【33】2006年6月7日 13:13・教室・曇り。当然の報酬(レン視点)。


「アイナ。昨日言ったでしょ?物乞いみたいなことするのやめなって」


「おいおい、そんなヒドイ言い方するのかよ?たまたま購買部の近くを通ったら、たまたまそこに居合わせた生従達が『あげるあげる』って食いモンを勝手に押しつけてきたんだぜ?持ちきれなくなったらビニール袋にまで詰められてよぉ」



《『たまたまたまたま』うるさいなぁ・・・》


私の問いを予めシミュレーションしていたのかスラスラと屁理屈を並べるアイナ。



「たまたま購買部にたまたま毎日通ってるみたいだけどいったい購買部に何の用があるのかしらアイナ?」


ユアルがとんでもない殺気を放ちながらゆっくり顔を上げてアイナを睨む。しかし、慣れているのか、アイナは何も感じてない様子だった。



「う~ん?まぁ、ノートとかシャーペンとか勉強に必要な道具とか買いにってところかなぁ?」


アイナがドヤ顔でユアルに答えた。



《そんな見え透いた嘘をドヤ顔で答えれば、その後どうなるかという予測が立てられるはずなんだけど・・・。逆にトラブルを起こすことに関しては間違いなく天才なんだけどなぁ》




「『ノートを買いに』って。ほとんどノートとってないのに買う必要ないじゃん」



我ながら見え透いたボケにツッコミ入れなきゃいけない虚しさがヒドイ。



「レン、それはヘンケンってヤツだろ?」


「ん~、偏見っていうか、事実でしょ?」



「うわ、ヒッデェ」


「それでアイナ、そのノートはどこにあるのかしら?」



ユアルがアイナの発言を遮るように質問のジャブを入れ始める。


「あぁ、それなんだが。このアリサマじゃノートどころじゃなくなっちまってな。まったく迷惑な話だよなぁ」


「チッ」



今間違いなくユアルの舌打ちが聞こえた。



「そもそも私たちはレンも含めて、お小遣いなんて持ち合わせてないんだからノートやシャーペンを買いに行くという頭の悪いクソみたいな言い訳が通るとでも思ったのかしら?端(はな)から破綻していることくらい気づくでしょ?」



とうとうユアルのキレイな口から『クソ』というワードが飛び出してしまう。


「はぁぁ~~~」



ただただ、ため息をもらすことしかできない自分が情けない。アイナが山のように貰ったパンとジュースこれら全てを返すなんてまず不可能だ。いったい何人くらいの生徒から貰ったのか検討もつかない。ましてや捨てるわけにもいかない。



これだけ大量の貢ぎ物をゲットしてるというのは『喋らなければ』という前提条件があるにしても、それだけアイナが可愛いさを証明しているのだろう。



《今朝の送迎車での寝顔もホントに可愛かったからなぁ。でも、これはさすがにどう処理したら良いのか分かんないな》


「ックショーーイッ!!あー誰かこの可愛いオレさまの噂をしてやがんな」


《・・・・・・・・・》



問題はいずれアイナが西冥の関係者だと知れ渡ってしまうこと。西冥の関係者が物乞いしてたなんて情報がお祖父様の耳にはいったら・・・、以下省略だ。



《もう手遅れかもしれないけど。ま、強奪してるわけじゃなさそうだし、教師に問題視されない内は大丈夫かな、たぶん》


これについては注意喚起しつつもう少し様子を見ることにした。


《ん?ユアル??》



ユアルが何気にアイナに近づく。


シュッ!



《速ッ!!!》


「あ、テメェッ!!」


ユアルはノーモーションから信じられない速さでアイナのパンを数個ほど奪うとそのまま手の平をアイナの顔の前に突き出して黙るように促した。



「これは知世田先生とのトラブルを収めた『報酬』として貰っておくけど、もちろん文句なんて無いわよね?」


「チッ!クソがッ」



ユアルがアイナから強奪したパンをとんでも俺様理論を用いて正当性を主張した。しかし、昨夜肝を冷やされた者の立場で考えると、ユアルの理論はあながち間違ってはいなかった。それだけの労力やら心労をかけられているのも事実だった。



「どうぞ、レン」



「え?良いの?貰っちゃって」


「はい、今朝私のカバンを運んでくれたお礼とアイナの愚行のせめてものお詫びだと思ってください」



《愚行ってそんな大げさな。・・・イヤ、まぁ愚行か、愚行だわ》


「じゃ、じゃあ、ありがたく貰おうかな。なんか悪いね、ありがと」



ユアルが笑顔で菓子パンを私に譲ってくれた。実は昨日の限定パンを食べてから購買部のパンが気になって仕方なかった。


「アイナもありがとね?」


「ケッ」


一応、アイナにもお礼を言うが案の定いつもの不貞腐れリアクションが返ってきた。


《・・・メロンパン》



半透明の袋には『朝張産メロン使用!!』と印刷されており、中のシルエットは見えるが色までは確認できなかった。


《あれ?メロンパンってたしかメロンの形をしたただの菓子パンじゃなかったっけ?》


そう思いながら袋を開けると、中からフワッフワのオレンジ色がかったメロンパンが出てきた。一般的に販売されているメロンパンは何度か画像でみたことはあるが、このタイプのメロンパンは初めて見る。




そもそも色からして他のメロンパンと異なり爽やかなオレンジ色をまとっていた。


試しに一口食べてみる。




「おぉぉ・・・何これ。これも昨日の超人気ジャムパンに負けず劣らず美味しい」



「フフフ♪良かったですね、レン」


ユアルが優しく微笑みながら、私の唇についたパンくずを指で払ってくれた。


「あ、ユアルありがと」




「当たり前だろ。それも人気のパンなんだから」


「あら、文房具を買いに行ってる割には、ずいぶんこういう商品に詳しいのね?アイナ」



「うっせ」



恐らく昨日の超人気ジャムパンと同様にこの学園だけで売られているのだろう。あまりの美味しさに1分も経たない内にメロンパンは無くなってしまった。それにしても世の中にはこんな美味しいモノがあるのかと昨日今日と驚きを隠せない。



《これもきっとこの学園限定なんだろうなぁ。スーパーとかのメロンパンになるとやっぱりグレードが落ちるのかな。ちょっと気になるけどこんな美味しいメロンパンの後に不味いのなんて食べたくないかも》



「う~ん。ユアルがいつも作ってくれる食事や弁当も十分美味しいけど、こういうのも結構いける」


「あらまぁ、褒めて頂いて光栄です、レン」


「つーか、レンってこーゆーの食べことねーのかよ?」


「ご存知の通りお小遣いなんて貰ってないからね。普通に買えないでしょ?私だってどうせなら毎日こういうのおやつで食べてみたいよ」



「とんだお嬢様野郎だな」


「アイナ、女性に『野郎』はおかしいでしょ?また丹加部さんに怒られたいのかしら?」


「フンッ」


「アハハッ」


ちょっとユアルの訂正が厳しい気もするがこれだけ大量にパンやらジュースを持ち帰ってきてしまった罰としてみれば可愛いモノだ。しかし、アイナのおかげででこうしてまた美味しい菓子パンを食べることができたのも事実なので少し複雑な気持ちなった。




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