第5話 調査前日



「よし、今日はここまで」


「……ふぅ、ありがとうございました」


 あれから三日。


 想定していたよりもかなりの急ピッチでカイの訓練を進めることが出来た。


 カイの中で覚悟が固まり強い意志を持って動いているというのもあるのだろうが、カイ自身が持つスタミナと集中力はかなりのものだ。

 本人の勤勉さや生来の目の良さもあってか、想像以上に盾使いとして仕上がってきている。

 今回のような危険度であれば、むしろ初陣としてはちょうどいいのかもしれない。


「カイ、この三日間君はよく頑張った。私は君が盾使いとして同行しても魔物の調査に同行しても問題ないと考えている。よって予定通り今回の魔物の調査には私と共に参加することになるが、過度に張り切らないように。まずは生き残ること、そして傷を負わないことを重視するんだ」


「わかりました」


「既に町長の方には私の名で連絡を出している。調査隊の顔合わせはこの後行われる予定だ。場所は街からやや離れた位置にある森林。日が沈むと極端に視界が悪くなるから、調査は明日日の高いうちに行われる。遭遇する危険のある魔物については既に教えたとおりだ。ちゃんと覚えているな?」


 カイには通常の鍛錬と並行して簡単な座学も仕込んでおいた。

 大した内容は教えていないが、全く知らないということと少しでも知っているということは戦場では大きな違いになってくる。

 元々戦闘自体には参加していなくともPTの一員として戦場に身を置いていたこともあり、特に支障もなく進めることが出来た。


「はい。現れる可能性があるのはまずコボルドやゴブリン等の小型の魔物とその上位種であるホブゴブリン。鈍足で小柄かつ非力、攻撃を受けても打撲で済む場合がほとんどですが囲まれると厄介。基本的には追い付かれないように逃げ回り、戦うことになっても基本的に僕の盾であれば正面に構えておくだけで無力化できる相手です」


「そうだ。今回の調査ではキラーウルフがはぐれになっている以上遭遇する可能性は低いと見ているが、小規模な群れが残存している可能性はある。足は遅いがスタミナは無尽蔵だから、逃げる際は十分に振り切ること。まぁカイのスタミナと脚力を考えれば基本的には問題ないだろう」


「次がキラーウルフ。群れで行動し俊敏かつ鋭い牙を持っているので急所を狙われると危険。連携して攻撃を仕掛けてくるので背後に回られないように立ち回るのが重要ですが、攻撃自体は交互に行われるため一匹一匹の動きを見切れば盾を突破する手段はありません」


「今回は森林で相手をすることになる。背後には樹木が来るように構え、魔物の攻撃してくる方向を限定するんだ。キラーウルフの群れの本体がまだ森に残っている可能性が高いからやはり気を付ける必要がある。遭遇した際は私の殲滅が完了するまで耐えきればいい」


 キラーウルフの群れの規模次第だが、多少のはぐれが出たところで本体の群れ自体は規模を縮小しながらまだ森に残っているだろう。

 下手をすれば抗争の真っただ中に突っ込む可能性がある。

 そうなった場合は基本的には退くことになるが、気の立ったキラーウルフ相手に何もなしに逃げ切れるかは怪しい。

 目をつけられてしまった場合は私が殲滅を担い、その間は独力でしのぎ切ってもらう必要がある。


「そして最後が本命のオークやオーガ等の大型の魔物。肉食で人魔物区別せず襲い掛かり食らう凶悪かつな相手です。これらの相手は基本的にグレンさんに任せて、僕が相手をすることがないように努める。もし戦闘が避けられないのであれば、盾を使って正面から防ぐのではなく流すように受けること、ですよね?」


「ああ、カイの盾は魔術による付与エンチャントがないものとしてはかなり頑丈なものだが、衝撃までは殺せない。真正面から受けては盾自体は無事でも衝撃で腕がやられる可能性がある。幸いなことに三日間の鍛錬の中で流す様に受けるやり方も習得できたはずだ。そんなことがないよう全力を尽くすが、戦場では想定外のことが起こり得る。万が一の時は鍛錬で学んだことを思い出しながら、私を待て」


