第2話 神様、初めまして

 目の前に広がるのは雲一つない青空と白い大地。

 まるで雲の上にいるかのような光景だった。


「ここどこだ……?」


 一人呟きながら辺りを見回すも延々と同じ景色が続いている。

 綿あめのような地面は風のせいか少しずつ形を変えており、煙のようにわずかに舞い上がっては青空に溶け込んでいく様子が見えた。

 足元に確かな感触は感じられず、不安定さを感じる。


「なにこれ雲の上? 落ちたりしないよな……?」


 昨日はタックと食事をして、ちゃんと自分の家に帰って寝たはず……。

 理解できない状況と不確かな地面を前に身動きすら取れないでいた。


「ふぉっふぉっふぉ」


 突然笑い声が聞こえ、驚きのあまりヒッと声が漏れた。


「怖がらなくても落ちたりせんから大丈夫じゃよ」


 目の前には、髪の毛はないものの豊かな白いひげを蓄え、柔和な顔つきをした老人が立っていた。

 光沢のある白い生地で作られたローブをゆったりと着て、左手には先端が拳大に大きくなった木製の杖を握っている。

 見渡す限り空と雲(?)しかなかった空間に、初めからそこにいたかのように突然現れた。


(なんなのこれ?? どういうこと???)


 老人を見つめたまま声も出せず、頭の中ではハテナが増えていく。


「驚かせてすまないね。ヴィト君だね?」

「そ、そうです、けど……。あなたは?」


 オレの事を知っているようだが、あいにくこちらは見覚えがない。


「儂はこの世界、ミリテリアの神アガッシュじゃよ」


 老人が穏やかに答えた。その答えを聞いて一瞬言葉が詰まったものの、徐々に理解し始めた。


「あー……なるほど。なんだ、夢か」


 そりゃそうか。

 雲の上にいるわけがない。

 でもこれが明晰夢というやつだろうか?

 どうせ夢なら爺さんよりかわいい女神の方がよかった。


「ふぉふぉふぉっ。女神じゃなくてすまんのぅ」


 声に出していない内容に回答が来て驚いた。

 さすが夢だ。


「夢と言えば夢みたいなものなんじゃが、君が考えているような睡眠中に見る願望を示したり情報整理をしたりという意味合いの夢ではないんじゃ」

「え? どういうこと?」


 夢じゃないならなんだというのだろう。

 神様とやらは右手で髭を触りながら穏やかに話を続けた。


「ミリテリアの人々に伝えなければならないことがあっての。寝ているものが多いが起きているものもおるから、各個人の意識に直接働きかけてこういう形で話しかけているんじゃ。現実ではほんの一瞬の出来事じゃが、ちゃんと危険ではない状況にあることを確認して話しかけておるぞ」

「え、本物の神様??」

「うむ。本物じゃ。突然で驚くのも無理はないがな。ふぉっふぉっふぉっ」


 ミリテリアにはいくつか宗教はあり、最も信仰されているのはこの神様と同じ名前の創造神アガッシュだ。

 はるか昔にこの世界を作り出し、人々に勇気と希望を与えて悪を打ち払ったという神話や、世界が滅びる時に救済しに来るというような話は、信仰がなくとも殆どの人が一度は聞いたことがある話だ。

 各地に教会があり、毎週礼拝に通う敬虔な信者も多い。


 オレ自身はあまり信心深い方ではないので、言ってみれば困ったとき、都合のいい時だけ神頼みするようなタイプの人間だ。

 そんな人間のところへなぜ神が……?

 女の子に人気だったことを知り調子に乗ってしまったからだろうか?

 正直、良くも悪くも神様の目に留まる事はしてないと思うんだけど……。


「なぜ神様がオレ、いや、私なんかに……? すみません、何かしてしまったんでしょうか……」

「いやいや、ヴィト君が何かしたから懲らしめにきたとかそういうわけじゃないぞ。心配せんでも大丈夫じゃ。そしてそんなに畏まらなくてもよいからいつも通りにしておくれ」

「わ、わかりました。ありがとうございます。それで、どのようなご用件なのでしょうか?」

「先ほど言ったように、君だけじゃなく、世界の人々に伝えなければならないことがあるんじゃよ」

「な、なんでしょうか?」

「実はな、この世界<ミリテリア>とは別の次元に<フォーステリア>という魔族の世界があるんじゃ。普段は特に影響はないんじゃが、時折、次元の乱れにより偶発的に<ワームホール>という穴ができてミリテリアとフォーステリアが繋がってしまうことがあるんじゃ。その際、その乱れに巻き込まれて、互いの住人が世界を移動してしまうことがあるんじゃよ」


