【34】2006年6月7日 13:19・教室・曇り。至近距離(レン視点)。


アイナも戻ってきたので何だかんだいつもの昼食となった。


「でも意外だなぁ」


メロンパンを食べ終えた私はユアルに向かってつぶやく。


「意外?何がです?」


「ユアルって少し変わってるなーと思って」


「私自身、自分のことを変わり者だと自覚しはていますが、何か引っかかることでもありましたか?」



「だって昨夜の首なしニュースには我関せずで興味なかったのに、アイナのトラブルの対処とか丹加部さんに対するあの所作とかどれもスゴイなぁって思って。ユアルってどちらかいうと誰が失敗しようがお構いなしの自己責任な超合理主義で必要以上のことはやらないと思ってたんだけど。丹加部さんや教師からの信頼、ユアルってヤバイでしょ?」


「んー、丹加部さんや教師の信頼は分かりませんが、アイナの件とあの猟奇的な殺人事件は、まったくの別物だと思うんですけど」


「あー、まー、そだねッ」


ユアルに指摘されて何を当たり前のことを口走っているのかと自分が嫌になった。要するにユアルの興味の対象がまったく分からないということを言いたかったのだが、上手く言葉にできなかった。



「教師に媚まくってるとそのうち生徒に嫌われまくるけどなー」



アイナが日頃のウップンを晴らすようにイヤミったらしく茶々を入れる。



「その点オレは校内のマスコットキャラクターの如くこうして貢ぎ物でウハウハだぜッ♪ハムアムアム!」


「そうね、羨ましい限りだわ。でも、そんなバカみたいに飲み食いしてたら、そのうちアイナの大好きな保武原さんみたいになるかもしれないわね」


「あ゛?誰がどうなるって!?」


「アハハハ!それにアイナは宿題忘れや普段の素行の悪さが目立って教師たちにはもう悪い意味で人気者だよね?」


「おい、レン。たまにはオレの味方になれよ」



アイナはブツブツ不満を垂らしながら不貞腐れてしまった。



「そうですね、今日は良い機会なのでたまには私の考えをレンに知ってもらうのも良いかもしれませんね」


「えっ??」



《普段あまり自分のことを語らないユアルが自分の考えを話すだって?》



あまりの珍しい出来事に思わず弁当の蓋を開ける手を止めてしまった。



「レン、中世ヨーロッパを模した架空の国を頭に思い浮かべてみてください」



「え?国?何かのクイズ?んーっと、うん。分かった」


「思い浮かべました?」


「何となくだけど」



「良いでしょう。では、その国にいる王様とその家臣と平民でレンが1番味方にしたいのは誰ですか?」


「えー?うーん、やっぱり王様かなぁ?」




私はどういう話が始まったのか分からずアイナを見たが、アイナはまだ拗ねながらパンを不機嫌そうに貪っていた。


「なるほど。では、今度はレンの立場が平民だとして、もう一度誰を味方にしたいのか考えてみた場合どうでしょう?」


「えーー?中世みたいな時代でしょ?平民が王様に直接会えるわけないっていうか。ヘマしたら処刑されそう。うーん、別の平民と仲良くなったり、もしくは何とか頑張って家臣に取りいるとかかなぁ。あれ?」



そこまで言うと私はユアルの言わんとしていることが少し分かったような気がした。



「そうです。自分の置かれている立場や身分によって関われる者がいかようにも変わるのです。仮に王様をこの学園の理事長、家臣を教師、平民が生徒だとするならば先程レンの言ったとおり家臣すなわち教師にうまく取り入るのはこの学園での信頼や評価につながります」



