第3話 火の用心

 目の前に広がるのは雲一つない青空と白い大地……ではなく、見慣れた木材の天井だった。

 寝たまま顔だけを左に向けると、薄手のカーテンは朝陽を遮り切れていないようで、開けなくても天気の良さが見て取れる。

 家の横に生える木にとまった鳥たちも朝から元気そうに鳴いているのが聞こえた。


(あれ? やっぱり夢だったのかな?)


 タックと食事をしたあと、家に帰って眠りについた。

 その後、神様に話しかけられ、別次元に魔族の世界<フォーステリア>が存在する事、ワームホールという穴があり、それを使って魔物たちがミリテリアに侵攻しようとしていること、それを防ぐために神様が力を授けてくれることなど、いつもはすぐに忘れる夢の内容もしっかりと覚えている。


 ベッドから出て手のひらや身体などを確認したり、顔を触ってみたりするが、特別身体に変化はないようだ。

 やはり夢だったのかと思った瞬間、大事な事を思い出した。


「あっ、魔法……」


 神様は様々なスキルを授けると言い、魔法も使えるようになると言っていた。

 魔法が使えればあれは夢じゃなかったことになる。早速試してみよう!


「……って、魔法の使い方聞いてない……」


 どうやって使えばいいんだ!?

 呪文とか魔法陣みたいなものがないとダメなのか?

 肝心なところを聞くのを忘れていた。

 他に何か言ってなかったか? んー。

 神様との会話を必死に思い出す。


「固定観念に捉われてはいけない、魔法を使うのに重要なのはイメージや感覚だって言ってたな」


 魔法のイメージ……。

 パッと思いついたのは手のひらの上に火の玉のようなものが浮かんでいるイメージだった。


「火の玉のイメージ……火の玉のイメージ……」


 ぶつぶつと呟きながら右手の手のひらを上に向け、その上に火の玉が浮かぶようなイメージをする。

 何となく手のひらがムズムズするような感じがするが、火の玉は出てこない。

 でも何となく惜しい気がする。


「だめか~。でも惜しい気がするなぁ。どうするんだろうな」


 なかなか難しい。

 ちらっと竈の方を見る。

 普段火を使う際は種火から火を大きくするが、種火がない時は火打ち石から出た火花を火口に乗せ、火種を育ててつけ木に移し……と思い出すだけでも非常に面倒くさい作業だ。

 しかし、実際の火に考えを巡らせたおかげで解決の糸口が見えた気がした。

 まずは火種から火が育つイメージをしてみよう。

 その際に燃料となるのが小説などでおなじみの魔力というやつだ。

 魔力というもの本当にあるのかはわからないが、再度手のひらを上に向けて意識を集中してみる。


 イメージイメージ。

 〈手のひらに魔力? が集まって、手のひらの上に小さな火種が生じ、魔力を元に徐々に火の勢いが増していく〉というようなイメージ。

 次の瞬間、パチッと音がして手のひらの上で火花が飛んだ。


「おぉっ」


 火花が魔力を燃料とし、少しずつ火が大きくなっていく。

 イメージ通りだ!


「おぉぉぉぉっっ」


 手のひらから 5 ㎝ほど上に火の玉が浮いている。

 本当の魔法だ!! 夢じゃなかった!!


「おぉぉぉぉぉうぉおおおお……すごい……」


 高さ10㎝くらいの雫型をした炎が出来ている。

 燃え盛っているが不思議と熱くはない。

 手を動かすとその動きに合わせて炎も動く。

 ゆっくりと竈に行き、細い薪を左手に拾う。

 ゆっくりと燃え盛る炎に触れさせると、パチパチッと音を立てながら薪に火が移った。


「本当についてしもうたで……」


 興奮のあまり言葉がおかしくなる。

 左手に燃える薪、右手に火の玉を掲げ、しばらく感動して見とれていると、一つ懸念が生じた。


「あれ、これどうやったら消えるんだ?」


 消えなかったらどうしよう。

 とりあえず火の玉を見つめながらフッと火が消えるイメージをするとあっさり消えた。


「あっ、消えた」


 消す方は意外と簡単だった。左手の薪も竈に突っ込んでおき、念のためもう一度魔法で火が出るかどうか調べようと、手のひらを上に向けて再度イメージをする。

 今度は先ほどよりも早く火が出た。

 一度見たからイメージがし易くなったのかもしれない。


「よかった。ちゃんと出来るみたいだ」


 次に手のひらに浮かぶ火の玉を竈の薪に移せないか試してみる。

 とりあえず手のひらの上に浮いてはいるが、どう動かせばいいのだろうか?

