第29話 魅惑の吐息

 ここにはあまり人がいないみたいだな。だからか、俺が近付くと無いはずの目と合った気がした。

 大きな図体を向かせ、俺の方にズルズルと近付いてくる。


「ラッキーと言うやつだな」


 キシャァァァアアアアアアアア!!!!


 っ、聞くに絶えないという訳じゃねぇが、耳障りでうるせぇ。さっさと終わらせるか。


 刀でもいいが、今回は凍冷を使いてぇ。慣れてねぇ訳でもないが、これからのことを考えるともっと使いこなした方がいいだろう。

 ホルスターから空の拳銃を取り出し、狙いを怨呪に定めるか。


「さすがに顔を狙うには距離があるな」


 図体が大きい。地面に立っているだけじゃ顔は狙えねぇな。上に跳ぶか。


 片手に拳銃を持ち直し、もう片方に刀を持つ。

 準備は出来たな。体がでけぇやつは、感覚が鈍い。刺したところで問題は無いのは、今までの戦闘でわかってんだよ。


 地面はぬかるんでいるわけでもなく、少し強く蹴ったところで滑って転びはしないな。雨降ったら終わりだが。


 うしっ、行くぞ。


「っ?! かった!!!」


 地面を思いっきり蹴り、怨呪の横腹辺りに跳び移り刀を刺したかっただけなのによ!! なんだこれ! めっちゃかってぇ!!!

 少しも刺さらずそのまま地面に落ちちゃったじゃねぇかよ!!


「くっそ、まじかよ……」


 くそっ。手が痺れるじゃねぇか殺す。いや、今絶賛殺してる最中なんだけどよ、まぁいいわ。

 刀が刺さんねぇのなら、氷で踏み台を作ればいい。めんどくせぇことを……。


 刀を鞘に戻し、足元に冷気を集めるか。まず怨呪の後ろに回って視界から外れねぇと。途中でなにかされたらたまったもんじゃねぇし。


 ……よしっ、俺のことは気づいてねぇらしいな。いや、元々目がないのか? どうでもいいか。


 後ろに回って俺が乗れそうなくらいの氷の台を……うし、作れた。それをどんどん高くしていくか。獅子型の怨呪とやった時と同じように。

 

「っ! くそっ──うわっ?!?!」


 都合よく後ろを見てんじゃねぇよ!! それに、怨呪が口から紫色のドロドロとした液体を吐き出してきやがった!?

 おいおい?! その汚ぇヘドロが氷の台に当たると、どんどん溶け崩れ始めやがったぞ!!


 くそっ、空中に投げ出された。まぁ、こんぐれぇなら体を捻り、体勢を整え地面に足から着地すればいいだけだが……。


「……………殺す」


 さすがにムカついた。なんなんだよ。俺がやることなすこと全てに邪魔しやがって。ふざけんな。

 俺のやりたいことを邪魔してんじゃねぇよ、大人しく殺されてろや。


「輪廻ちゃ〜ん。もう一回ぃ〜、ムカデに刀を刺していいよぉ〜」


 あぁ? 和音の声? 後ろから聞こえたはずだがどこに──あぁ。いたわ。長屋の家の中から顔だけ出してこっちを見てやがる。なんで隠れてんだよ意味がわからん。


「あいつ、妖裁級なんだよな?」


 疑うレベルなんだが……。まぁいいわ。


 言われた通り怨呪へと乗り移るか。無駄なことをあいつは言わねぇだろ。


 キシャァァァァアアアアアアアア!!!


「っくそ!!」


 耳が痛てぇ。それに、やっぱり刺さらな────


「────刺さった」


 つーか、この甘い匂い。和音の近くに行くといつもする匂い。

 いや、今はどうでもいい。さっさと上に登って切り刻むか。


 怨呪の腹部辺りを蹴り、頭上へ。よし、上を取れた。ここまで来たらもう終わりだ。残念だったな、くそ怨呪。


 凍冷を使いたかったが、切り刻んだ方が確実だしな。今回は刀で終わらせてやる。両手で刀の持ち手を握り、刃は下。思いっきり振り落とせるように、頭の上まで上げる。


 重力を使って、ぶった切ってやるよ!!


 ザシュ!!!


「怨みは浄化し、恨みは制圧せよ。我々妖殺隊により、安らかに眠るがいい」


 胴体を一刀両断。地面にしっかりと着地し、癒白玉を怨呪に。


 光り輝く癒白玉は、そのまま怨呪を包み込み、消える。地面には、百足が二等分にされている状態で転がっていた。


「お見事ぉ〜」


 ちっ、のんきな声を出しやがって。

 ん? 和音の目の色が左右違くねぇか?


 右目は変わらず薄紅色だが、左側が赤色になっている。そこまで大きな違いはねぇが、なんか違和感あんな。


「なんで左側色変わってんだよ」

「一時的に主様の恨力を解除したのぉ〜。でも、安心してぇ。直ぐに元に戻るからぁ〜」


 手をヒラヒラさせながら説明する必要あるのかよ。その仕草、マジでキモイ。もっと普通にしろよ普通に。


「あっそ。つーか、お前の恨力ってなんだよ。一回目刺せなかったのに、二回目では刺せるようになったぞ」

「ふふっ。私の恨力はこれよぉ〜」


 あ? 何かを探し始めたな。何を探してる?


 お、何かを見つけたらしいな。その場にしゃがみ何かを拾い上げやがった。

 拾い上げた物は、拳くらい石ぃ???


「石?」

「見ててねぇ〜。『魅惑の吐息』」


 和音は、石を口元に持っていくと息をゆっくり吹きかけた。


「これが、私の恨力よぉ〜」


 ………ん? 石を握りつぶした? はぁ?? え、バケモン??


「────馬鹿力」

「なわけないでしょぉ〜」


 余裕な笑みはそのまま、握った手を開いた? あ? 中には潰された石──ではねぇな。ゼリー状の柔らかい石もどきが乗っかっている。なんだこれ? ゼラチン??


「なんだよ、このぶよぶよとした気持ちわりぃの」

「私の魅惑の吐息はぁ〜、私が息を吹きかけたものを〜柔らかくすることが出来るのぉ〜。どんなに固いものでもよぉ〜」


 あぁ、成程。だから、最初は刺さらなかったムカデの体に刀が刺さったのか。


「吐息……。さっきのは距離的に無理だろ。お前、ビビって後ろに居ただろうが」

「距離はあまり関係ないよぉ〜。ための時間が長ければ長いほどぉ〜、距離も伸びるってことおぉ〜」


 ほう。つーか、それって結構強くないか?

 使い方によっては俺もぶよぶよになるってことだろ。怖いな。


「いつでも使える訳じゃないよぉ〜。しっかりとぉ〜条件があるからねぇ〜」

「その条件って?」

「秘密ぅ〜」

「あ、おい」


 勝手に歩き出すんじゃねぇよ。教えろやこのクソメス女。


「はぁ……。なんなんだよ」


 なんか最近、振り回されてばかりじゃねぇの俺。疲れる……。

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