第34話 対決宇宙海賊7

 もう助からない。この高さで落ちて生き残れるわけがない。


 眼下に広がる森を埋め尽くしている木だけでも10メートル以上はあったはずなのだ。その木てっぺんが遥か下にある。


 諦めかけたとき突如俺の腕に何かが絡みついて体にズシンと衝撃が走る。何事かと見上げてみればトリニィの腕から伸ばしたツルが俺の腕に絡みついている。彼女の反対の腕は破壊されたブリッジからむき出しになっている鉄骨にツルを絡ませていた。


「ク、クリフ、死んじゃだめ」トリニィの表情は苦痛に歪んでいる。非力な彼女のツルで彼女と俺の体重を支えるのは無理だ。


「トリニィ……」思わず彼女の名前を口にする。


「――い、いま、たすけるから……」


 苦痛に耐えながらも気丈に俺を助けようとしている。だが彼女のツルから赤い血が流れだした。


 駄目だやはり彼女のツルでは二人分の体重を支えるのは不可能だ。このままでは千切れて二人とも落ちて死んでしまう。彼女を巻き込んでしまったのは俺の責任だ。せめて彼女だけでも助けなくては。


「トリニィ放してくれ……君をこんな危険なことに巻き込んでごめんよ。このままじゃ君まで落ちてしまう。せめて君だけでも生きてて欲しい……だから放してくれ」


 俺は掴んでいたトリニィのツルを放した。色々な感情が俺のなかを駆け巡る。本当は死にたくなどない、生きていたい。だがもうそんな選択肢などないのだ。気がつけば俺は情けないことに泣いていた。


「いやだぁぁぁ!!」およそ彼女らしいくない大声を上げた。


「あたし、クリフを失いたくない! だって好きなんだもの! たとえこの気持ちが作られたものだったとしても、この気持ちは私のものよ! クリフが好きッ! 大好きなんだからぁッ!!」


 トリニィは大粒の涙をボロボロと零して俺の顔を彼女の血と涙で濡らした。彼女の心の叫びが俺の心を大きく揺さぶる。


 彼女のいうとおりだ。たとえそんなプログラムが組み込まれていたとしても生まれた感情は彼女達のものだ。誰のものでもない。俺にそんな大事なことを教えてくれた彼女は死ぬべきではない。俺は彼女を助けるのだと死の覚悟を決めた。


 一瞬だ。地面に激突すれば一瞬で死ねる。苦しまずに行ける……


 覚悟を決めたときブリッジを失ってコントロールを失った海賊船はいつの間にか高度を落として地面へと激突した。その衝撃で俺もトリニィも空中へと投げ出されてしまった。


 せっかく彼女だけでも生きていて欲しいと願ったのに。助けると決意したのに。なぜこうも俺の運は悪いのか、トリニィを巻きこんで死ぬなど……


「死んでも死にきれないじゃないかッ!!」


「では生きてて下さい」


 突然俺は背中を何かにぶつけた。もう地上に落ちたのかと一瞬思ったがあまりにも早すぎる。しかも死んでない。周りを確認する間もなく眼前にトリニィが落ちてきた。


「トリニィ!」


 俺は慌てて彼女を受け止める。彼女の体重は軽いとはいえ人一人だ。両腕で受け止めるとドスンと衝撃を受けて耐えきれず頭を何処かにぶつけてしまう。


 互いに抱き合う形となり、トリニィの体温、心臓の鼓動、粗々しい息、それらを感じ取るとお互い生きていることの喜びが沸き起った。


 俺は急にトリニィの顔を見たくなって体を少し離す。彼女の顔は涙でくしゃくしゃである。だがトリニィは相当無理をしたため腕はだらりとしたままで痛々しい。


 だがお互い生きていることに安堵したのかトリニィは「ふええん」と泣きだした。俺も彼女が生きていることにこの上なく喜びを感じて再び彼女を優しく抱きしめた。もう抱き締めずにはいられなかった。


「ああっ、私だってケガまでして一杯頑張ったのにズルいぃ」


 破壊されたブリッジから顔を覗かせて声を出したのはカテリアだ。負傷しつつも嘆く元気を見せつけるだけの余裕はあるみたいだ。彼女が庇ってくれなければ俺もトレニィも只では済まなかっただろう。


 だが彼女にしてみれば俺とトレニィが抱き合っているのが不服なようで涙目で膨れていた。そんな彼女の隣にいるテレッサがカテリアを宥める言葉をかけた。


「後でクリフに介抱してもらうときにたっぷり甘えるといいです」


「う――だな、後でたっぷりと。覚悟しろよダーリン。むふふふ」


 不敵に笑みを浮かべるカテリアに俺は背中にぞくりとした悪寒が走らせる。


 それにしても俺は一体なぜ空中に浮かんでいるのか謎だ。そしてフワフワ浮かんでいるというよりまるで床の上にいるようである。床を叩いてみるとコンコンと金属音がする。こんな摩訶不思議なことをする奴を俺は一人しか知らない。


「テレッサなのか?」俺の問いに破壊されたブリッジに立っている彼女が答えた。


「ええ、私はPQRDH―08562 テレッサ、貴方をサポートするアンドロイド。ジャミングが解除されればこのくらい造作もないことです」


 彼女が指をパチンと鳴らすと突如、俺たちの立っている床から金属ボディが現れる。それは俺がこの星に降り立つために使った揚陸シャトルであった。


「ああ、そういやこいつも光学スティルスモード付いてたな……」


 種を明かせば単純だった。ジャミングが解除できた時点でテレッサが念のため遠隔操縦で機体を呼び寄せていたのだ。


 俺はシャトルの機内に戻るべく立ちあがるとトレニィに手を差し伸べた。だが彼女の手はプルプルと震えて持ち上げられそうにない。そうだ彼女は腕を怪我していたのだった。ならばと彼女をお姫様抱っこで抱えた。そのとき俺の胸のペンダントにトリニィは気づいてしまう。


 彼女が寂しそうな顔をしたのを俺は見逃さない。一度彼女を降ろして立たせると俺は胸のペンダントを外した。そんな俺の行動にトリニィは一体何をするのかといったような目で俺を見つめる。


「もうけじめつけなきゃな。彼女にもトリニィにも皆にも悪いし……何よりも俺はもう……」


 俺はペンダントを投げ捨てた。ペンダントは太陽の光を受けてキラキラと輝きながら宇宙船の下の森へと消える。トレニィは一瞬驚いた顔で「本当にいいの」と尋ねてくる。


「ああ、一番大事なもの見つけっちゃたからな」

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