「あー、なるほど」

《普段からなんてこと考えてんだろ》



ユアルのとんでも思考に雑なリアクションしかできかった。


「センセー、そのシンライとヒョウカは使い物になるんですかー?んなモン何の役にも立たねぇだろ」



アイナが話の腰を折る勢いでぶっきらぼうに疑問を口にした。私も少し気になっていたので実質ナイスな質問だと思った。


「アイナちゃん、食べ物が口に入った状態で喋ったらはしたないでしょ?」


「チッ!」


小さい子供のように軽くあしらわれてしまうアイナ。


「そこで今アイナから質問があったように『役に立つのか?』という疑問が生まれると思うのですが、実のところ徒労に終わることが多々あります」


「んだよッ!じゃあ意味ねーじゃんッ!」


「アイナ、ちょっと黙っててッ」


「ケッ!はいはい」


「ユアル、『多々』ってことは」


「さすがレンですね、言葉をよく理解できてます。そうです、極稀(ごくまれ)にその信頼や評価が役立つときがあるのです。ただし、それは限定的と言いますか、

いくつかのパターンが存在します。その条件の1つとして例をあげるとするなら・・・うーん、王様による横暴や圧政とかですかね」



「万が一に備えて王様ではなく家臣に取り入る、か」


「レン、大事なこと忘れてませんか?」


「え?あ、ああ、そうか!自分の身分が平民だった場合の話だっけ?」



ユアルが優しい微笑みで頷いてくれた。


「王様という存在は絶対的な権力を持っているように見えますが家臣たちが各分野ごとに仕切っていることが多く、いつの間にかただのシンボルになってることが結構あるんです。1人が担える労力なんて限りがありますからね」



「たしかに。会社の有能な幹部や部下が抜けたらそのまま倒産コースってよくある話だよね」


《って、これは世間知らずな箱入りがお祖父様のつぶやきをそのまま言ってるだけなんだけど》



「その通りです」


「王様が平民と親しくしている家臣を処刑したらどーすんだよ?」



《おぉッアイナにしては鋭い質問。なるほど、たしかに》


「状況にもよるだろうけど、また新たな家臣に取り入るだけよ?それにそれだけ平民から信頼されている家臣を処刑するということはもちろん反感も買うことになるでしょうね」



《はぁ~なるほど》



「家臣が最悪な場合はどーすんだよ?」



「アイナの言う『最悪』の程度が分からないから、私が勝手に定義するけど、例えばある程度権力を与えられている家臣だったとして王様と共謀もしくは王様に黙って平民に重税をかけているとしましょうか?その場合は平民たちが一丸となって反乱を起こすしかないんじゃない?誰かさんが知世田先生の声を枯らしたようにね?」




「チッ、だからその証拠あるなら持ってこいよ。つーか兵士の存在忘れてねーか?」



「兵士だって元は平民でしょ?いくら任務って言っても従える限度があると思うわ。それが人間の感情であって理屈じゃどうにもならないことがたくさんあるもの。いくら法で整備されていても、緊急時にはゴミクズ同然になるでしょうね」


《・・・たしかに》



「全員が全員、権力を裏切るとは限らねぇだろ」


「もちろん、既存の権力側につく平民や兵士も出てくると思うけど。それでも反乱側との人数の差はどうにもならないでしょうね」



「フンッ」



アイナの疑問はどうやらそこで尽きてしまったらしく一言も喋らなくなってしまった。



「例えとして国を挙げましたが会社やこの学園だって同じです。規模の大小はあれ王様や家臣たちだけでは回らないコミュニティにはどうしたって平民が必要なんです。いえ、平民がいるからこそ成り立っているコミュニティばかりと言った方が良いかもしれませんね。そして身分の違う者同士が1つのコミュティに収まろうとするから、トラブルがついてまわるのです。だからこそ、『万が一』がいつ起きてもいいように平民の私は家臣と良好な関係を築くための努力をしているのです。もちろん、身分が違えば今言った行動とは全く別のことをやるかもしれませんが」




同居生活が始まって約9ヶ月。私のイメージとしては何から何までそつなくこなす天才肌の万能タイプだと思っていたが、教師に取りいることを『努力』と言い放つユアルを見て目的のためならどんな手段でも使う悪魔みたいなイメージを抱いてしまった。



起きるかどうかも分からないクーデターのために行う努力なんて私には微塵も備わってない。何回シミュレーションしてもその努力は無駄だという結論に至ると思う。容姿もそうだけど、ユアルは根本的に私とは全く異なる存在だと思った。



「そして、もっと重要なのは・・・」


「まだあるのッ?」


私はもう完全にユアルの話の虜だった。この流れで『幸せになる壺』でも目の前に出された日には是が非でも購入すべく、お祖父様を説得する覚悟はとっくにできていた。


それくらい何の疑いもなく聞き入っていたしユアルをもっと理解したかった。



「 ち ょ っ と ア ン タ た ち ! さ っ き か ら う る さ い の よ ! ! !」


「イ゛ッ!?」


耳元で思いきり大声をあげられて反射的に叫んでしまった。その声の主はいちいち振り返らなくても1発で分かった。


ポミュ腹だ。


心臓のキュウっと縮む感覚と共にほんのり殺意が沸く。

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