第30話 優しさと冷たさ

 妖雲堂の会議室。そこには、和音を抜いた妖裁級六人が少年の前で正座をしていた。


「今回は予想外なことが起き続けた。それでも皆、冷静に対処してくれたこと、感謝するよ」


 静かな空間を破ったのは、妖殺隊創立者の跡取り、翡翠薫織ひすいかおる。優しい口調だが、無表情で冷たい印象。

 身長は140で小柄だか、実年齢は十七と。見た目だけでは判断できない。


「これから妖裁級が一人増える。皆で協力し合い、高めあって欲しい」


 薫織の言葉に、その場にいる全員が頷き敬意を見せた。


「それから、京夜。今日はここに招かれざる客が来たみたいだけど、誰かわかったかな」

「はい。おそらく、以前から我々が警戒していた人物。上級に所属しているかと」

「そうなんだね。目的はまだ分からないけれど、怪しまれないよう気をつけつつ、警戒を続けていこう」

「「「はっ!」」」


 ※


 妖雲堂の訓練場で、いつものように拳銃を構える。前方には壁にかけられている的。中心が赤くなっているから、そこを貫くことが出来れば……。


「────っ」


 パン!!


「っ……。やっぱり難しいなぁ」


 的の少し右側にそれちゃった。何で当たってくれないんだろう。何が悪いのかわからない。しっかり基礎通りにやっているはずなのに……。

 

 私は刀が得意という訳では無い。かと言って拳銃が得意とかでもない。どちらかと言うと苦手。

 拳銃使いはもう一人の私で、戦闘も主にもう一人の私が行っている。



 私は転生者で、この世界の住人じゃない。いや、もう一人の私が転生者って言ってたかな。なら、私は一体何者なんだろう。


 もう一人の私が本来の私で、今の私は──


「分からない。どうして私は、ここに存在しているんだろう」


 私がここに立っている意味は何? 戦闘はもう一人の私に任せているし、妖殺隊としての私は、私じゃない。


 私は、存在する価値があるのだろうか。せめて、何か。何かで役に立てれば……。


「…………はぁ、考えていたところで意味なんて──」

「おい」

「っひゃぁぁぁああああ?!?!」

「るっせ!!!」

「いったい!!! あ、彰一」


 あ、頭を叩かないでよ! いきなり後ろから声をかけるからじゃん?! 

 いつ訓練場に来たのよ。しかも、なんで不機嫌丸出しなの彰一……。私がその顔したいんだけど……。


「何やってんだお前」

「いや、ちょっと考え事してて……」


 自然と拳銃を握る手が強くなってしまう。


 私は彰一にも勝てないし、負けてばっかり。それでも、転生者ってだけで妖殺隊の最後の砦である最強部隊、妖裁級に入ってしまった。


 このことはまだ誰にも言っていないし、明かされてもいない。

 私の実力がまだまだというのもあるけど、ただの中級がいきなり妖裁級に飛び級だから。その理由も考えなければならないらしい。

 もっと力があれば、こんなことで悩まなくてもよかったのに……。


 …………ん? いたたたたた?! ちょ、なに?! いきなり右頬を引っ張られたんだけど?! 地味に痛いよその攻撃!!


「いひゃいいひゃい!!」


 彰一の手をパシパシ叩いてんのに離す気配見せないじゃん。いや、マジで痛いんだってば!! 


「何を悩んでんだか知らねぇが、お前はいつも当たって砕けろ精神だろう。何時でも砕けて来いよ」


 っ! いや、そんな真顔で言わないでよ。というか、なんで悩んでいるってわかったのさ。

 ……いや、さすがに砕かれたくないし。それに、いつも当たって砕けろ精神とか酷くない!?


 私はいつでも冷静沈着だから!! いや、時々慌ててしまうけど……。


 ────ポンッ


「えっ?」

「だから、あまり思い詰めんなよ」


 そ、そんな優しい目で見られると、なんか。それに、いきなり頭を撫でてこないでよ。慣れていないみたいだけど。

 温かい、優しい。こんな感覚、初めてかもしれない。


 いつもなら子供扱いするなと、手を払ってしまっていたけど。今はもっと、撫でてほしい。この温もりを感じていたい。


「それじゃ」

「あっ……うん」


 彰一が訓練場を出て行ってしまう。


 あれ、私はこの。前に伸ばしてしまった手で、何を掴もうとしたんだろう。何を、求めたんだろう。





『それじゃ』






 ……〜〜〜〜〜!!!! もう!! なんなのさぁ!!

 思わずその場にしゃがんで顔を隠してしまう。いや、だって。仕方がないじゃない。あんな顔向けられたことないし……。


「ちょっと、ばっかじゃないの。あのアホ」


 顔が赤いのが自分でもわかる。頬が熱いしニヤケが止まらない。


「────ばーか」


 ……でも、ありがとう。


「よし!! 悩んでも仕方がないし、できることをやっていこう!!」


 ※


 彰一は今、輪廻に向けていた微笑みを消し無表情で廊下を歩いていた。


「あと、もう少し──」


 先程とは違い妖しく、何かを企んでいるような表情を浮かべながら、彰一は小さく呟き、そのまま姿を消した。

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