 理解が追い付かず、黙ったまま話を聞いていると神様は続ける。


「ドラゴンや悪魔などの話を聞いたことはあるじゃろう? 他にもミリテリアで神話や伝説などとして語られている怪物や魔物などの多くは、ワームホールを通ってこちらに来たフォーステリアの住人に関連することが多いんじゃ。また、神隠しと呼ばれる現象も向こうに引き込まれてしまったミリテリアの人であることが多いのう。そもそも儂が人を隠すわけなかろうて。プンプン!」


 突然プンプン言われてもさすがに神様には突っ込めない。

 聞こえなかったフリをして疑問を投げかける。


「別な世界に行ったり来たりできるということですか?」


 スルーされてちょっと照れ臭そうにしながら神様は答える。


「そうじゃ。ただ、これまでは偶発的なもので繋がりも一時的なものじゃったから、ほぼ一方通行のようなものじゃったんじゃ。しかし、現在、フォーステリアの魔族が意図的にワームホールを維持、作成する方法を研究し、こちらへ侵攻しようとしているじゃ」

「そうなるとどうなるんです?」

「人類は滅亡する!」

「な、なんだってェー! ヤバいじゃないですか」


 確かに神話のようなドラゴンや悪魔などがワラワラ出てきたら人類は絶滅するかもしれない。

 大変だ。


「うむ。だからこうして皆に伝えに来たんじゃよ」

「今後魔物が襲ってくるから気を付けなさい、と」

「その通りじゃ」

「えっ、伝えられてもどうしたらいいんですか?」

「もちろんただ伝えに来たわけではないぞ。その魔物に対抗する力を与えるために来たんじゃよ」

「魔物に対抗する力……」

「そうじゃ。昔ドラゴンや悪魔がこちらに来てしまった時も、当時の者たちに儂が力を授けて退けてもらったんじゃ。今回もその力を使い、この世界の平和を守ってほしいんじゃ」

「えっ、オレがですか!? 一人で!?」


 世界の平和がかかっているのに一人だったら荷が重すぎる。


「もちろん君だけじゃないから安心してよいぞ。今回は事が事なだけに可能な限り多くの人に力を授けるため、他の人々の適正を部下たちに見てもらっておる。話を伝えるついでにの。もちろん適正によって使える力の強さや種類は異なるけどのぅ。あまりたくさんの人に力を与えるのも憚られるが……そうもいってはおれん状況じゃからのぅ……」


 ホッ……。ちょっと安心した。


「その力はオレも使えるようになるんですか?」

「大丈夫じゃ。キミは過去に儂が力を与えた者と所縁があるようじゃから、極めて適性が高い。きっと強い力を使えるようになる。そして過去に関わりのあった者たちは現在でも形を変えて繋がっておる。その者たちと共に戦ってほしいんじゃ」


 多生の縁というやつだろうか。

 1人じゃないということは心強い。


「でもなぜオレに? オレ戦いなんてしたことなんてないんですけど……。狩りも鹿狩りくらいしかやってないし。ドラゴンや悪魔を見たことは無いですが、お話のイメージのままなら力をもらっても戦える気がしないんですが……」


 戦うどころかケンカすらほとんどしたことがない。

 体力や筋力などに自信があるわけでもない。

 力があるとしても空を飛んだり火を吐いたりするやつとどうやって戦えというのだろう。

 無理な気しかしない。


「力と言ってはいるが、単純な筋力などではなくてな。技術スキルと言った方がいいかもしれんな。剣術や弓術、体術など戦闘のためのスキルもあれば、錬金術、付与術、鍛冶加工など戦闘補助のスキルもあるし、魔法スキルにも攻撃魔法、補助魔法など様々なものがある。個々の性格や適性などに合わせてその種を与えるんじゃ」


 魔法! 心を擽るいい響きだ!


「魔法……! オレも使えるようになりますか!?」

「うむ。君が所縁を持つ者は多くの魔法を使いこなしていたから、君も同様に扱えるようになるじゃろう。また、斥候のようなことも得意としていたようじゃから、君も同じようなスキルを持つ。ただ、所縁はあるとしてもヴィト君はヴィト君じゃ。君にしかできないことも沢山あるじゃろう。固定観念に捉われてもいかんから、自身が思うように力を伸ばしておくれ。特に、魔法を使うのに重要なのはイメージや感覚じゃからな」

「分かりました! 頑張ります!!」


 誰しも一度は憧れる魔法!

