第四章

第20話 初めての依頼


 リーベラさんが<フォーステリア>に戻った後、オレは3人に囲まれて正座をさせられ、日が変わるまで『胸など害悪である』、『小さければ小さいほどいい』などと復唱させられていた。

 ずっと同じ言葉を繰り返しているとそう思えて来るから不思議だ。

 これが洗脳という奴なんだな……。

 ただ、解放されて眠りについた時、リーベラさんのいい夢を見てしまったので、あまり効果はなかったようだ。


 それ以降も、リーベラさんとは召喚でこちらに来れない場合も定期的に連絡は取り合っていた。

 <ワームホール>を作り出す技術はまだ不完全なようで、今はまだ魔族が通る事は難しいらしく、魔狼を送り込むことで精一杯の様だ。

 因みに魔狼などの魔物はこちらで言う野生動物のような感じらしい。

 

 ただ、<ワームホール>の発生頻度は増えており、王都やティルディス周辺でも1日に1~2つは確認されるようになった。

 しかし、魔狼はブラッドウルフと名付けられてDランクに位置づけされ、人数と連携にしっかり対処できれば同ランクでの討伐が可能となったことから、オレたちの出番は殆どなくなってしまった。

 それに関しては巡回部隊がしっかりと機能しており、各クランも積極的に動いてくれるからなので、非常に喜ばしいことだった。

 

 唯一、サフランという村の近くで<ワームホール>が生じた際は、発生場所が村に近く、襲われる可能性があるとの緊急連絡が入り、一刻を争う事態だったのでオレたちが討伐に向かった。

 到着した時にはブラッドウルフが18匹おり、倉庫前に陣取った巡回部隊の4人を取り囲んで、今にも襲わんとしている場面だった。

 ススリーが最近改良した火魔法を群れの中にぶち込んだ時点でブラッドウルフは半壊し、残りの敵をオレとタックで切り倒していったので、あっという間に討伐できた。

 <ワームホール>も“空間途絶ホール ディスラプション”で閉じることが出来たので、村人や巡回部隊にも、もちろんオレたちにも被害もなく終えることが出来た。

 

 ブラッドウルフの生態研究や素材加工技術も進んできて、ブラッドウルフレザーの装備を身に着けるハンターも多くなってきた。

 討伐報酬は魔物の状態にもよるが、1体あたり銀貨1枚以上になることから、討伐機会さえあれば生活の方も十分に成り立つ水準だった。

 また、巡回のみではどうしてもカバーしきれない部分があるため、街や村の安全の為に、住民からクランに依頼が出来るシステムもできた。

 多少お金はかかるものの、労働時間帯や収穫期などの安全を保つことが出来るため好評だったし、報酬を払ったとしても、その間村に滞在して宿代や食事などでお金を使ってくれるため、そこまで大きな損失にはなっていないようだった。


 俺たちは王都での会議の際に遭遇したブラッドウルフと親玉の報酬で、金貨30枚の報酬を得ることが出来たので、しばらくはお金に困る事もなかったが、それぞれの仕事は続けていた。


 魔物の脅威を感じつつも、皆の頑張りで変わらぬ生活を送っていたある日、日課の情報集めの為にハンターギルド ティルディス支部に立ち寄った時の事だった。


「お願いします! お姉ちゃんを助けて下さい!」


 カウンターで5歳くらいの女の子が泣きながら訴えている。


「気持ちは分かるし助けてあげたいんだけどね、クランに依頼する場合は報酬を出さないといけないの」

「お小遣い持ってきました! これでお願いします!」


 そういうと袋から銅貨を取り出した。

 15~6枚だろうか。

 子どもが持つお金としては十分大金だが……。


「うん……、お嬢ちゃんあのね、これだと少し足りないの……」


 受付のお姉さんもギルドとしてこの報酬で受けるわけにはいかないが、無下に断る訳にもいかず、困っている様子だった。


「またお小遣いを貯めて持ってきますからお願いします!」


 周りの人も何とかしてあげたいけど、どうにもできないという表情だった。


「何があったんですか?」


 近くにいる職員さんに聞いてみた。


「あの子のお姉さんが魔物に襲われて大けがをしたらしくて……。お医者さんでも治せなくて、お姉ちゃんは外に出られなくなっちゃったって。それでお姉ちゃんを治して魔物も退治してほしいと……」

「魔物退治ならギルドが動いてもいいんじゃないの?」

「あの姉妹はティルディスから西に40㎞ほど離れたブロックホーンという村に住んでいたのですが、実は2週間前に要請を受けて既に巡回部隊が調査に向かっていたのです」

「あ、もう行っていたんだ」

「はい。でも魔物も<ワームホール>も見つからなかったんです。それで引き返した後に、また村から魔物が出たと報告があったので、1週間前にも巡回部隊が向かいました。しかしまたしても何も見つからず、引き返した後にご両親とお姉さんが襲われたようで……」


 <ワームホール>がないのに魔物に襲われるという事は討ち漏らした魔物だろうか?


