第17話 カテリア2

 テレッサとのじゃれあいに近寄ってきたドラゴン少女は目を吊り上げて指を指し怒鳴ってきた。


「おい貴様ッ!! その獲物は私たちのものだぞ!」


 発せられた声は少女っぽくアニメのようなロリ声に俺はなぜかほっとした。胸のように彼女の容姿からギャップを感じるような声だったら俺はどう接していいか分からなかったところだ。


「彼らはドラゴ族です……荒い気性なので注意してください」


 急に背後からトリニィの声がした。振り向くと彼女の目は泣いていたのか少し赤くなっていた。表情は重く俺の心が再びチクリとする。


「トレニィ……さっきは嫌な言い方してごめん……」


「いえ……彼女さんいたのに私が誤解したのが悪いのです……気にしないでください」


「クリフに彼女? クリフに彼女はいませんが?」


 テレッサの言葉にトリニィは「え?」と唖然とした顔になり、「で、でも……」と状況が掴めずにオロオロとし始める。


 そりゃ確かにフラれたから彼女ではなくなってしまったが、こうも真っ向から言われては少々腹が立つ。俺はまだ諦めたわけではないのだから。そして俺はトリニィに顔を背けるようにしてテレッサを睨んだ。


「この男はフラれた彼女のことをズルズルと引きずっている女々しい男なのです。憐れんでやってください」


 酷い! なんて言い草だ。


「フラれた!? え? え? え?」


 トリニィを覆ていた影が徐々に消えてゆく。代わりに『混乱』『誤解』『期待』の感情が渦巻いたようで、百面相のように表情がコロコロと変わっていた。


「コラぁ! 私を無視するなぁ!!」


 俺たちの視線は再び声の主に向けるとドラゴ族の彼女は怒っていた。そりゃ怒る。無視されたら俺もそうなる。


「ごめん、ごめん。えっと、何の用かな?」


 彼女は怒った表情のまま近づいてくると5メートルほど手前で止まった。そしてトレーラーに頭をぶつけて失神している猪を指さす。


「この獲物を狙っていたのは私達だ。倒したのはお前たちか?」


「え? いや、倒したとゆーか……なんとゆーか……」


 厳密には俺たちが倒したわけではなく勝手に突っ込んできて衝突して気を失っているだけなのだが……


「そうかお前たちが倒したか、我々を出し抜き横取りするとは不届き千万!」


 なぜが彼女の中で俺たちが倒したことにされてる。この娘は人の話を聞かないタイプか!


「いや、俺たちいらないから。どうぞ持っていって下さい」


「にゃにぃぃぃ。恵むだと、貴様ら我々を侮辱するつもりかッ!」


 彼女の表情はますます険しくなった。最悪だ。これは人の話を聞かないうえに面倒くさいパターンだ。


「いやそうじゃなくてね――」


「うるさい! その獲物を賭けて決闘だ!!」


「えーッ!!」


 驚く俺を他所に周りにいたドラゴ族たちの男が歓声をあげて彼女を称えたようだ。どうしてこうなった。なぜ決闘などと。しかもこのようなかわいい美少女と決闘だなんて……


 だが事故を装って彼女のあの豊満な胸にタッチぐらいはできるかもしれない。寝技にもていけば顔でスリスリできるかもしれない。そんな想像に取りつかれると俺の顔の表情は緩んだ。緩みきった。


「ふっ、仕方がないな。聞き分けのない娘にはお仕置きが必要だな」


 俺は不適な笑みを浮かべて指をくねくねと嫌らしそうにうねらせてみせた。決闘中に何が起きたとしてもそれは事故である。事後なら何が起きても仕方がないのだ。


「な、なんじゃその下卑た目と手つきは! 何か 下劣なこと考えとるな!!」


 さすがにバレた。


「決闘まで愚弄するとは、もはや許さん!」


 これは余計な挑発だったかも知れない。彼女の顔は真赤となり、燃えるような髪の毛と相まって全身を炎が纏っているかのようになってしまった。たがこれで彼女も引くわけにはいかなくなっただろう。


「クリフ、正気ですか? 分析結果によば彼女のパンチ力は1トン近くとの予測ですが」


「ドラゴ族は最強戦闘種族よ? だ、大丈夫なの?」


「えーッ! 何それ!?」


 あんな少女のように華奢な体なのになんなのそのパワー。嘘でしょ?


「では行くぞぉ!」


「えっ! いや、さっきの嘘だだから、冗談だから!」


「問答無用じゃぁ!」


 彼女は凄まじい形相で真っこうから向かってきた。まずい、これはワンパンで即死させられる。マジで死ぬ!


