与えられた役目を全うせよ

「一同、整列!」


 壁に掛けられた松明の明かりが、ぽつりぽつりと申し訳程度に照らす城内。地下故に窓もなく、その大音声も果てしなく響き渡っていく。


「今現在、玉座の間にて儀式が行われている! その邪魔を許すわけにはいかない! 例えそれが誰であろうとも、だ!」


 鎧姿の兵達の前に仁王立ちし、凛とした声と共に手にした槍をガンガンと地面に叩きつける兵隊長、トケ。鬼隊長として有名な彼の演説に、部下達の士気と緊張が高まっていく。


「外部から侵入できる道は、この地下にはない。だがしかぁし! この更に下には牢獄があり、胡乱な者共がぶち込まれている! 万が一こやつらが牢を抜け出し、この地下を抜けて地上に出たとなれば、どう思う貴様ら!」

『恥であります!』


 一縷の綻びすらも無い、唱和。トケはうむと深く頷く。


「分かっているならばよい! 無論、地上の警備を信用していないわけではない! ただ、彼らの負担を増やすわけにはいかない! 我らの領域は、我らの手で完全完璧に警備せねばならないのだ! 分かるな!?」

『勿論であります!』


「ならば散れい! 事前に取り決めた通り、己が持ち場を完璧に警備してみせよ!」

『はっ!』


 トケに向かって一糸乱れぬ敬礼をした兵士達は、三々五々、きびきびとした動きで地下に散らばっていく。


「ねぇ、兄さん」


 と、一人だけ残っていた兵士がトケに話しかけた。


「……ハントケ、ここでは隊長と呼んでくれ」

「ご、ごめんなさい」


 幾分か和らいだ声に、ハントケはがしゃがしゃと鎧を鳴らしながら謝る。トケは苦笑を漏らした。


「まぁ仕方ないよな。お前はまだ兵となって日も浅い。緊張しているのだろう?」

「そう、だね。でも、頑張るよ。兄さんの弟として恥ずかしくないように」


「はは、そう言ってくれると兄冥利に尽きるが……何か用事があったのではないか?」

「あ、うん。一つ、聞きたい事があって」


 散らばっていった先輩兵士達を見やりながらハントケは言う。


「取り決めた通りだと、僕達は『何があろうとも持ち場を離れてはダメ』なんだよね。だけど、もっと臨機応変に対応した方がいいんじゃないかな、って今さら思っちゃって」

「なるほど、お前らしい疑問だな」


 トケは腕を組み、小さく息を吐く。


「確かにそれも一つの方法だろう。だが、あくまでこの監視の任に関してはこれが最善だと、兵隊長として考えたまでだよ。

 例えば、誰かが不審者を見つけて声を上げたとしよう。周りの兵がその応援に駆け付けるのはけして間違った行為ではない。が、その際に必ず警備の穴が出来る。万全を期して敷いたはずの警戒網に、だ」


「……だから、絶対に動くな、か。難しい話だね」

「あぁ。だが、『何があろうと』に関してはある程度の妥協が必要だけどな。死ぬ直前まで突っ立ってろ、みたいな解釈はするなよ?」


 小さく笑い、トケは人差し指を立てる。


「心配せずとも、彼らは各々の持ち場において最適だと思える警備体制を敷いている。ビド・ウダニセズ、タマニマ・ワ・レミギ、ランダ・ム、イッタリキ・タリ……自慢の部下達だ。自分の視界に映る不審者を見逃さない為、彼らはきっと死力を尽くして警備の任に当たってくれる」


 トケの紡ぎ出す言葉には厚みがあり、それは信頼の証なのだとハントケは悟った。ぎゅっと拳を握りしめ、兄の言葉に聞き入る。


「だからお前も先輩兵士達を、俺を、そして何より自分を信じて、警備に当たってくれ。兵隊長として、俺はただそれだけを望む」

「……うん、分かった」


 力強く頷いた弟を見やり、満足げに頷くトケ。


「では行け、ハントケ・イマワリ!」

「はっ! トケ・イマワリ隊長!」



 かくしてその日の儀式の間、彼らの警備網に引っかかる者は現れなかった。

 それを『異常無し』と喜ぶべきか、それとも――――




「――――お姉ちゃん、こっちこっち」


 小声で呼びかけた妹に、姉も足音を殺して合流する。

 目の前には、この城の中で見たどれよりも大きく、豪奢な佇まいをした両開きの大扉があった。


「ここが玉座の間に繋がる扉って事か。ふぅ、やぁっと着いたぜ……」

「今、魔術で中の様子を探ってるとこだからちょっと待ってね」


「おう。しっかし、兵士に見つからずに進むだけでこんなに神経削られるとは思ってなかったぜ。特に牢出てすぐの地下! あいつらだけ殺伐とし過ぎだろ。たかが警備に命でも懸けてんのかっての」

「お仕事頑張ってるだけなんだから文句言っちゃダメだよ」


 小さく笑った妹が何やら魔術を発動させるのを見やりながら、姉は手持ち無沙汰に辺りを窺う。


「へぇ、さすがは王城って感じだな。どこもかしこも高そうなモンばっか……ん? あそこで気絶してる兵って、もしかしてこの扉の見張りか?」

「あ、うん。さすがに無視できそうになかったからさくっとぶっ飛ば……うぅん、眠ってもらったの」


「……まぁ何でもいいけどよ。で、中の様子は」

「えっと、玉座の辺りに王様っぽい人と、たくさんの兵士さん。で、その真ん中に冒険者っぽい服装の人が一人、だね……あ、音も繋がった」


 ほら、と手のひらの上に浮かぶ光の球を姉に近づける。と、


『残念じゃが、そなたに勇者の任は与えられぬ。帰るが良い』

『な、何でだよ! 天に選ばれしこの俺様に勇者の資格がないとか、そんな事があるはずねぇ!』


 球から聞こえてきた声に、姉妹は顔を見合わせる。


「片方の渋い声は多分王様だよね……で、もう一人の方が言った『天に選ばれしこの俺様』って、確か」

「オセッカの爺さんをぼこったヤツが言い残した言葉そのまんまだな。よし確定、ぶっ潰すぞ」

「待って待って、いきなり殴りこむのはどうかと思うよ? 兵士さん達、絶対に止めようとするだろうし」


 血気に逸る姉の腕を掴む妹。と、更に球が喋る。


『じゃ、じゃあこれを献上するって! こいつ、めっちゃヤベェ伝説的な代物らしいから、王様もこれで考え直してくれよ。な?』


 その早口からは余裕を一切感じられなくて。姉が鼻で笑った。


「はっ、これじゃもうただの賄賂じゃねぇか。ほら妹、ぐずぐずしてると爺さんの宝物がくだらねぇ賄賂に使われちまうぞ?」

「……もぅ、分かったよぅ」


 妹は姉の腕を離し、手に光を纏わせながら扉を睨みつけた。


「けど忘れないでね? 私達の目的はあくまでニセ勇者を懲らしめる事だけ。それだけだから」

「おう、兵士を無駄に痛めつける気はねぇさ。でもまぁ立ちはだかるなら、薙ぎ倒すまでだがなぁ!」


 扉の片方を姉が蹴り開き、もう片方を妹が魔術で弾き飛ばし。

 高さ数メートルは下らない重厚な大扉を苦も無く突破した姉妹は、意気揚々と玉座の間に突入するのだった。


 

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RPGのちょっとした『?』を解き明かせ! 虹音 ゆいが @asumia

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