「そして3日前、クランにも要請し、巡回部隊と討伐部隊が再度向かいました。しかし、やはり魔物も<ワームホール>も見つかりませんでした。被害は出ているものの、これ以上一か所にハンターを集中して派遣するわけにもいかず、高ランクのハンターに特別依頼を出すべきかとギルドでも協議中でして……」

「なるほど。……ご両親はどうなったんです?」

「残念ながら……」

「そうか……。分かった。じゃあオレが話を聞きますよ。」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 泣きながらも食い下がる女の子の傍に行き、目線を合わせるように屈んで話しかける。


「こんにちは。僕は“ブルータクティクス”というクランのヴィトって言うんだ。お名前を伺ってもいいかな?」

「初めまして! ブロックホーン村から来ました、リルファです。7歳です! よろしくお願いします!」


 涙を零しながらもこちらを向いてしっかりと挨拶をしてくれた。


「初めまして。リルファちゃん、よろしくね。よかったらお兄ちゃんにお話を聞かせてもらえるかな?」

「本当ですか!? お願いします!」


 ほぼ直角になるくらいに腰を曲げ、頭を下げてお礼を言っている。

 しっかりとした良い子なんだな。


「ちょっとお話を聞ける場所を貸してもらえませんか?」

「はい! ただいまご用意致しますね! リルファちゃん良かったわね! ヴィトさんに任せておけば大丈夫よ!」


 あまり期待値を上げないでほしかったが、彼女もギルドで受けれないことを申し訳なく感じていたのだろう。

 すぐに応接室を準備してくれたので、飲み物をお願いしてリルファちゃんと向かい合って座る。


「じゃあリルファちゃん、僕は受付での話を詳しく聞いていないから教えてもらえるかな? リルファちゃんはギルドに何をお願いしに来たのかな?」

「はい。リルのお姉ちゃんの怪我を治してほしいのと、魔物を倒してほしいんです!」

「わかった。まず、お姉ちゃんの怪我の事を聞かせてもらえる? どこにどんな怪我をしたのかな」


 リルファちゃんはガクッと項垂れて泣きそうな顔をしていた。


「左側のほっぺの所から引っかかれたみたいな傷が出来てるんです……。お医者さんも治療にはお金がかかるし、もしお金があったとしても完全に元通りにすることは出来ないって言われました」

「顔の怪我は辛いね……。他には怪我はないかな?」

「手とか足にもあると思います」

「わかった。後はどんな魔物だったか分かる? どこで襲われたのかな」

「畑のところだったみたいですけど、リルは見てないのでわからないです。お父さんとお母さんとお姉ちゃんが畑に行って、リルは留守番していたら隣のおじさんが大変だって教えてくれて……」


 小さな肩を震わせてまた涙を零すリルファちゃん。


「辛いこと思い出させてしまったね。ごめんね」


 隣に移動して頭を撫でながら落ち着かせる。

 こんな小さな子が辛い中お姉ちゃんの為に行動しているのだから、何とかしてあげたい。


「よし、リルファちゃん。まずお姉ちゃんに会いに行こう。」

「えっ? でもお姉ちゃんは誰とも会いたくないって……」

「でも会って傷を見てみないと治せるかどうかもわからないからね。ただの傷だったら治ると思うんだけど」

「治りますか!?」

「見てみないとわからないから、まずは会ってからだね。お家はどこ? 今日はブロックホーンから来たの?」

「今はティルディスのおじさん、おばさんの家に泊まらせてもらっています……。でもそんなに大きくないお家でお姉ちゃんもお部屋から出てこれないから……」


 また表情が暗くなる。

 肩身の狭い思いをしているんだろうな。


「わかった。じゃあまずはそのお家に行こうか。リルファちゃん、案内してもらえるかな? あ、折角だからこのお菓子も持って帰っちゃえ!」


 手つかずのままだった、職員さんが出してくれたお菓子をリルファちゃんのカバンに詰め込むと少しだけ笑顔が戻った。

 職員さんには後で別なお菓子を差し入れしておこう。


 受付の人にお礼と経過を簡単に伝え、リルファちゃんが居候をしている家に向かう。

 手を繋ぎリルファちゃんの歩幅に合わせてゆっくり歩く。

 リルファちゃんは真剣な表情で辺りをキョロキョロと見渡しながら歩いていく。

 慣れない街で迷子にならないように気を張っているのだろう。

 時折迷いつつも、20分ほど歩いて家に着いた。

 住宅街にある一般的な家庭の家だった。


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