「……はい!」


「それと最後に一番大事なことだ、覚えているか?」


使、ですよね。自分でもいきなり盾も剣もどっちも、なんて思ってません」


 そう、カイは目覚ましい速度で成長を遂げていたが、流石にこの短い期間では剣の扱いまでは仕込むことが出来なかったのだ。

 というよりは、意図して剣に関しては鍛えなかった。

 剣のみを持たせるのであれば不格好に振り回しても多少の意味はあるが、盾と同時に持たせるのであれば剣が盾の動きを殺してしまう危険性がある。

 純粋な剣士と違って、盾持ちの剣士の剣の扱いは素人にはかなりシビアなものだ。


 下手に剣について教えるよりかは、カイ自身にまだ剣は扱えないという意識を植え付けることで思考を制限し、盾の扱いに集中させる。

 盾については基本的な部分だけではあるがみっちり仕込むことが出来た。

 いくら素人といっても戦場の空気自体はカイにとっても慣れたもの、大事には至らないだろう。


「ただ、命の危機に陥って、なおかつ剣を使う必要があると感じたときはその限りじゃない。盾での打突はダメージは与えられてもしぶとい魔物相手を一撃で戦闘不能に追いやれるものじゃないからな。基本は身を守り、私を待つ。これを忘れないように」


 極端な話、今回の件においてカイが同行する必要があるかと言えば、ない、

 方針としてはどんな相手が出てきても私が殲滅するという至極シンプルなことだからだ。

 しかし、むしろ私にとってはこちらが本命とすら言える。

 弟子にとって必要なことなら、師として全力で鍛え全力で場を整えるのは義務なのだ。


「明日に向けてこれ以上疲労を貯めても逆効果だから自主的な鍛錬も控えるように。それでは町長の元へ行こう。既に話は通っているはずだ」





「はじめまして、私はこの街の町長のゴードンと申します。今回はグレン殿程のお方にお力をお貸し頂けること、心より感謝しております」


「偶然この街に向かう途中にはぐれと出会ったので見過ごせなかっただけのこと、全力を尽くして事態の解決に当たることを約束しましょう」


 実際のところ私自身はあまり関心のないことだが、それを正直に言う必要もない。

 向こうは最小限の労力で事態を解決でき、私は弟子の成長のために必要な場を得る。

 かと言って私の名が勝ちすぎている部分はあるので、多少はこちらが恩を売るような形で進めるのが良いだろう。

 下手にへりくだっては、返って向こうに迷惑をかけてしまうことがある。


「事前に知らせた通り、今回の調査にはこちらのカイも同行させることになっておりましたが構いませんか?」


「その件に関しましては私ではなく、この街の警備隊の一員であるバッツの方に判断を預けております」


 その言葉と共にゴードンの後ろに直立で控えていた男が前に出る。


「この街の警備隊に所属しているバッツと申します! この度はあの高名なグレン殿と任務を共に出来ると聞き、とても嬉しく思っております!!」


 年はカイよりやや上といったところか、少しばかり……いや、かなり元気のある男だ。

 と言っても彼のような反応は実のところ珍しくない。

 三十近くにもなって未だに年上からすらこういった反応をされることも多々あり、どちらかと言えば年下から慕われる方が気分的にも楽だ。

 この街の警備隊長よりも私の方が格も経験も実力も上だろうから、年下の平隊員相手の方がやりやすいということもある。


 傲慢にはなりたくないが、自分の積み重ねてきたことにも嘘はつきたくない。

 私の積み上げてきたものとは、つまるところ私が育て上げてきた弟子達のことだからだ。


「バッツはこのようにやや落ち着きのない男ではありますが、斥候としては警備隊随一と警備隊長より推薦される程です。今回の調査では警備隊から彼を中心に後二名、合わせて三名出すことになっております」


「今回の調査ではグレン殿とグレン殿の弟子であるカイ殿、合わせて五名で先行して調に向かい、現地にて発生していると考えられている魔物間での抗争の調査を行います! 先行調査では戦闘は最低限に留め事態の規模の把握を優先し撤退、その後持ち帰った情報を元に必要な戦力を整え、討伐隊を結成する手筈になっています!」