 手の動きにはついてくるようだが、そのまま竈に手を突っ込むのも怖い。

 なので、竈から50㎝程離れたところに手を置き、火の玉がふわふわと移動していくのをイメージする。


「おっ、いけるか……?」


 火の玉は手のひらからゆっくり移動し始め、竈の中に入っていく。


「頑張れっ……いけっ! ヨシッ!」


 思わず指を指して声を出す。

 しかし、中の薪に触れた瞬間、ブォッと焚口から火が溢れ出てきた。


「ちょっまっ……やばっ! 火事火事!」


 炎の勢いと熱に一歩後ずさる。

 何とかしなければ!

 慌てて火を消そうと考えるが、パニックになりどうしたらいいか分からない。

 ここここんな時こそおおお落ち着かなければならない。

 その時、自身の右側、テーブルの上にあるパンを視界の端に捉えた。


 これだっ!


 ――そう考えた瞬間、感覚が研ぎ澄まされてゆく。

 炎の揺らめきも自身の行動もスローモーションになるが思考の速度は変わらない。

 これがゾーンに入るというやつかもしれない。

 周囲の環境が全て手に取るようにわかる。

 自身の行動の遅さにもどかしさを感じながらも右手にパンを掴む。


 流れるような動きで竈から1.7mの距離に位置を取る。

 左膝を立て、右膝をつき、やや前傾しつつも背筋を伸ばし、左腕は指先までまっすぐ横に伸ばす。

 瞬時に焚口の中、燃え盛る炎の中心部までの距離と弾道を計算する。


 はっきりと視えた!


 右腕を優しく振り、そっと彼(パン)をシャイニングロードに導いてゆく。

 オレの元を離れ、自由を得た彼は美しい放物線を描いて宙を舞い、ゆっくりと回転しながら果て無き道を歩んでゆく。


 揺らめく炎を背景に、幾度か彼から仲間(パンくず)が離れてゆくのが見える。

 まるで彗星から欠片が零れ落ち、夜空に何条もの光跡を残していくかのように。

 しかし、彼は止まらない。

 道半ばにして別れてしまった友の分まで、ただひたすら前へと進んでゆく。

 オレたちの分まで頼む……そんな言葉を背に受けながら孤独な道を歩んでゆく。


 やがて彼の旅路は終わりの刻を迎え、終着駅である焚口の中に吸い込まれてゆく。

 無限に感じられるような時の流れの中、ついに目的地にたどり着いた彼は静かにその身体を横たえる。

 炎は長い旅路を終えた冒険者を称え、優しく抱擁する。

 力尽きた彼は満足したように炎に身を委ね、身体の強張りを解いてゆく。

 疲れ切った身体はもう動かない。

 そして、自身の最後を悟った彼は、黒く小さくなりゆく身体を僅かにこちらに傾け、こう言った気がした。


 “ありがとう”と――


 炎に飲み込まれていったパンをぼんやりと見つめていた。

 竈からパチパチッと音がして、ハッと我に返る。


「………。違うっ!!」


 何してるんだオレは。

 あまりにも慌ててしまい、変なポーズでパンを竈に投げ込んでしまった。

 でも何だか壮大なストーリーを見ていた気分だ。

 当然パンを投げ込んだところで火が消えるわけもなく、ただ、朝食のパンが燃えただけだった。

 彼はもうこの世界にいないのだ。


「とりあえず水!!」


 近くの甕を持ち上げ、中の水を一気に掛ける。

 ジューッという音と共に煙が充満し、嫌なにおいが漂ってくるが、何とか火は消えたようだ。


「あぁ……掃除が大変だ……」


 灰の混じった水が床に広がるが、家が燃えてなくなるよりはマシだった。


「魔法が使えることはわかったけど、練習するときは注意しないとダメだな……」


 掃除をしながら反省する。

 神様にもらった力を使い、いきなりお迎えに来てもらうところだった。

 はい、頑張ります! といった翌朝に「間違って死んじゃいました (テヘッ)」なんて言ったらさすがに神様も許してはくれまい。

 気を付けなければ。

 まず安易に火を扱ってはいけないな。

 火の魔法は屋外で燃えやすいものが近くにないかをしっかり確認してから行うことにしよう。

 今みたいな時のために、水を操る魔法も練習してみるのがいいかもしれないな。

 水ならせいぜい濡れるだけで済むので家の中でも出来るかもしれない。

 他にも色々試してみよう!


 考えながら掃除をしているうちに、あらかた掃除が終わった。

 残念ながら今日の朝ご飯はなくなってしまったし、少し早いけど準備をして仕事に向かうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る