第16話 カテリア1

 トレーラーは北へ北へと進んだ。辺りは変わり映えのしない草原か森ばかり。山も見えないので方向感覚がおかしくなりそうだ。しかし運転しているのはテレッサなので道に迷うことはない。


 トレーラーはやがて小さな湖をその視界にとらえた。シャトルで着陸したところにもあったがこちらのほうがまだ大きい。昇った日の光を浴びてミラーボールのようにキラキラと輝く。やがて沿岸沿いに向きを変えた。


 トリニィは初めて湖を見たのか好奇心を掻き立てられて目を輝かせている。ラウンジのシートを反対に座り、まるで電車の外の景色を楽しんでいる子供のように見えてしまう。


「トリニィは湖を見るのは初めてなのか?」


「うん。初めて」


 彼女は子供のようにはしゃいでいる。今朝泣かせてしまったばかりだったが連れてきて正解だったのだろうか。先ほどまで彼女の隣で一緒に湖を見ていたが、やはりトリニィのことが気になってついつい彼女の様子を確認してしまう。テレッサに言われたからではないが確かに言い寄ってくれるような娘に出会うなんてこの先ないのかも知れない。


 だがフラれたとは言え、今でもサクラさんが好きだ。一回ちょっとつまずいたからって、はい終わりは悲しすぎる。それよりここから関係を修復できればきっとより強い関係が結ばれるのでは無いだろうか? そんな気がしてならない俺は胸からペンダントを出して握りしめると彼女のとの思い出にふけった。


 突然急ブレーキがかかりトレーラーが急停車した。


「きゃ!」

「おぉッ!」


完全に不意打ちとなった俺とトリニィは進行方向へと倒れた。幸いにもラウンジのシートに座っていたため、ふかふかのシートに倒れ込んでケガはしなかった。


 だがそんな俺の上にトリニィが覆い被さるように倒れ込んでくる。彼女の髪から花のような香りが俺の鼻腔内を巡って良い香りがする。柔らかい胸が俺の胸と腹の丁度間に当たって押しつぶされると、弾力のある圧迫感がたまらなく心地よく感じてしまう。


 俺の胸元に倒れたトリニィは頬を赤く染めて上目遣いで俺を覗き込んでくる。その目は申し訳ないと訴えてはいるが俺としては嬉しいサプライズである。


 思わず動悸が激しくなる。自分でも分かるぐらいだ。顔はかなり真赤になっているだろう。


 だがその時、ドンと車体に何かがぶつかる音がして車体が軽く揺れた。


 俺は何事かと首だけ運転席側に顔をむけると、そのときネックレスが引っ張られてシートの上に落ちた。その拍子でペンダントのスイッチが入ると立体映像でサクラさんの上半身が投影される。


「クリフ?」


 トリニィが俺の名前を呼ぶ。だが彼女の視線はペンダントの立体映像だ。初めて見る立体映像に不思議そうにしている。飛び出した立体映像を手で触ろうとするが掴めない。


「この人だれなの? ク、クリフのご家族なのかなぁ……」


 トリニィは笑顔を保とうとしているが明らかに動揺している。映像の写真が家族でないと感づいている。


 俺の動悸は高いまま高揚から緊迫に変わった。彼女の目はもう笑っていない。家族だと言ってごまかすか? それとも真実を言うべきか? 葛藤が沸き起こる。


 家族だと言おうとしたがその言葉は出口ギリギリで止まってしまう。俺の心がトリニィに嘘を言いたくないと叫んでいた。


「――か、彼女だよ……」


 言った。言ってしまった。また号泣されるのだろうか、彼女の泣き顔を見たくなかった。どう取り繕えば良いだろうか。そんな言葉がぐるぐると頭の中で渦まきだした。


「――あ、そう。そうなんだ……彼女さんいたんだ」


 胸が痛い。しかしきっと彼女の心はもっと痛いだろう。俺はこんなことしか言えないのかと自分に腹が立ちそうにる。


 トリニィは俺から離れると一言「ごめんなさい」といい残しソファーの上で膝を抱え込んで顔を渦汲めてしまった。情けない。本当はもう別れているのにいまだ心に整理をつけらないでいる自分がいる。


 そんな俺が彼女に何かをいう資格などないと思った。そして逃げるように運転席に向かう。


「最低ですね」


 テレッサからキツイ一言をもらった。冷たい視線が8割増しで冷たく感じた。自分でも分かっているんだよ。でもどうしょうもないじゃないか。俺は悔しさを奥歯でかみしめた。


「そんなことより何があったんだよ」


 俺は場の雰囲気に耐えられずに話をそらした。


「現地生物に正面衝突されてしまいました」


「現地生物?」


 音と振動からしてぶつかったのはフロントだと推測した俺はダッシュボードを乗り上げて前方を確認しょうとした。だがぶつかった相手はどうやらフロントの真下らしい。ここからでは何がぶつかったのか確認できなかった。