 カイは正確には私の弟子ではないのだが……私が人を連れていれば弟子だと考えないほうが不自然な話か。

 それに内心、私にとってもはやカイは弟子に近しい存在となっている。

 短い付き合いでそれだけカイに魅せられているということでもり、きっと私はカイの帰郷を果たした際に正式な弟子になるよう勧誘するだろう。

 今はまだ単なる旅の同行者に過ぎない、話がややこしくなるのでこの場では否定しないが。


「カイについてはそちらから無理に気を遣ってもらう必要はない。彼の面倒は私が見るし、最悪一人になっても何とかなるように既に仕込んでいる。方針についてはそちらの通りに動こう」


 カイは元々運び屋として勇者PTに属していた経験がある。

 戦う力がないなりに戦場で邪魔にならない立ち回りならお手の物だろう。

 盾も扱えるようになった今なら、多少一人にしたところで問題はない。

 それでも可能な限りそうならないように努めはするが。


「ほう、まだ若い様に見えますが……やはりグレン殿に目をかけられているだけのことはあるというわけですか! それと指揮権についてなのですが」


「ああ、一旦こちらで預かろう。基本的にはそちらに任せるつもりだ」


 私はこの件に関して、あくまで善意の第三者に過ぎない。

 いくら名が知れ渡っていようと、黙って俺に従えという風に振る舞うのはあまりにも横紙破りがすぎる。

 が、かと言って戦闘の際まで第三者を気取るわけにはいかないし、そんなつもりもない。

 それに私の協力の申し出を受けたということは多少なりともそういった期待をしているということでもあり、お互いの合意の上で戦闘時のみ私が指揮を取るのが一番丸く収まるというわけだ。


「ご申し出、感謝します。では明日の朝、この街の北門にてお待ちしております」


 そう言ってバッツは軽く頭を下げると、そのまま退室していった。


「それにしてもグレン殿、この街にいらしているということは勇者様方は……?」


 バッツに続けて退室しようとした私に向けて、ゴードンはそう問いかけてきた。

 まぁ彼からすれば私の横にいる青年の恋人を勇者が寝取った挙げ句PTから追い出したので、呆れて一緒にPTを抜けてきたのだとは夢にも思わないだろう。

 しかし真実を告げても混乱させるだけであるし、まかり間違って噂となり広まろうものなら大変なことになりかねない。

 ここは適当に誤魔化しておくべきか……。


「私はあくまで勇者であるフレイの教導役として見込まれただけで、PTの戦士としてはあくまで繋ぎでした。フレイの教導にも目処が立ったので戦士としては後任の者に任せ身を引いたのですよ。ちょうどこの街の馬車便で後任と目される者に手紙を出しておりまして」


「おお、そうだったのですか。勇者殿達の活躍はこの街にも届いており、民の希望となっております故何かあったのかと心配になっておりましたが、そういうことでしたら安心です」


 ちなみに先日出した手紙の行方に関しては事実である。

 フレイが若いあまり鍛えながら旅をしなければならなかった都合上私が優先されただけで、本来ならば私より勇者PTに相応しい戦士である男だ。

 フレイと気が合うかどうかはもう私の仕事ではないのでフレイ次第だが、女好きな共通点があることを考えると気が合うかもしれないしむしろ反発するかもしれない。


 ……ちらりと目を横に向けてカイの顔を見ると、あまり今の話を気にした様子はなかった。

 それどころか拳を握りしめ、微かに戦意を高揚させている気配すら感じさせる。

 運び屋として戦場の雰囲気は幾度となく味わってきただろうが、それでもきっと今回がカイにとって初めての戦いなのだろう。

 その戦いを前にしては、他のことは些事なのかもしれない。


 であれば師としては尚更最善を尽くさないわけには行かないと、こちらも改めて気を引き締めるのだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者がPTの運び屋の女を寝取って追放したので呆れて一緒にPTを抜けたら最高の弟子と出会った件 時藤 葉 @book_love_tokki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