 それこそドラゴンや悪魔退治の神話や娯楽小説、冒険小説では定番で、子供の頃は火を噴きだしたり水を操ったりしてみたいと思ったものだ。

 楽しみすぎる。

 あとは斥候かぁ。

 確かに鹿狩りを手伝う時、獲物に気づかれず発見したり、足跡から追跡したりはかなり上手と褒められたなぁ。

 それも関係していたんだろうか。


「もちろん、うまく使いこなせるようになるまでは慣れや訓練が必要じゃが、ヴィト君なら慣れるのも早いじゃろう」

「精進します! あの、ところで、魔物が来るというのはもう確定事項なんですか?」

「ほぼ間違いはないじゃろうな。今後数か月の間に徐々にワームホールが生じ始め、こちらに魔物が出現し始めるじゃろう。初めは不安定じゃから繋がったり途切れたりが続く。サイズも小さいので初めは魔物もそこまで強大ではないじゃろう。その後、時期までは確定できんが、数年以内にワームホールが大きく安定するようになり、本格的に魔物の軍勢が侵攻してくるじゃろうな」

「繋がらないようにはできないんですか? というかそこまでわかってるなら神様が倒しちゃった方が早いんじゃ……」


 神様は少し俯き、申し訳なさそうに話した。


「申し訳ないが神にも制約があってのぅ。直接的な介入ができないんじゃよ……。なので皆に力を与え、乗り切ってもらうしかないんじゃ……」


 神様だから何でも出来るというわけではないようだ。

 決まりがあるということは他にも神様がいるのかもしれない。


「そうなんですね。自分にどこまで出来るか分かりませんが、頑張ります。大切な人がいなくなるのはもう嫌だから」

「君やこれから出会う仲間たちがこの世界を守る要となるじゃろう。大変な事を押し付けてしまうようで申し訳ないが……この世界のためによろしく頼む」


 神様に頭を下げられてしまった。

 慌ててこちらもより深くお辞儀をする。


「そ、そんな神様、止めてください! 事前に知らせてくれたこと、そして自分たちでそれを乗り切るための力を授けてくれること、心から感謝いたします! 自分たちの住む場所は自分たちで守らなきゃですもんね!」

「そういってくれると嬉しいのぅ。それともう1つ言っておきたいんじゃが、フォーステリアの住人全てがこちらに敵対的というわけでもないんじゃ。魔族にもいろいろな考えのものがおる。人間と同じようにのぅ。じゃから、フォーステリアは全て悪などと考えないでほしいんじゃ」

「わかりました。そういう人たちと仲良くなれればいいんですけどね」

「そうなってくれるといいんじゃがのぅ」


 神様は悲しそうな顔で軽く頷いた。

 いつか別世界の住人と手を取り合うことができたら……。

 でも襲ってくるものにはやはり立ち向かわなければ。


「あ、そういえば、仲間になる人は現在も形を変えて繋がっていると仰っていましたが、どんな人なんですか?」

「既に出会っている者もいれば、これから出会う者もおる。おのずと過去の所縁が導いてくれるじゃろうから、楽しみにしているがよいぞ」


 既に出会っている人か。

 タックやススリーだといいな。

 これから出会う人なら気が合う人だといいなぁ。

 一緒に戦うんだしね。


「さて、概ね伝えたいことは伝えられたようじゃが、他に聞きたいことはないかの?」

「多分一杯あると思うんですが……今はまだ考えがまとまらないです」

「ふぉっふぉっふぉっ。それもそうじゃな。もし何か用件があれば教会で祈ってみておくれ。いつでも対応できるわけではないが、可能な限り答えよう」

「ありがとうございます」

「人々も最初は戸惑うじゃろう。世界のあり方も大きく変わるかもしれん。しかし、君たちならば正しく力を使い、平和なミリテリアへ導いてくれると信じているぞ」


 平和なミリテリアのため……。

 改めて考えると、自分だけじゃないとしても、世界の行く末が自分の両肩にのしかかっていると思うと、少し怖くなってきた。

 本当にオレに出来るんだろうか……。


「世界のために! と、そんなに気負いすぎなくてもよいからの。君が大切な人、身近な人のために頑張ってくれれば、それはおのずと世界の平和につながるからの」


 やはり神様はオレの心を御見通しだった。

 全て自分が、じゃなくていい。

 頼れる仲間もいるみたいだし、自分に出来る範囲で頑張っていけばいい。

 少し肩も楽になった気がする。


「ありがとうございます。正直、世界のため……なんて想像もつかなくてプレッシャーに感じてきてました……。でも、まず身近な人やこの街のために頑張ることなら出来そうです!」

「うむ。それでよい。よろしく頼んだぞ。それではまたの」


 神様は再度優しく微笑んだ。

 徐々に神様の姿と雲の上の世界が薄れてゆき、オレの意識も眠るように遠のいていった。

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