「いやぁぁぁぁぁぁ、ごめんなさいぃぃ!」


 俺は恥もプライドも捨てて涙目で慌てて逃げた。爽やかな勝負などではない。負け=死のデッドアライブである。戦ったら殺される!


 三十六計逃げるが勝ち。それしか知らないけど。俺はトレーラーの周りをグルグルと回って逃げる。力いっぱい逃げた。だが彼女はグイグイと追いついてくる。回りまわって結局元の位置でとうとう捕まってしまった。


「ま、まて落ちつけ、話し合おう、なっ、なっ」目の前の彼女は今にも殴りかかってきそうだ。


「往生際が悪い奴だ。貴様みたいな卑怯者は戦士ではない。万死に値するわ、死ね!」


 彼女はジャンプして俺の顔を殴りにくる。よほど腹がっ立ったのだろうボディを狙えば即終了となったのだろうが、彼女は拘って顔面を狙った。身長差があるのでジャンプしないと届かない距離だ。


 俺は死の恐怖にかられて再び逃げようとするが足を取られて後ろにコケてしまった。彼女の視界には突然俺が消えたように見えたのだろう「え?」とした顔をした瞬間俺の後ろにあったトレーラーに顔から突っ込んでしまった。


 俺も倒れる瞬間、トレーラーのバンパーに頭をぶつけて目から火花がでた。強化装甲は外してあるとは言え、装甲車は装甲車だ。ボディは恐ろしく硬く痛かった。


 見上げる空には黒い物体。トレーラーに突き刺さったソレは俺の上へと落ちてくる。


「ぐもッ」


 腹と胸と顔に衝撃を喰らった俺は吐き出そうとした息が遮られた。歯にガチリと何かぶつかって痛かったが、やがてそれはねっとりとて柔らかい刺激に変わる。暗くて見えないがこの気持ちいい物体はなんなのだろうか。口を動かしてくっついているものを確かめるとぬるりとした感触がどんどんと流れてくる。


 ガバッ!


 突然黒い物体が離れて視界が眩しくなった。光を取り戻して覆い被さっていたのものを確認するとそれはドラゴ族の彼女だった。


『え、ちょっと待て、さっきの感触はまさか……』


 俺の視線は彼女の潤った唇に釘付けとなる。心臓は急に激しく鼓動すると顔を真っ赤に染め上げた。彼女も同じなのか赤面すると慌てて俺から逃げした。


 上半身を起こしてテレッサの顔を見るとテレッサは相変わらずのジト目で軽蔑の視線を送っている。立ち上がって今度はトリニィと視線が合うと彼女はあわあわと取り乱していた。


「トリニィ?」


 彼女の名を呼ぶと突然涙目になってフグのように膨れて睨みつけた。


「クリフのバカぁ!」


 バチーンと俺の頬を平手て叩くと悲しみの目を向けて怒っている。いや事故だよ事故、したくてなったわけではないんだよ。ただの事故チューなんだよ。それにトリニィとは誤解はあったけれども恋人でもなんでもないわけだし。だがそんな考え方をする俺は何かとても悲しい気分に包まれる。


 周りを見てみると騒いでいたドラゴ族たちは開いた口が閉まらないといった感じで硬直して静かになっていた。当のドラゴ族の彼女は両手で口を塞ぎ怒っているような泣いているよう目で睨みつけてくる。一方の手は口を押さえたままで、ぷるぷると震える指で俺を指した。


「ひ、ひひゃま。ふぁんてほとを!」


 やはり怒っている。しかし事故だよ事故。漫画だったら例え初でもノーカンとするよね。――俺はカウントするけど。


 そのときドラゴ族の一人の男が前に出てきて怒りに震えている彼女の肩に手をおく。


「――カテリア、残念だが……掟は掟だ」


 そう言って頭を振った。掟とはなんだろうか、またもや不明なキーワードが増えた。彼女の名前は『カテリア』というらしい。花のようで鳥のような名前はかわいいと思ったが性格は真逆で可憐の『か』の字ももなさそうだ。


「だけど! よりによってこんな貧弱な奴に!」


 抗議する彼女に男は黙って首を振った。カテリアは絶望したしたような表情で脱力する。ワナワナと肩を震わせたかと思うとこちらを睨みつけてヅカヅカと寄ってきた。


 目の前に来ると怒りを露にして俺のシャツの襟元を掴んで強引に引き寄せた。


「いいか、あたしの体を奪っても、心まで奪えたと思うなよ! なんでお前のような奴に!」


 どこか聞き覚えのある凄いセリフで怨言を浴びさせられた。これでは完全に悪役みたいではないか。だが彼らの話は全然見えてこない。セリフの内容からして彼女の体を俺が自由にしていいみたいだが一体なんだというのだ。

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