「ここからじゃ見えんな。外を確認してくる」


 俺は被害状況とその現地生物とやらがどんなものなのか確認するため思いきって外に出てみることにした。車両側面の工作台に置いてあるアタッシュケースを手にする。それはいつも営業に使う鞄である。


 出口を開ける前にチラリとラウンジを見た。トリニィはずっと同じ姿勢で蹲っていたままで、また俺の心がチクリとする。


 気持ちを切り替えて扉の外へと出るとシャトルから降りた時とはまた異なる草の香りがした。それに混じって獣臭もする。


 耳を立てても風が草を撫でる音しかしない。俺は足音を立てないようゆっくりと慎重に車両の前へと足を運んだ。その後ろをテレッサがついてくる。


 車両の角に隠れて顔だけ覗かせてみた。するとそこには猪のような生物が倒れている。ピクリともしない。死んだか? いや停車している車両にぶつかっただけだ。その程度で死ぬことはないだろう。と、いうことは気絶してる?


「テレッサ、これは?」


「スキャン中です」彼女の瞳が虹色に輝く。


「解析完了、イノシシ科のキングボアと断定」


「キングボア? 何がキングか知らんが要は猪なんだろ? 驚かせやがって」


 その猪に近づこうとしたとき、突然テレッサが俺のジャケットを後ろから引っ張った。


「危険です」


 彼女がそう口にした瞬間、どこから飛んできたのか目の前の地面に槍が突き刺さった。


 槍全体は朱色であり、先端、中央、後ろに金属加工のカバーが施されており豪華な模様が刻まれている。槍の先端は見事な金属加工で非常に鋭く長い刃の半分以上が地面に刺さっていた。


「え?」


 目の前に突然現れたそれに俺は青ざめた。テレッサが止めなければ間違いなく俺に突き刺さっていたであろう。


 一体誰がこんな危険なものを投げつけたのだろうか?


 そんな疑問が自然と浮かぶと自分の思っている言葉に違和感を覚える。『誰が?』そうだこれは明らかに誰かが投げてきたものだ。自然に飛んできたものではない。それも狙って飛んできた。


「誰だ! 危ないだろ!」


 俺は恐れつつもアタッシュケースを盾にして槍が飛んできた方向を向いて叫んだ。意気込んだが情けないことにへっぴり腰である。姿は見えないがこれを投げた奴がぜったいにいるはずである。


「森の中に数人いるのを確認」


 テレッサが警告を発する。数人だって? まずい一斉に襲われたら殺されるかも知れない。そう思うと身震いがした。


 目を凝らして森をよく見ると木の陰、草むらの裏、木の上に誰かいる。まずい確認できただけでも五人はいる。そして木の陰にいた一人が表に出てきた。


 日陰から日の当たる場所へと姿を晒した相手はまだ子供のようにも見えるが、驚かされたのはその容姿だ。いや、もう度肝を抜いたと言えよう。


 いかにも健康優良児ともいえる褐色の肌はともかく、まるでハリネズミのような髪型はなまじ燃えるような赤さなので炎のようにも形容できそうだ。


 少し尖った耳の後ろから木の枝のようなモノが刺してある。いや、生えているのか? というのも彼女の両足、股の間からニョロリとテカテカとした赤い鱗をもつ尻尾が生えている。さしずめドラゴンを擬人化したらこのような形といった感じだ。


 着ている服は野性味あふれた衣装で悪く言えば蛮族っぽい。羽織っているのは獣のベスト、その中のタンクトップの上着は短いためかわいいおへそが丸出し。スカートは下着が見えるのではないかと思われるほどのミニ。


 とまぁ上げればキリがないほどの突っ込み……ではなく特徴だらけの少女ではあるが、俺が一番驚かされたのは少女の容姿に似合わない豊満な胸だ。


 彼女のタンクトップを持ち上げて大きな隙間を作っているあたり張りもすばらしいと容易に想像できてしまう。


 子供なんぞに興味のない俺でもさすがにこれは意識せざるをえない。本来なら特集性癖の持ち主の領域が喜ぶような相手なのだろうが、男ならあれに埋もれてみたいと欲望が掻き立てられる。


 けしからん。なんてけしからん体なんだ!


 たがそのとき、ふと悪寒を感じてその発生元である金髪少女の顔を見る。その目は明らかに汚物でもみるかのように蔑んだ様子で俺を睨んでいた。


「この命に係わるかもしれない状況下でよくそんなことを考えていられますね」


 そういわれて俺はハッとして両手で口を押さえた。また思っていることを口走っていたようだ。


「いや……仕方ないだろ……あんなの反則だろ……」


「エロ大魔人、変態、色情狂のロリコン! こっち見ないで下さい妊娠してしまいます!」


「するかッ!! そこまで言わなくてもいいだろ! 正常な男なら誰でも目がいくわ!」


 いくらなんでも酷い言われように反論するが、ぶっちゃけこの程度の罵倒はいつものことなのが悲しい。

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