


 とりあえず身近にハンターがいないという理由でちょっかいを掛けられることもなくなったし、一件落着でいいだろう。

 フォルツ君からのちょっかいは別な形で続くだろうが、それは放置で大丈夫そうだ。

 行き過ぎた形になればおっちゃんの出番でいいだろう。


 解決もしたし帰ろうと思ったら、いつの間にか緊張が解けていたグウェンさんが腕組みをしてウンウン頷いていた。


「やっぱり私が思った通りだったのだ。好きだからイジメちゃう。そんなところだろうと思っていたのだ!」


 皆わかっていたけど口に出さない様にしていたのに、わざわざ説明しだした。

 改めてそう聞かされると恥ずかしのか、ハンナちゃんは更に顔を赤くして俯いている。

 というかまずボッコボコにしようとしていた奴が言う台詞ではない。


「お、グウェンさんでもわかるのか?」

「タックは失礼な奴なのだ。私くらいになると男心なんて丸わかりなのだ」


 やれやれと両手でポーズをとりながら大きく息を吐いている。


「すごいなー。グウェンさんは恋愛経験豊富なんだなー」

「当然なのだ」


 また腕組みをして偉そうにウンウン頷いている。


「へー初耳ね。じゃあ今夜はぜひその経験談を聞かせてもらおうかしら。ね、ヴィト?」

「そうだね。今後の参考にゆっくりと聞かせてもらおうか」

「あ、いや、ちがうのだヴィト」

「あら? 嘘だったのかしら?」

「べ、別に嘘じゃないのだ」


 慌てふためくグウェンさん。


「経験豊富なグウェンさんからアドバイスをもらったら俺にも彼女も出来るかもしれないな!」

「そうだね。ぜひ教えてもらおう」

「教えないのだ! 絶対教えないのだ!」

「減るものじゃないしいいじゃないの」

「と、トップシークレットだからダメなのだ! 話したら大変な事が起こるのだ!」


 グウェンさんを揶揄いながら宿まで歩いていく。

 ハンナちゃんもお父さんと手を繋いで楽しそうにしている。


 やがて分かれ道に差し掛かり、改めておっちゃんが頭を下げてくる。

 ハンナちゃんもまたねーと大きく手を振ってくれた。


 長くなり始めた影を連れてゆっくりと歩いていく幸せそうな背中を見送りながら、この光景を守っていくのがハンターなんだと胸に刻みこんだ。

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